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みにくいおひめさま  作者: れんじょう
『みにくいおひめさま』
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第三十五話 その手を



 一瞬、ツァーレンには何が起こったわかりませんでした。

 横並びになって司祭からの祝福を受けていたはずの上皇が、急に頭上を仰いで大声を上げたのです。

 ツァーレンは何事かと上皇を一瞥し、その視線の先に目を向けました。

 

 ばさり


 頭上を旋回する黒い鳥は、天井高く飛び上がると、口に咥えていたものを放ちました。

 それは一枚の漆黒色の布ようでした。

 落とされた布は空気を含んでぶわりと広がり、ゆっくりと祭壇に向かって舞い落ちます。

 漆黒の布は、近づくごとにその色が変化して、一面の葡萄色(えびいろ)に似た闇となりました。

 その闇の中には、羽ばたく漆黒の鴉がその鋭い金色の目でツァーレンを射抜きます。

 

 ―――――わたくしの、鴉……っ!


 ツァーレンは舞い落ちるマントを受け止めようと、両手を突き出して待ちました。

 その腕に、風があたりました。

 もちろん神殿の中では風など起こるはずもなく、それは漆黒の鳥が巻き起こした風でした。

 あと少しでツァーレンの手に届きそうになったマントを、風を起こした件の鳥がツァーレンの目の前でマントを被るように奪い、降り立ちました。

 それはあっという間の出来事でした。

 鴉がマントを被って地に突いた途端、黒霧の渦となって四方に霧散すると、また黒い渦が地から立ち、人となったのです。

 そしてその人は、全身を漆黒の壮麗な衣装と漆黒のマントを身につけて、ツァーレンに向かって手を差し伸べたました。


 「ツァー。手を」


 ツァーレンは震えました。

 信じられないものを見たからです。

 あまりに信じられなかったものですから、声を出すことも叶わず、震える両手で口を覆いました。

 

 「ツァーレン殿。さあ」


 とん、と背中を押したのは、先ほどまで一緒に司祭に祝福を受けていたはずの上皇でした。

 驚いて振り返ったツァーレンを、上皇は今までに見たことのないほどの喜色満面で、ツァーレンを促すのです。

 

 「上皇……さま?」 

 「ツァーレン殿、手を取らぬのか?そなたが待ち望んだ手であろう」


 してやったりと笑う上皇の笑顔に、ツァーレンはくしゃりと顔を歪ませました。

 

 「ツァー。手を」


 階段を一歩下れば、その手が掴めます。

 焦がれて焦がれて、けれどもそれはすべて夢だと思っていた、その人の手を。


 「さあ、行きなさい。目の前に幸せがあるというに、何を躊躇う」

 「上皇さま。けれど」

 「フロレス、お前も何をしておる。さっさとツァーレン殿を捕まえんか!」


 業を煮やした上皇が二人の間に入ってツァーレンの手とフロレスの手を無理やりに掴むと、しっかりと互いの手を握らせて祭壇の前に引っ張り出しました。

 もちろん、端からみればそれは無理やりではなく優雅な一連の動作としてしか見えませんでしたが。

 

 「さあ、司祭。この二人に祝福を!」


 上皇の迫力に押されながらも、司祭は己の責務を全うすべく、手元の祝詞書に記載された名を読みあげました。 

 

 「汝、フロレス・ゼラ・リュシス・レステラーレ」

 「はい」

 「え?」


 司祭が読みあげた名前は、ツァーレンを驚かすに十分なものでした。

 その名の持つ意味を間違えるはずがなかったからです。

 

 リュシス・レステラーレ


 上皇とまったく同じ名を、なぜフロレスが持っているというのでしょう。

 その疑問はフロレスが着てる正装にも当てはまります。

 漆黒の色遣いに、ツァーレンが縫いあげた鴉の刺繍。


 ――――まさか。


 脳裏に光が弾けてました。

 その名をなぜフロレスが持つのか。上皇の向ける笑顔がなぜ愛しさではなく親しみしか感じないのか。そしてなにより上皇を初めて見た時に感じた不思議な既視感がどこからくるのか、ツァーレンは唐突に理解したのです。


 「汝、ツァーレン・アン・セリシール」

 「……はい」


 司祭が名前を読み上げると、二人は祭壇を背に向き直し、神殿に入るすべての人の前で宣誓をしました。

 ツァーレンが知らない間に用意されたフロレスの宣誓は、朗々と読み上げられ、ここに集まったすべての人が証人となりツァーレンとフロレスが夫婦となりえたことを有無を言わさず認めさせたのです。

 目の前には上機嫌の上皇が、その後ろには怒り狂いながらも場所を弁えて動くことのできないスズーリエの父王とその妃が強い視線でツァーレンとフロレスを睨みつけています。さらに後ろでは主役の入れ換わった結婚式にざわめきながらも当の本人が当たり前のように下座にいて新しい夫婦を祝福しているために同調するしかない国賓たちが、一様にひきつり笑いをしながらも二人を祝福しておりました。


 「これほど嬉しいことはない。さあ、道は開かれた。門出を祝おうぞ」


 上皇の言葉がざわついた神殿をしんと静まりかえらせました。

 ぱんっ

 上皇が手を叩き、音楽隊の指揮者に目配せすると、状況に呑みこまれていた指揮者も慌てて音楽を奏で始めました。

 その中を、新しく夫婦となった二人がお互いを見つめあってゆっくりと歩きます。

 一歩一歩と歩くごとに、ツァーレンの心臓は今さらながらに飛び跳ねます。

 あまりにも非現実すぎて夢だとしか思えなかった出来事を、フロレスと一歩並んで歩くたびに現実のことだと思い知らせてくれるからです。

 これ以上歩くと心臓が爆発するのではないかと思い始めた時、やっと目の前に馬車が見えました。

 脇にはリリュシュが来た時と同じ姿で主が戻ってくるのを待っていました。


 「ツァーレンさま、おめでとうございます。どうぞ末永くお幸せに」


 馬車の扉を開けて二人を案内すると、リリュシュは今度は一緒に乗り込むことをせずにぱたんと扉を閉めました。

 扉が閉まる音を合図に御者が馬にぴしりと鞭をあてました。

 ゆっくりと車輪が回転し、だんだんと速度を上げて、馬車は神殿を後にしました。


 どおっ


 神殿の内部から、どよめきが聞こえました。

 残された人々が上皇に詰め寄ってことの顛末を聞こうと騒ぎ始めたからです。

 国賓として呼ばれた各国の王たちは、式が終わると同時に全く知らない男を祝うためにわざわざこの国まで足を運んだわけではないと怒り、知られざる王女であるツァーレンの美しさを讃え、けれどもスズーリエ国王夫妻に対しては冷やかな対応を取り、結局一番は上皇に意見を求めるしかないと詰め寄ったからです。

 上皇は素知らぬ顔してくるりとその集団に背を向けて、幸せな二人が去った後を感慨深げに目を細めて見ていました。

 


 「幸せに、なれ」



 呟いた言葉は、風に乗って流れて行きました。

  

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