第十四話 新しい侍女
短めです。
がたごとと馬車はツァーレンを乗せてゆっくりと進みます。
規則的に響く車輪の廻る音が、ツァーレンの心を次第に落ち着かせていきました。
「これをお使いください。ツァーレンさま」
急に声をかけられて驚いたツァーレンは俯いていた顔を上げると、ツァーレンにハンカチを差し出している一人の女性を見つけました。情けないことにツァーレンは、反対側の席に背筋を伸ばし座っているその人に声をかけられるまで、まった気が付くことがなかったのです。
「あ……あなたは……?」
「申し遅れました。私はレステア国よりツァーレンさまをお迎えにまいりました、リリュシュ・ウィンスローと申します。父はレステアの宰相ゼイン・ウィンスロー伯爵にございます。上皇さまの命によりツァーレンさまの侍女を仰せつかりました。以後、よろしくお願いいたします」
「……え。わたくしの侍女、ですか?」
「はい。上皇さまはツァーレンさまの旅の間の話相手にと私を選ばれ、また少しでも早くレステアを知っていただきたいとの仰せにございました」
これにさらに驚いたツァーレンでした。
長年仕えてくれた侍女はこの旅に同行することも許されず、不安がつきない道中をお妃さまに伝えたところ、お妃さまはただ扇子を広げて「心配には及ばぬ」と笑ってばかりおられて詳しい話は何一つされなかったのです。
まさかレステア国から侍女が派遣されるとは。
予想ははるかに裏切られていました。
「ところで、ツァーレンさま。これから長の旅になりますので、どうぞそのお顔が隠れる布が付いた帽子を外され、おくつろぎください。馬車の中には必要はないかと」
その言葉にびくりと肩を震わせて、身体を縮こませたツァーレンを、リリュシュは不思議そうに見ていました。
「ツァーレンさま?」
「あ、あの。……帽子は外さない方が」
「ではせめて、そのお顔にかかる布を外していかがでしょうか。この狭い馬車の中では息苦しく感じられるかと」
言いながらリリュシュが布を外そうとツァーレンの帽子に手を掛けたん、ツァーレンが身体を震わせて腰を引きました。そしてそれはツァーレンの思惑とは反対に、布だけを外すはずだった手を払わせ、帽子を落とさせてしまったのです。
「も、申し訳ございません。御無礼のほど、お許しください。落としてしまった帽子の代わりのものを荷物の中からお出ししてまいりますので、しばらくお待ちいただけますか」
足元に落ちた帽子を拾い、ぱたぱたと軽く埃を落としながら主であるツァーレンに馬車を止めることを伝えようとしたその時、ツァーレンが酷く狼狽しながら両手で顔を覆い隠している姿が目に飛び込んできました。
「ツァーレンさま?何をそこまでしてお顔を隠されます」
「……あなたはわたくしに会うのが初めてですから御存じないのかもしれませんが。わたくしは……わたくしはとても。とても醜いのです」
喉の奥から絞り出すような声が、馬車の中に響きました。
「わたくしは、とても醜い。普段から帽子で顔を隠すほどに。だからこそ人前にでることなく今まで過ごしてまいりました。まさか上皇さまはそのことを御存じではないのですか……?」
手で覆った顔をさらに見せまいとして身体を折り、籠った声でツァーレンは問いました。
そんなツァーレンの肩にそっと手を添えて、リリュシュは優しく諭すように答えます。
「いいえ。いいえ、ツァーレンさま。上皇さまはツァーレンさまのことをよく御存じでいらっしゃいます。だからこそ、私を遣わされたのですから」