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みにくいおひめさま  作者: れんじょう
『みにくいおひめさま』
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第十六話 草花の意匠の容器

☆ほぼ侍女・リリュシュ視点です。

 ツァーレンには、人に抱きつかれた記憶がありません。

 母親は物心つく前に亡くなって、残された父親は親以前に国王でした。父王はひたすら職務に没頭し、残された幼子のツァーレンを顧みることはありませんでした。

 奥宮でひっそりと育てられたツァーレンでしたが、いくら幼くても王女という立場であったツァーレンを抱きしめようとする家臣はいませんでしたし、父王が新しく妃を娶ったときも、ツァーレンを抱きしめてくれる人は現れませんでした。

 手を握られるのも稀でした。

 ツァーレンが最も心を許せる侍女はいつも暖かく微笑みますが、侍女としての立場を十分に弁えていたがためにツァーレンに自分から触れるということをしませんでしたし、触れたといっても着替えや入浴の手伝いなど最低限のことだけでした。

 唯一、ダンスの教師だけが、ツァーレンの手を取り腰に手をまわして、身体に触れることを許されていましたが、人との接触に不慣れなツァーレンが慣れるまでの時間が必要であったことは想像に難くないものでした。






 「ああっ、私ったら……!」


 はしたないことを、と涙にぬれた顔を羞恥で赤くして、リリュシュはツァーレンから飛びのくように離れました。

 

 「申し訳ございません。急に抱きついてしまって……お恥ずかしいところを」


 自分の失態を気に病んで伏し目がちにツァーレンを見上げたリリュシュでしたが、そこで見たものはツァーレンがまったく微動だにせずに固まっている姿でした。


 「ツァーレンさま?」

 

 不思議に思ってツァーレンの握られている拳にそっと手を掛けると、その人はとたんにびくっと身体を震えさせ、みるみるうちに全身を真っ赤に染めてあげて、下ろした手でまた顔を覆ってしまいました。

 侍女が主に抱きつくなどと不敬な真似をしてしまっては不愉快になられても当然のことと分かってはいるものの、自分が味わってきた苦しみ以上に辛い苦しみに捕われているツァーレンを慰めたくて、そしてそれ以上に庇護しなければという想いが溢れ出てしまい、つい抱きしめてしまったのです。けれどそれは自分の新しい主には不愉快なもの以外何物でもないということが、耳まで赤く染めるほどの感情と苦しそうな息使いで分かりました。


 「ツァーレンさま。……お気を悪くさせてしまい、申し訳ございません。二度とこのような不敬な真似はいたしませんので、御容赦いただけませんでしょうか……?」


 出会った早々に失態を演じてしまったと、どう挽回しすればいいのかと思い悩んでると、か細い声が聞こえてきました。


 「あ……あの……、ごめんなさい……」

 「え。あの?ツァーレンさま?」

 「わ……わたし、あまり、得意じゃなくて……」

 「はい?得意じゃない、ですか?」

 「ええ。前もって抱かれることがわかっているなら少しは心の準備ができるのでいいのだけれど、今みたいに急に抱きつかれると……その、駄目なの。慣れてない、とえいばそれまでなのだけれど、本当に……慣れてなくて。だから、リリュシュが謝る必要なんてないの。抱きつくということはわたくしのことを……その、好きだという表現なのでしょう?それはとてもうれしいの。だから、リリュシュが悪いわけではなくて……ああ、わたくしったらいったい何を言ってるのでしょう……恥ずかしいわ」


 「好きだという表現」にはちょっと吃驚したリリュシュですが、上皇さまからツァーレンが人と接触を持たずに育ったと聞き及んでいたのいたため、納得しなくもありませんでした。

 

 真っ赤になられてしまったのは、怒っているからではなく恥ずかしかったからなのね。

 慣れないけれど嬉しいと言ってくださったことは、自分を嫌ってはいないってことでしょう?ではこれから沢山抱きしめて差し上げて慣れていただこうかしら。それとも抱きしめられるのが慣れていないのならば、もしかして手を触られるのも苦手なのかしら。……それは困るわ。


 「あの。もしかしてツァーレンさまは、お手を触られることも苦手でいらっしゃいます?」

 「そうなの。それも自分からは大丈夫なのだけれど、人から急に触られるのは駄目。……いいえ、城でずっと仕えてくれていた侍女からならば、手を触られるのは大丈夫だったのだけれど」


 結局は慣れていただくしかないということなのね。というよりも、慣れていただくわ。


 リリュシュは真摯に答えるツァーレンの瞳を見ながらそう結論付けました。

 そして足元に置いてある大きな鞄から数個の容器を取り出して、ツァーレンの前に差し出しました。


 「……?リリュシュ?これはいったい」

 「ツァーレンさま。先ほど私が言った言葉を覚えていらっしゃいますか?」

 「……上皇さまから遣わされた、ということ?」

 「はい。そのとおりです。もちろん侍女として遣わされたのですが、それ以上にツァーレンさまのことを上皇さまがお気にされておいでで、そのためにこそ遣わされたのです。その証がこの容器に入っております。……ごらんになられますか?」


 その容器は飾り立てたものではないけれども、それぞれ草花や樹の意匠がほどこされた可愛らしいものでした。

 カモミール、ティーツリー、松。

 不思議な組み合わせにツァーレンが首をかしげていると、リリュシュは蓋を取って香油の香りを立たせるようにくるりと容器を回しました。


 「ああ、これはカモミールだわ」

 「そうです。この容器に入っているのは香油ですわ。ツァーレンさまは御存じのものばかりかと思いますが、この組み合わせによってはとっても肌によいのです。私も肌が弱くてこの香油を混ぜたグリスを手や体に塗っています。……ツァーレンさまに塗ってもよろしいでしょうか。初めはべたつきますが、次第に慣れてべたつきも気にならなくなります」


 リリュシュはツァーレンの手を取ると、嫌がられるかしらと訝しみながらも固く握られた手をゆっくりと時間をかけて解いていき、繊細なレースでできた手袋を外しました。

 手袋を外したツァーレンの手は、リリュシュが思った以上に発疹が酷く皮膚が硬くなっていました。この状態ではたぶん、腕も、足も、他の部分もそうなのだろうとリリュシュは昔のわが身を顧みて思いました。


 「……醜いでしょう?」


 何かを諦めたため息がツァーレンの口から洩れましたが、リリュシュは首を横に振ってツァーレンの悲しみを否定しました。


 「大丈夫ですわ。私は魔法の薬を持っていますから。それを今日からツァーレンさまにお使いいただきたいのです。だまされたと思っていただいても結構ですから、まずはこの手から塗っていきましょう」


 驚くツァーレンに微笑み返しながら、別の容器からブレンドした香油入りのグリスを少量、ツァーレンの堅い手の甲に塗りこんでいきました。

 


 


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