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みにくいおひめさま  作者: れんじょう
『みにくいおひめさま』
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第四話 濡れ羽色の羽根

 どのくらい歌っていたのでしょう。

 いつの間にか先ほどまで吹いていた風はやみ、夜の庭はただ無機質に存在だけしておりました。

 しじまの中をばさりと羽音が聞こえました。

 その音はツァーレンの耳に届き、歌を終えさせました。

 ばさりばさりと響く音を見ると、月明かりに照らされて一羽の鴉がその濡れ羽色の羽根を光らせながらツァーレンの元まで訪れます。


 ―――――夜に鳥?それも鴉だわ。鴉は夜目が利かなかったはず。


 不思議に思いつつもその羽の見事な光沢と、漆黒の中にきらりと光る瞳の美しさを見惚れていると、鴉はばさりと翼を広げ嘴をその中にもぐらせて、一枚の羽根を抜き取りました。艶やかなそれを鴉は優雅にツァーレンの前に差し出します。

 

 受け取れということなのかしら。


 ツァーレンは鴉に恭しく一礼をして、差し出された羽根を受け取りました。

 すると鴉は黄金に輝く瞳をついと細め、くるりと羽根を翻すとどこかに飛び去って行きました。


 どうして夜目の利かない鴉がわざわざ自分の元に訪れて、わざわざ羽根を抜き取ってまでくれたのか、ツァーレンにはさっぱりわかりませんでしたが、突然の鴉の訪れが嬉しくもありました。

 夜の庭の聴衆は、いままで樹々か髪をなぶる風くらいでした。

 それに夜目の利く美しい鴉が加わったのです。

 ツァーレンはその羽根を丁寧に扱うと、足取りも軽く庭を抜けて寝台へと戻りました。

 羽根を枕元に置くと、細い指で羽根の感触を楽しみながら、夢の世界へと戻って行きました。



 ツァーレンは夢の中で一人の漆黒の人と出会いました。

 その人はツァーレンの帽子をそおっと外すと、その相貌をただ微笑んで見ていました。

 ―――――わたくしは、醜いのに。

 羞恥で顔を朱に染めて、ツァーレンは横を向こうとしましたが、漆黒の人はそれを許しません。

 両手をツァーレンの頬に添え、上に顔を向かせると、ゆっくりとその端正な顔をツァーレンに近づけました。

 ―――――っ!

 額に暖かく柔らかい感触がありました。

 その場所からどくんと体温があがっていくような気にもなりました。

 おそるおそる閉じていた目を開けると、目の前には少しとがった顎と男らしい喉仏が見えました。

 どくん。

 耳の奥で心臓の音が聞こえます。

 どうしていいのかわからずに固まっていたツァーレンを、漆黒の人は優しく抱きしめました。

 どくん、どくん、どくん。

 信じられないほどの熱い鼓動が、ツァーレンを飲み込みます。

 こうやって抱きしめられたことなど、ツァーレンの記憶にはありませんでした。

 もちろん額に接吻を受けるなど、あるはずもなく。

 どくどくと煩いほどに鳴り響く自分の心臓もどうやって静めればいいのかわかりません。

 ―――――わたくしに、いったい何がおこったの……?

 漆黒の人はツァーレンに優しく頬笑み掛け続けています。

 自分に向けられる笑顔など、侍女以外しらないツァーレンは、ただ戸惑うばかりでした。

 ―――――この方は、どなたでしょう。

 名前をいただこうと声を出そうとしたその瞬間、強烈な光が世界にあふれ、ツァーレンは目が覚めたのでした。


 心臓の鼓動はいまだ早く、ツァーレンは夢の中の出来事がまるで現実にあったことのように思いましたが、やはりそれは夢の中。慌てて周りを見回しても漆黒の人はいるはずがありませんでした。

 なぜだかとても残念に感じて手を無意識に動かすと、枕元に昨夜の夜目の利く鴉の美しい羽根が朝陽を浴びてきらきらと輝いていました。


 夜目の利く不思議な鴉がツァーレンに渡した一枚の羽根。

 その羽根が漆黒の人の夢を運んできたように思いました。



 この日から、ツァーレンが夜に庭に出て歌を歌うと、どこからか鴉が現れてその不思議な羽根をツァーレンに差し出しては去っていくようになりました。

 新しい羽根が手に入ったその夜の夢は、必ず漆黒の人が現れてツァーレンの額に唇を落とし、優しく抱きしめてくれるものでした。

 人とふれあうことなどなかったツァーレンは、初めのうちこそ固まっては動けなくなっていましたが、漆黒の人の優しさをだんだんと受け入れられるようになり、回数を重ねた今では夢の中で漆黒の人に会えることに喜びを感じるようになっていました。

 それでも彼の人にどのように接していいのかわからないのはあいかわらずでしたが。


 

 ツァーレンの侍女は、お妃さまが現れて以来、彼女の主人の雰囲気がかわったことに気が付いていました。

 もちろん、侍女は彼女自身の仕事をこよなく愛していて、主人のためになることならば率先して行うのが常でしたので、お妃さまが主人に渡された数々の品を使っては婚礼に向けて主人を磨くことは忘れてはいませんでしたし、毎夜のごとく主人が部屋を抜け出して庭で歌を歌うことはあまりいい顔はできないものの唯一帽子をかぶらずにいてもよいとされている時間まで主人に気を遣わせるのはためらわれたので自分の部屋で主人の歌う悲しい歌をいつも聞いているだけにとどめておきました。歌うことでか、それとも香油やクリームの効果がでてきたのか、主人は今までの張りつめていた表情が徐々に柔らかくなり、微笑むことが増え、また庭で拾ってきたのか最近集め出した鴉の羽根をくるくるとまわしてみては、夢見る少女のようにほうとため息をついてははにかむようになりました。いやそれは、まるで恋している少女のようでした。

 ―――――まさか。あの肖像画の人に、恋を?

 侍女は自分の考えが間違いであることを願って首を振りました。

 ―――――肖像画の人に恋だなんて、ひめさまがいくら世間を知らないとしても、それはないはず。

 侍女は主人の居間の暖炉の上に立てかけられた肖像画を思い起こして、ぶるりと身体を震わせました。

 

 その肖像画には、ツァーレンよりも四十は年齢を重ねた白髪の老人が描かれていたからでした。

 

 

 


 


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