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みにくいおひめさま  作者: れんじょう
番外編『さくらのはなのちるころに』
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第五話 羽根の代償

 

 「なぜ煩わせる?」


 開け放たれた扉の向こうには不愉快に顔を歪ませたお妃さまが大勢の女官を従えて仰々しく立っていました。


 「ああ、面倒くさい。妾を暇だとでも思うておるのか?妾は先日、妾に相応しい美しい王女を産んだばかりでまだ身体も本調子ではないというのに、いちいちこのようなことでこの場所まで足を運びとうなどないわ」


 ため息がでるほどに意匠を凝らした扇をこれ見よがしに広げて赤い唇を隠すと、お妃様はにぃと笑って、お妃さまの突然の来訪に固まっている乳母を見ました。


 「なんでも使いの者が言うに、そなた、ツァーレンを庭の東屋に寝かしたとな?いったい何を考えておるのか?それでも乳母か。もしそなたが妾の美しい王女の乳母であれば即刻首を落とすところじゃ。責任感があまりにもない。……まあ、ツァーレンの乳母をするしかないほどの才なのであろうな。そのことがこたびのことで露呈したということか」


 いくらなんでもあまりの言いようでした。

 けれどツァーレンが東屋で寝入ってしまったのは事実でしたので、乳母は唇を噛みしめつつも項垂れてしまいました。

 そんな乳母をさらに追い込むように、お妃さまは扇子をゆっくりと仰いでぴしゃんと音高く閉じました。


 「ほんに外聞の悪い。もしそのまま風邪でも引いて床に伏してでもみよ。そなた、どのような責任を取るつもりだったのじゃ。今回は事なきを得たが、たまたまに過ぎぬ。次回などあってはならぬと分かっておるのか」

 「……申し訳ございませんでした」


 今までツァーレンのことなど、つゆとも思ったことのないだろうお妃さまが、いきなり何を言い出すのかと思っていたところに、お妃さまのさらなる追い打ちが掛かります。


 「そなた、今日を以ってツァーレンの乳母を解任する。一日の猶予を与えるのは妾の温情じゃ。明日までにこの城から出ていけ」

 「……っ!そんな!」

 「なにを驚く?そなたにツァーレンを任せてはおけぬ理由を申し伝えたであろうに。それともそなた、己が失態を失態と認識していないのかえ?それはそれでさらに解任するに値するが」


 ぱしんぱしんと扇を手で受ける音が響きました。


 「なぜ?なぜうばやはないているの?それにあなたはどうしてうばやをおこっているの?」


 乳母とお妃さまの間に挟まるように座っていたツァーレンは、冷たい空気が流れてくる扉の向こうにいるお妃さまに向きなおって正面から見据えました。

 その美しい新緑の瞳と、ふさふさと揺れ動く亜麻色の髪。すっと筋の通った鼻梁に見事に赤い唇。多少の発疹があったとしても、赤子のころとは比べ物にならないほどの白い肌にすらりと伸びた四肢。

 七歳のツァーレンはお妃さまが覚えている醜い赤子とはまったくの別人に成長していたのです。


 「…………ツァーレンか。これはいったいどういうことじゃ」


 ツァーレンのあまりの変貌ぶりに翡翠の瞳を見開きながらも、見間違いであってほしいと一歩また一歩と部屋の中へと進んでいきました。そして扇の先でツァーレンの顎を持ち上げてまじまじと顔を確認したのです。


 「なんて……こと。まさか、まさかこれほどとは」


 まるで怖ろしいものを見たかのように、扇を落とし、身体を半歩下げると、震える声で後ろに控えている女官に叫びました。


 「誰か、早よう、早よう帽子と顔を覆い隠す布を持ってまいれ!このような面を曝け出すとは、なんと恥ずかしく浅ましいことよ。さっさと顔を隠しやれ、みっともない」


 女官が慌てて持ってきた帽子と布を掴みとると、自らツァーレンの顔を隠すために帽子を被せました。

 その横で扇子を拾い、お妃さまに手渡した女官を呼びとめると、まるで今思いついたようにぱしんと扇を打って扇の先を女官に向けて言いました。


 「ゼリーシア。本日この時よりツァーレン付きとする。ようよう仕えよ、あいわかったな」


 ゼリーシアと呼ばれた女官は、突然の命令でも驚くことなく、深々とお辞儀をしてお妃さまの前から辞してツァーレンの後ろに回りました。

 お妃さまは満足げに頷きながら、ぽかんとしているツァーレンを一瞥すると部屋を後にしました。


 ――――な…に?いったいいまのは。あのひとはいったいだれなの。それにこのぬのになんのいみがあるというの。


 呆然としているツァーレンの後ろでは、泣き崩れる乳母やにゼリーシアが被さるようにして抱きしめていました。

 見知らぬ人の理不尽な行動に、ツァーレンはなんだかおなかが熱くなってきてどうしようもなくなりましたが、それがなんだかわからぬままに目の前のちらつく布が鬱陶しくて取ろうとしました。

 すると、ゼリーシアが素早くその手を掴んで止め、悲しそうに首を横に振りました。


 「ひめさま。その布は取らないでください。お妃さまのご命令です」

 「……おきさきさま?おきさきさまってだれのこと?」

 「まあ、ツァーレンさまはお妃さまをご存じなく?……今しがた扇子を持っていたご婦人のことです。この国の王さまの妻にございます」

 「そのひとがどうしてめいれいするの?」

 「それだけの権利をお持ちだからです。そしてその権利を使われて、私は本日からひめさまのおそばに仕えることになりました。ゼリーシアと申します。よろしくお願いいたします」

 「え?だけれどわたくしのそばにはいつもうばやがいます」

 「……ツァーレンさま。私は……私は今日でお別れでございます。赤子のころからツァーレンさまにお仕えすることができましたことは、私の誉れでございました。どうか、どうかお幸せに」


 涙にむせび泣きながら、乳母は何度もお辞儀をして、いまだに状況の飲み込めないツァーレンを残してゼリーシアと一緒に部屋から出て行きました。


 ―――――どういうこと?どうしてうばやがおわかれというの?


 ツァーレンはたった一人きり部屋に残されて、なぜこんなことになったのか思いめぐらしました。

 七歳だとはいえ、聡明なツァーレンのこと。お妃さまの物言いと乳母の姿を見て、自分のせいで乳母が去らなければいけなくなったということがだんだんとわかってきたのです。


 ―――――わたくしの、せい?わたくしのせいでうばやとおわかれしなくてはいけないの?


 ぽろりと涙がこぼれおちました。

 いつもならここで優しい乳母がさっとハンカチを差し出してツァーレンの涙をぬぐってくれるはずでした。

 けれどももう今日からは乳母はいないのです。

 そのことを思うと涙がどんどんと溢れてきて、まるで水の中から世界を見ているように全てが歪んで見えました。

 その歪んだ世界の中に、黒い線がぶれて滲みます。

 手に握りしめ続けた、漆黒の羽根。

 ツァーレンは羽根を両手で握りしめると、拳をこつんとおでこに当てて、顔を歪ませました。


 ――――たいせつなはねのえたかわりに、たいせつなうばやがいなくなるなんて……


 ツァーレンは自分のせいでいなくなった乳母を思って泣き続けることしかできませんでした。 


 


 ☆あいかわらずお妃さま、鬼畜。

 お妃さまがツァーレンの容姿に恐れをなして帽子を被るように強要したのでした。



 24.7.7 訂正 

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