第十五話 侍女の涙
―――――わたくしのことを御存じの上に、この方を……?
ツァーレンには新しい侍女となったリリュシュの言うことがわかりませんでした。
醜い自分は一歩も外にでることなくあの部屋と庭で一生を終えるのだと考えていたツァーレンに縁談があったことで、たとえ醜くても王女としての立場が国益のために使われるのだと、見捨てられていた自分にも少しは価値があったのだとは思っていましたが、ただきっと相手は自分が人前に出ることすら叶わぬほど醜いのだということを理解してはいないのだろうと思っていました。
父である国王からは『上皇に望まれて』嫁ぐとは聞いていましたが、それはツァーレンにとっては慰めの言葉を手向けられたものと受け止めてもいました。
ですから政略結婚相手であるはずの上皇がツァーレンを知り、その上で人を遣わしたということを理解することができません。
「ツァーレンさま。私はこれからずっとおそばを離れることはありません。ツァーレンさまが今、どのようにお感じになられているかはわかりませんが、私は誠心誠意を込めましてツァーレンさまにお仕えする所存です。今までツァーレンさまにお仕えしていた侍女には遠く及ばないとしても、レステアでツァーレンさまが少しでも気持ちよく過ごされることを第一にと思っております。ですから、私に遠慮などされる必要はまったくございません。どうか身体を起こされて、お顔をお見せください。これからずっとおそばにおりますから」
安心を与えるような、女性にしては少し低めのゆったりとした口調で、リリュシュはツァーレンに願いました。
たしかにリリュシュの言うとおり、これからずっと自分に仕えてくれるのだから素顔を知っておいてもらわないといけないと分かってはいるものの、どうしても自分の顔をリリュシュが見たときに現れる嫌悪の瞳を見たくないと思ってしまい、ツァーレンは身体を起こすことをどうしてもためらってしまいました。
しばらく二人の間に沈黙が落ち、馬車の車輪の音とピシリと馬を駆り立てる鞭の音だけが聞こえてきました。
心落ち着くその律動は、ツァーレンに考える時間を与えました。
意を決したツァーレンは、手はまだ顔を覆ってはいたものの、ゆっくりと身体を起こして椅子に座りなおしたのです。
そして俯く顔から震える手を下ろして、膝の上で固く手を握りしめました。
「本当に……本当に醜いの」
「ツァーレンさま……」
ツァーレンの固く握られた手の上に、そっとリリュシュの手が添えられました。
リリュシュの暖かい手の温もりが、これから起こることを耐えるかのように力を入れて震えている拳とツァーレンの心を柔らかくほぐしてくれるようでした。
―――――大丈夫。この暖かい手を持つこの人なら……。
とうとうツァーレンはその顔をまっすぐ前に向けて、リリュシュの前に曝けました。
「……これが、わたくし。人前に出ることが許されないほどの、醜さを持つ顔」
ツァーレンが嘆くその顔は、ところどころにある出来物が赤く膨れ上がり、ただれ、もしくは皮膚がいびつに堅く盛り上がり、顔の輪郭を定かにしていませんでした。かさぶたになりかけた傷も数か所見受けられました。
「これは……本当に酷い」
リリュシュの呟きは、ツァーレンのなけなしの勇気をごっそりとはがし落としました。
みるみるうちに盛り上がっては堅い皮膚の上を滑り落ちる涙が、心を掻き毟られるような苦しみを表していました。
―――――やはり。
ツァーレンは自分を呪いました。
どうしてリリュシュの言葉を受け取ってしまったのか。どうして希望を持ってしまったのかと。
―――――やはりリリュシュも今まで出会った人と何一つ変わらず、わたくしを蔑むのだわ。
ツァーレンが自分の手をいまだに離さない侍女の手を払いのけようと力を入れたときに、それはおこりました。
ふわり
払うより前に侍女の暖かい手はツァーレンの手から離れ、それはそのままツァーレンの首に回されて、ツァーレンをきつく抱きしめたのです。
「……えっ……」
「ツァーレンさま。今までお辛かったでしょう。上皇さまがどうして私を遣わされたのか、その理由がやっと、やっと理解できました。私はこのために遣わされたのですね」
ツァーレンはいったい何が自分に起こっているのか、どうしてリリュシュが自分を抱きしめながら泣いているのか、まるでわかりませんでした。
そしてリリュシュの呟く言葉の意味も。
「あ、あの?リリュシュ?」
「ああ、ツァーレンさま。私、頑張りますわ。ですからツァーレンさまも一緒に頑張っていきましょうね」
「ええ?リリュシュ。それはいったいどういう意味なのかしら」
リリュシュの反応があまりにも予想外過ぎたため、ツァーレンの嘆きは戸惑いに押しやられしまいました。
それに何を頑張ればいいというのでしょう。
リリュシュの言葉は謎ばかりで理解できないツァーレンでした。
ツァーレン、分からないことだらけ。