1st-set up-
K₂c社の開発したVRMMOゲーム、《World Connection Online》――通称WCO.
一般に浸透し始めたVR型のゲームにおいて、初のMMOゲームということでクローズドβテストは3時間足らずで募集定員に達し、オープンβテストに至っては数十分で募集が打ち切られるほどの人気だった。
メディアでも盛んに取り上げられ、公式サイトで新たな情報が配信されるたびに、発売日が日に日に近くなるたびに、その熱気は高まっていった。
コンセプトはタイトルの示す通り、『世界を繋ぐ物語』。
βテストに参加できなかった者は、公式サイトで発表されるスクリーンショットの、西洋と東洋の文化の融合する見事なグラフィックに心奪われ、購入予約者は異常な勢いで増えていった。
✽ ✽ ✽
とある大学の構内。
夏休みを間近に控え、学生たちは旅行だイベントだと騒ぎ始める頃。
「ゲームをしよう」
「……」
食堂でこんな会話をする男女がいた。
いや、会話というよりは女学生のほうが一方的に話しかける構図だが。
「……は?」
男のほうが口を開く。
黒髪を適度に伸ばし、恐らく殆ど弄っていないであろう自然な髪型。
顔はどちらかといえば美男子に分類されるだろうとは思われる。
整った顔立ちに、やや悪戯好きな印象を受ける瞳。
どんな場面かといえば、そんな男が学食でカレーを頼み、一口目を口に入れようとする直前だった。
「聞こえなかったのか?夏休みはゲームして過ごすぞって言ったんだ」
ごく自然に男の向かいの席に腰を下ろした女学生。
先ず目を引くのはその金髪。しかも染めているとかそういう人工色ではなく、ブラウンに近い、自然な金色。
この大学はそういった服装、頭髪に全くと言っていいほど干渉しないため、そういった金色に染めてくる学生もいるが、そんな中でも特に目立つ存在だ。
その美少女と呼ぶに相応しい外見と相まって大学内では高い人気を誇っている。
「…いや、それは聞こえたけどさ、なんで俺?」
男は話をしながらカレーを口に運ぼうとするも、女の一睨みに、溜息とともにそれを諦める。
「藤丸がとても暇そうにしていたから。」
カップのコーヒーを啜りながら、真顔でそう返す。
「まぁ暇ではあるけどな。だけど夏苗はそんなに暇ではないんだろ?」
「生憎、この為に全く予定は入れてない。」
「お前貴重な休みをなんてことに!?」
「だから…」
女学生‐凍空夏苗は、テーブル越しに身を乗り出し、男‐一臣藤丸の肩をたたく。
「一緒に《WCO》をプレイしよう」
✽ ✽ ✽
その日の帰り道。
「つーか《WCO》って発売前から入手困難確定みたいなもんだろ?2人分も買えるのかよ?」
「問題ない。ちょっとしたツテでな、発売日には手に入るさ」
「……つーかゲームハードも」
「問題ない。金のないお前のために私が準備した」
「………つーか」
「そんなに私と遊ぶのがイヤか?」
普段と変わらない平坦な口調だが、僅かに苛立ちが含まれるのを藤丸は感じた。
「嫌じゃあ、ねぇよ」
「そうか。」
満足げな笑みとともに一言。
✽ ✽ ✽
『じゃあゲームハードだけは先に送っておくから、VR空間に慣れておけ。突然戦闘メインのゲームをするんだから、基本的な動きいぐらいはしておいたほうがいいぞ?』
別れ際に夏苗に言われたことを脳内で反芻し、電源を入れる。
もともとゲームは好きな部類であったし、MMOゲームも友達とトップギルドを目指してプレイしていた時期もあったため、問題は夏苗の言うとおり『操作性』である。
ヘッドギア型のそのハード、《Casino》は、静かに起動音を鳴らしながら忙しなく光が点滅する。
「…こんな感じでいいのか?」
それをかぶりながら、感覚を確認する藤丸。すると耳元から機械的な音声が聞こえてきた。
『これから身体情報のセットアップを行います。リラックスして横になってください』
それに従い、藤丸は自室のベッドに横たわる。
『しばらくその状態でお待ちください。完了まであと約15分……』
静かに時間が過ぎ、
『お待たせしました。セットアップが完了しました。このまま簡易VR空間でのチュートリアルが可能ですが、行いますか?』
再びの機械音声とともに、目の前に《Yes No》の選択肢の画面が出現した。
藤丸は躊躇いなく《Yes》に手を伸ばす。
一瞬あと、藤丸は何もない真っ白な空間にいた。
「お、おお…」
若干の不自然な感覚からか、手を開いたり閉じたりして感触を確かめる。
チュートリアル、と言いながらも「こういう動作をしろ」といった指示はないらしく、自由に動き回れる。
その後、走り回ったり手先の細かい動きをしてほぼ現実と同じ感覚であることを確認し、チュートリアルを終えた。
次の瞬間には、藤丸は現実世界に引き戻され、自室にいた。
「…よし、こんなもんか」
ヘッドギアを外し、頭を軽く振る。しなやかな黒髪が動きに合わせて僅かになびく。
その時、
「お兄ちゃん!」
ガチャ、という音とともに藤丸より二回りほど小さい少女が飛び込んできた。
一臣希梗
現在は高校1年で、年に若干合わない童顔とツインテールから年齢より年下にみられることも多い。
「それもしかして《Casino》!?てことはお兄ちゃん《WCO》やるの!?」
藤丸と同じく重度のゲーマーである希梗は目ざとくそれを見つけ、兄に詰め寄る。
「あ、ああ。夏苗に勧められてさ。一緒にやらないか、って」
藤丸は若干引き気味になりながらも答える。
「私もβテストの特典でソフト1本がもらえるんだ!そっかぁ…お兄ちゃんも《WCO》かぁ…」
「…大学生の夏は長いが、高校生の夏は短いだろ?授業はどうするんだ授業は」
《WCO》の発売日は夏休みからは若干早く、休みから本格的に始めようとする学生には少々厳しい。
「もちろん行くよ?でも部活とかはないからできるだけ早く帰ってきて、ってつもりだけど、本格的にやるのはやっぱり休みからだね」
「なんで俺の周りの人間にはここまで青春の1ページを簡単に棒に振るヤツが多いんだ…」
「ん?なんか言った?」
「なんでもない」
藤丸はベッドから降り、部屋を出る。
あくまで家族の一員、家事のうちいくつかは藤丸の仕事だ。
出張の多い父や母に代わり、炊事以外の家事はほぼ全て藤丸の仕事になっている。
それに対し炊事全般は希梗の仕事になっていて、今はきっと夕食作りの真っ最中だろう。
昼間乾かしていた洗濯物をたたみながら、ゲームをプレイする自分を想像する。
(……初期ジョブは何にするかな。AGI重視の戦闘職にするのは確定として…)
公式サイトで情報を集めよう、と結論を出すと同時に一通りの家事を終え、リビングに移動する。
今日は藤丸の父母ともにおらず、希梗と二人での夕食となる。
リビングに入るとすでに夕食の準備は済んでおり、希梗が椅子に座ろうとするところだった。
「お、ナイスタイミング!」
気付いた希梗は、顔を向ける。
藤丸は若干足を速め、椅子に腰を下ろす。
「じゃあ、」
「「いただきます」」
口を揃えた。
「お兄ちゃんはさ、どういうジョブにしようと思ってるの?」
しばらく黙々とした食事が続いていたが、希梗はそう口火を切った。
「んー、AGI重視でやろうとは思うけど、詳しくは決めてない。なんか適当なジョブ知ってるか?」
「そうだね、まぁ無難なところでは『盗賊』とかかな?いろいろトリッキーな戦い出来るし、面白いかも。」
「ふーん、じゃあそれにするかな」
「…ところでお前は?」
今度は藤丸から口を開く。
「私?私はSTR超特化の『剛剣士』だよ」
希梗は右手で力瘤を作りながら自慢げな表情で鼻を鳴らす。
「…えぇー」
「何その反応!?」
「だって力瘤、出てないし」
「むー…ゲーム内だとステータスが外見にも多少あらわれるからこれでも恰好がつくんだけどなぁ」
不満げな表情で、野菜炒めをほおばる。
「「ごちそうさまでした」」
部屋にもどって、公式サイトを確認。相変わらずのハイクオリティなグラフィックに僅かに唸りながら、《ジョブ情報》のページを開く。
ジョブの多さをウリにしてるだけはあり、かなり細かい文字で相当量が書きこまれていいた。
なんでもクローズド・オープン両βテストで発見できたのは準備されているジョブの5分の1程度だったというからその多さがわかるだろう。
「ふーん…やっぱり『盗賊』が一番合ってるかな」
ひとり呟く。
ある程度の方針を固め、その日は眠りについた。
はい、1話目でゲームしないっていう(笑
この手のお話を書いてみたかったので衝動的に…
慣れない三人称での展開となりましたが、いかがだったでしょうか?
感想等、お待ちしています。