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みにくいおひめさま  作者: れんじょう
『みにくいおひめさま』
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第六話 肖像画の人

 「今さらじゃが、やっと興味が湧いたのかえ?」

 

 お妃さまがツァーレンの部屋にやってきたのは、ツァーレンがお妃さまにお会いしたいと使者に伝えたその日のこと。

 侍女が部屋の扉を開けてお妃さまをお通しし、ツァーレンがすかさず椅子を勧めようとしたその瞬間、呆れて間延びした声が部屋に響きました。


 「お妃さま。わざわざお越しくださって、ありがとうございます」


 ツァーレンは礼儀正しくお辞儀をすると、椅子を勧めなおしました。

 お妃さまは鷹揚に頷いて毛足の長い布張りの華奢な椅子に腰かけながら、まるで時間を惜しむようように話を続けます。


 「よい。こちらもちょうどそなたに聞きたいことがあったのでな」

 「聞きたいこと、ですか」

 「そうじゃ。じゃが、まずは珍しくもそなたからの伝言を受けた故、先にそなたの話を聞こう」


 ぱんぱんと両手を叩いて外に控えていた女官を呼び寄せると、女官になにやら囁きます。

 すると女官はツァーレンの侍女に声をかけ、一緒に部屋から退室しました。


 「あ、あの。わたくしの侍女がなにか?」


 侍女が何か粗相をしたかと青ざめたツァーレンを、お妃さまは閉じた扇子を口元にあてながら思案するように言いました。


 「さて。この前こちらに赴いた時に、そなたの侍女には大変世話になったからの。ちょっとした礼じゃ」

 「世話……?お妃さま。それはどういう」

 「まあよいではないか。それにすぐにもどってくるじゃろう。それよりもそなたの話をさきに」


 お妃さまと二人きりになった部屋は、住み慣れた安らぎの場所だというのに狭く、息苦しく感じました。その上、ツァーレンを忌み嫌っているお妃さまにはめずらしく、無作法にもテーブルに乗り出すようにツァーレンに近づき、ツァーレンのなけなしの気力を奪っていきました。


 「どうした。せっかく妾が足を運んでやったというに、口を閉ざすのでは意味がなかろう」

 「あ、あの」

 「……そなた。変わらぬな。そのなりでは婚儀後難儀なことになるだろうに」

 「……え?」


 ふうと大げさにため息をつかれましたが、ツァーレンには何のことかさっぱりわかりません。

 あの肖像画の人と結婚したとしても、自分のように醜いものはきっとこの生活と何一つ変わらず部屋から一歩も出ることなく一生を終えるのでしょうから、お妃さまの言う『難儀』になることなどありはしないはずでした。

 

 「そなたの結婚相手は、隣国レステラの上皇であるリュシス様じゃ。それが知りたかったのであろう」

 

 その時の衝撃は、言葉にはなりません。

 真っ黒な影が描かれていた肖像画。

 その人が隣国の上皇であるなどと、誰が想像できたでしょう。

 ツァーレンは細すぎる両手を震える唇にあてつつも、お妃さまから目を離すことができませんでした。


 「まあ、そなたは覚えてはおらぬだろうが、リュシス様とは会うたこともある。……だからこそ、そなたはリュシス様に嫁ぐことになったのじゃ」

 

 そんな馬鹿な。

 わたくしは外になど出てはいないではないですか。

 

 ツァーレンは喉まで出かかった言葉を飲み込みました。

 物心つくころにはすでにこの部屋(せかい)がすべてだったツァーレンに、人と出会う(すべ)はありません。限られた世界で限られた人と接する以外、隣国どころか自国の人とすら見ることが叶わないというのに。

 それ以前に、どうして自分を伴侶に欲しいと願う人がいるというのでしょう。

 自分の器量は十分に理解していました。それはこの部屋の存在自体が物語り、そして目の前のお妃さまが、その目でその口でその態度で十分にツァーレンに示してきたにほかなりません。もちろん、父親である国王も、国民も。

 

 「そなた、勉学に長けておるようじゃから、隣国の歴史にも詳しかろう。リュシス様のことももちろん知識として知っておるな?」

 「……はい。賢王と」

 「そうじゃ。じゃがいまだに横に立つ妃がいないことは知らぬであろう?そなたこそがそこに並ぶ姫よ」

 「ですが、わたくしは相応しくは」

 「そうじゃな。今のなりでは相応しくはなかろう。ゆるりと、と言えぬ。直ぐにそのなりを正し、リュシス様の横に並ぶにふさわしくなられよ。婚礼の日取りが決まったゆえ、それまでに、な」

 

 ぐらり、と世界が揺れました。

 遠くにお妃さまの高く笑う声が聞こえます。

 「奇特にもそなたがよいと申されておるのじゃ。ありがたく嫁ぐがよい」と。

 背中に冷たい汗が流れ、耳の奥でじんじんと音が被さり、お妃さまが何か焦ったようにツァーレンに話しかけているのももう聞こえませんでした。

 ―――――わたくしは、本当に。

 遠のく意識の中で、ツァーレンは現実を受け入れざるを得ませんでした。

 目に映るものすべてがぼやけ、暗くなるその瞬間、ツァーレンの意識に一枚の絵が飛び込みました。

 それは暖炉の上に飾られた、あの黒い影の肖像画。

 隣国の上皇のだというその影が、まるでツァーレンに手を伸ばそうとしたかのようにぐにゃりと動くその様を、ツァーレンはたしかに見たのでした。



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