第十一話 天鵝絨のマント
「ひめさま。こちらにある程度揃えてはみたのですが、いかがでしょうか」
出入り業者がツァーレンの部屋から下がると、そこにはいろいろな大きさの箱が所狭しと並び、いろいろな色のいろいろな種類の布が用意されていました。
ツァーレンの婚礼の日取りも決まったことで、王族の婚礼に相応しく衣装や装飾品を揃えるようにとお妃さまの話を受けたときの侍女の張り切りようったらありませんでした。
それまで王女としてはあまりにも質素な装いで、装飾品も弱すぎる肌に刺激が強いとのことで身に飾ることのなかったツァーレンですから、何から何まで新しく揃える必要がありました。
ここぞ侍女の腕の見せ所とばかり、業者とああだこうだと話しているのを隣の部屋から聞いていたツァーレンは、決めなければいけない品物の数の多さを知るだけでぐったりとしてしまいました。
最終的に何を持参するかを決定するのはお妃さまがということでしたが、それ以前にある程度の選定は必要なわけですから、ツァーレンの部屋は今、まるで店がごっそり一軒引っ越してきたかのようになって足の踏み場もないほどです。
「ここから選べ……と?」
「まだこれでも部屋に入りきらずに他の部屋に一部置いてございます。ここにご用意してある分に関しましては先駆けてサイズを調整したり、誂えなければならないものばかりにございます。お妃さまからは普段着用のドレスを二十着、舞踏会用のドレスを十着、そして婚礼用のドレスを誂えよとのお言葉でした。デザイン画も布地もこちらにご用意しておりますので、ひめさまには早々に選んでいただかなければ」
ツァーレンはどさりと腰を落としました。
いくら婚礼とはいえ、これはあまりにも仰々しいのではといぶかりました。
醜い自分がどのように飾り立てても美しくなることはありません。それどころかわが身を知らなさすぎると影口を叩かれてしまうのではないかと恐れるくらいきらきらしい品物に溢れていました。
きっと上皇との生活でも部屋から出ることはないだろう自分に、なぜこんなに沢山の品物が必要なのか、また新しくする必要があるのかも疑問でしたし、普段着用ならまだしもなぜ舞踏会用のドレスが必要なのかもさっぱりわかりませんでした。
「ひめさま。王族の婚礼とはそういうものです。必要が無いと思っていても衣装や装飾品、婚礼道具、持参金は我がスズーリエ国の国力を相手に知らしめるための大切な政治的材料にもなります。ひめさまのお考えはわかりますが、これは国のために必要な悪ですからお諦めください」
そう言われては仕方がない。
ツァーレンは最近増えたため息を大きくつくと、狭くなった部屋に入って積まれた布とデザイン画を選び始めました。
その時、眼の端に入った一枚の布の色が、夜を思い出させました。
滑らかで光沢がある天鵝絨は、まるであの夜目の利くツァーレンの鴉を思い起こさせ、また漆黒の人をも感じることができました。
「ひめさま?その天鵝絨でマントでもお作りしますか?」
マント?出歩くことなどないわたくしが?
いくら必要悪だといっても、まったく必要のないものまで作らなければならないのかと自嘲気味にくすりと笑ったその時に、あることが閃きました。
そうだわ。マントを縫いましょう。
沢山の漆黒の羽根を縫い付けた、内側にわたくしの鴉を刺繍したマントを。
そうすれば鴉の羽根を疑問も持たれずに婚家に持ち込むことができるはず。
この国から旅立つ時に、もしかしたら持ちだせないかもしれないと、捨てなければいけないかもしれないと思い悲しんだけれど、マントに縫いつければ誰にも何も言われないわ。
「そうね……いえ。わたくしが縫うことにいたしましょう。内側に刺繍も施したいし、肩のあたりに羽根を縫い付ければ素晴らしいものが出来上がると思うの」
「ひめさま。でも時間があまり」
「わかってはいるのだけれど、何か一つ思い出になるものを作っておきたいと思うのは、いけないことなの?」
「ああ、なるほど。そうですわね。手ずからお作りになられたマントを婚礼の証に贈られる、ということですわね。先方はまさかひめさまがそのようなことをされるとは思ってもみないでしょうから大変喜ばれるはずです。では内側の布はどれになさいます?表面が黒ですから、裏面はメリハリを効かして赤はどうでしょう。ああ、それともやはりお歳を考えてもう少し落ち着かれた色の方がよろしいでしょうか。布は絹がよろしいですわ。天鵝絨と絹の違った光沢が美しく映えると思います」
侍女はいそいそと布の山から天鵝絨を取り出し、そしてそれに合いそうな布を何枚か探し出しました。寝室からは羽根の入った籠を下げて戻り、テーブルに広げて具合を確かめ始めました。
婚礼の証とは思っていなかったのだけれど。
けれどそのほうがレステアに持ち運ぶにはよい方法かもしれないわ。
侍女の、先走ったがゆえの間違いをツァーレンは正そうとはしませんでした。
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