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みにくいおひめさま  作者: れんじょう
『みにくいおひめさま』
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第十三話 銀の指貫を最後に

 

 一夜明けると、ツァーレンがスズーリエ国を出立する日となりました。

 昨夜も泣いていたツァーレンの顔は瞼が腫れあがり赤く醜くなっていましたが、侍女は何も言わず冷たいタオルを用意して顔のほてりを冷ましてくれました。

 最後の朝の身支度をと、今日この日のために用意した新しいドレスを着付け、顔を隠すための布が付いた帽子を被り、すべてを整えると、心穏やかに(きた)る出立を待ちました。

 するとあまり人の入ることのなかったツァーレンの居室にばたばたと数名の侍女が入り、使いなじんだ家具をどこかに持ち去りました。

 残されたのは唯一、部屋の中央に置かれた数脚の椅子。

 驚くツァーレンに、いつの間にか横にいた女官長が今から国王夫妻がこの部屋に訪れることを告げられました。


 「ツァーレン。……久しいな」


 扉があけ放たれ、数名の従者を従えた国王夫妻がツァーレンの部屋にやってきました。

 女官長もツァーレンの侍女も、部屋の壁際に下がっています。

 あわててスカートを持ちあげ、国王に挨拶を述べようとしたツァーレンを、国王は悲しい瞳をして片手をあげて止めさせました。


 「挨拶はよい。最後に少し話をしたくてな。ああ、そなたも座れ。そのように畏まるな」

 

 庭を背に国王夫妻が椅子に座ると、ツァーレンも一礼をとって腰をかけましたが、畏まるなと言われても父親にほとんどあったことのないツァーレンにとってはお妃さま以上に見知らぬ、そして敬意を持って接しなければいけない人物でした。


 「そなたの嫁ぐ先は、妃から聞いて知ってはおるだろが、レステア国の賢王と謳われた上皇だ。そなたは知らぬが上皇が我が国にお越し下さった際にそなたを見かけ、妻にと望まれたのだ。まだそなたは五歳であったな。幼子であったそなたを見染めるなど有り得ないと申してはみたものの、レステアは強国。従わなければ我が国などあっという間に滅ぼされてしまうだろう。仕方なしそなたが成人すればレステアに嫁がせよという上皇の条件を受け入れた。……そなたには五歳のころより許婚がおったということよ。それを今まで言わなんだのは、さすがに年齢が離れすぎているのでな。多少の良心の呵責じゃ」


 ツァーレンは眉間に皺を寄せて悩むように語る国王の話を他人事のように聞いていました。

 まるでそれは自分にとって本位ではなく、辛く苦しいものであったかのように聞こえます。


 この人はいったい何をいっているのだろう。

 良心の呵責など、お父さまはわたくしになど持ち合わせてはいない。苦しく辛かったわけでもない。

 もちろんそれはお妃さまも。

 そうでなければ、なぜわたくしをこの部屋(せかい)から一歩も出さず、閉じ込めておく必要があるというの。

 皆の楽しげな声が風に乗って聞こえるのを、悲しく寂しく感じなければならなかったの。

 

 「そなたは向こうに望まれて嫁ぐことだけを覚えておくがよい。質素に過ごさせたのも、上皇が退位をされて田舎で静かに暮らしていると伺ったからよ。だがせめてもの祝いに王族らしく送り出したくてな。急ぎ支度をさせたが、妃からは満足のいくものと聞いた。それを携え、上皇に嫁げ。さらば、我が娘」


 国王さまはツァーレンの混乱を知らず、ツァーレンまで歩み寄ると抱きしめ、そして醜い顔を隠すための帽子を取り、まるで本当に愛しいものに与えるように額に口づけをして去っていきました。

 その後ろには、今まで見たこともないほど晴れやかにほほ笑んだお妃さまが添っています。

 ツァーレンは非礼にも部屋の椅子に、なにが起こったのか理解できずにただ呆然と座っていました。

 そしてツァーレンの心を置き去りにして、ぱたんと扉が閉まりました。


  「ひめさま。これを」


 しばらくすると、侍女がハンカチを差し出しました。

 無意識に庭を見ていたツァーレンは、差し出されたハンカチがぽとりぽとりと濡れていくのを見て、自分が涙していることに気がつきました。


 

 とうとう別れの時がやってきました。

 王女の結婚のための出立だというのに、大広間での祝いの席も盛大なパレードもなにもなく、数台の馬車がツァーレンを待っていました。

 初めて庭以外の外に出たツァーレンは、その壮麗な城の外観を見て、自分はこのようなところに住んでいたのかと改めて感じました。

 そして後ろに控えている侍女に向きなおって両手を差し出し、侍女の手を取りました。


 「……今まで、本当によく仕えてくれました。心から礼を言います。ありがとう、ゼリーシア」

 「ひめさま……っ」

 

 一生のほとんどを共に過ごした、文章の中でしか知りえない姉のような、母のような、けれど誇りを持って侍女として仕えてくれた、だからこそ名を呼ぶことを厭うたゼリーシア。

 彼女の誇り高い侍女の手をぎゅっと握りしめたツァーレンは、侍女の手の中に自分が愛用していた銀の指貫をそっと入れました。


 「ありがとう。そしてさようなら」

 「ひめさまも。ひめさまもどうか御達者で」


 ツァーレンは握りしめた手を離すと、馬車に足をかけました。

 そして最後にもう一度だけ住み慣れた、けれど二度と戻ってくることのない城を感慨深く眺め、馬車に乗り込みました。

 

 さようなら。

 わたくしの城。

 わたくしの庭。

 もう二度とこの壮麗な(しろ)に戻ることはないでしょう。


 だんだんと遠くなる城を窓からそっと眺めながら、ツァーレンは流れる涙をそのままにしておりました。


 


 

 

 



 

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