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みにくいおひめさま  作者: れんじょう
『みにくいおひめさま』
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第九話 置かれた立場

ほぼ侍女目線です。

  

 ひめさまの御様子がおかしい。


 朝の支度を整えてツァーレンを起こしに部屋に入った侍女は、寝台の上ではなく昨夜自分が座っていた椅子にツァーレンを見つけて驚きました。

 足元には最近集めては大切に扱っていた鴉の羽根が黒い絨毯のように散らばっています。

 それだけでもどうされたのかと心配になるのに、その顔を見れば瞼は腫れて膨れ上がり、赤く醜いできものは充血したためにさらに醜く酷くなっていました。

 

 昨夜はよく眠れるようにとお妃さま直々にいただいた紅茶を飲まれてすぐに寝入ったはず。

 私がいない間にお妃さまと何を話されたのかはわからないけれど、倒れて目覚められた後は妙に落ち着かれていたし。

 それともやはりあの老人との縁談が嫌になられたのかしら。位の高そうな人物だとはいえ、やはり年れが釣り合わないのも事実だし、それ以前に外に出ることが怖ろしくなってきたのかもしれない。


 頭の中で悶々と考えてはいたものの、身体はツァーレンのことを最優先させて、冷えたタオルを用意したり、荒ぶっているだろう気持ちを落ち着かせようと昨夜の紅茶を淹れてみたりしました。


 ぱたぱたと忙しく立ち振る舞う侍女を、ツァーレンはまるで遠くで出来事が起こっているかのように無関心で見ていました。

 いつもならば醜い自分によく尽くしてくれる彼女を感謝こそすれ、無関心であるはずがなかったのに、これはいったいなぜなのだろうと考えようとしてみても、どうしても思いは方向を違えて、胸の奥につきんと痛みを覚えます。考えれば考えようとするだけでその痛みはだんだんと大きくなり、とうとうツァーレンは胸を両手で押さえてむせび泣きました。


 昨夜の胸の苦しみと今の胸の苦しみは、似てはいていても全く違うわ。どうしてこんなにも、こんなにも……。

 足元に広がる美しい濡れ羽色の羽根がツァーレンの目に飛び込んで、考えたくないと思っていてもフロレスのことを想い、さらに胸に痛みを与えました。


 「フロレス……」

 「ひめさま、お苦しいのですか?」


 自分の苦しみでいっぱいになっていたツァーレンは、侍女がかがんで心配そうに自分を見上げていることに気がつきませんでした。

 驚き口元に手をあてながらも流れ続けるツァーレンの涙を、侍女はそっと拭き取って、冷えたタオルをその熱くなった頬にあてました。

 聞き慣れない名をツァーレンが呟いたことに驚きもありましたが、それ以上にその名を呟いた時のツァーレンの苦しそうなそぶりが、侍女の憶測を決定づけました。


 なんてこと。

 ひめさまは恋をなさっておいでのよう。

 でもひめさまは殿方どころか人と接触を持つことができない身。

 とすると、やはり御結婚相手の肖像画の老人がお相手ということ?


 「ひめさま。『フロレス』とはどなたのことでしょう。差しでがましいとは存じますが、ひめさまはその方のことを好いておいでなのでは」


 好く?

 フロレスを私は好いているというの?


 思ってもみなかった言葉がツァーレンの胸にちくんと痛みを加えました。

  

 「ひめさまの御結婚相手である方のお名前でしょうか。お妃さまが肖像画をお持ちになられて以来、ひめさまが変わられたように思いますし、それに今もとても切なそうな顔をなさっておいでです」

 「……切ない?切ないとはどういう意味?」

 「誰かを思う時に胸がしめつけられるように痛みませんか?くるしくてくるしくてどうしようもなくて、泣きたくなりませんでしたか?そういう思いを切ないと」


 ああ、それはまさにわたくしの今このことを言うのだわ。

 

 ツァーレンは瞳を閉じてはらはらと泣きました。

 その様子を侍女はなんともいいようのない気持ちで見ておりました。

 年若いツァーレンの恋の相手が、あの肖像画の老人だとは。

 人に対して免疫というものがほとんどないツァーレンだからこそ、結婚相手というだけでこれほど明らかに年齢差がある相手だというのにのぼせあがることができるのか。

 それともこうなることを望んで国王さまやお妃さまはツァーレンを幽閉同然に閉じ込めていたのか。


 ―――――なんてお気の毒な。


 亡き正妃の第一王女であり忘れ形見でもあるというのに、現王妃が嫁いでこられ身ごもられてからというものの自由に城内を歩くことも叶わず、御一家で食事を取られてもひめさまだけはその席に同席することも叶わず、王女らしい教育は受けてはいるものの、この狭い世界(へや)から出ることすら叶わず、部屋の中にいてさえも帽子を被り顔を隠すことを義務付けられ、他人との接触を極力なくすことで心すら操るられるように仕向けられていたなんて―――――。


 侍女はツァーレンの置かれた立場を今ほど気の毒になったことはありませんでした。

 

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