プロローグ
あるところにそれはそれは醜いお姫様がおりました。
どのくらい醜いかというと、まっすぐ前を向いて見たくないほどです。
お姫様ですから綺麗な服を着ていますが、綺麗な服を来たお姫様はまるで道化師のように見えました。
あんまりにも醜いものですから、お姫様は外に出ることはなく、お城の奥のお姫様の部屋とその前に広がるお姫様だけのための庭だけで生活をしていました。
お姫様には義母がおりました。
本当の母親はお姫様が小さいころにお亡くなりになってしまい、喪が明けるとすぐに新しいお妃様を迎えられたからです。
お妃様はそれはそれはとても美しい方でした。
立ち居振る舞いも素晴らしく、王様はお妃様のことを心の底から愛しておられ、そしてその子供でお妃様にそっくりな美しい妹姫も可愛がっておられました。
けれどその美しい家族の中に醜いお姫様が入ることはありませんでした。
なぜならお妃様は美しいものしかそばに置きたくなかったからです。
◇◇◇
――――――寂しくなんて、ない。
ツァーレンは月明かりの下、誰にも見られていないことを確認すると、テラスへと続くガラスの扉をそろりと開けて、庭へと降り立ちました。
夜は好き。
わたくしの醜い姿を美しくて儚い月の光の下にさらしても、誰もわたくしをみていないのだから。
誰もいない自分だけの庭を、ツァーレンはゆっくりと歩きました。
その庭は外の世界に出ないツァーレンのために王様が作らせた、樹々を迷路に模した珍しいものでした。
迷路のはずのその庭をツァーレンは迷わず歩きました。
それもそのはず、物心がつくころにはこの庭を一人で歩き、一人で遊び、一人で過ごしていたのですから。
昼間には鳥が集い、美しい花々が彩るこの庭も、今は月明かりで作られた樹の影がタイルの上に黒の幾何学模様を作りました。その上をくるくるとステップも軽やかにツァーレンは踊ります。
今日は妹姫のために舞踏会がお城で催されていました。
その音楽が夜の冷たい風に乗ってツァーレンの部屋にまで届いたのです。
そのことが悲しいわけではありません。
羨ましいわけでもありません。
ただ、音楽が耳に触れて、いてもたってもいられなくなったのです。
くるくるくるくる
薄い寝巻が足を動かすたびにまとわりつき、細くしなやかな足の曲線を月明かりの元にさらします。
華奢な手や足がのびやかにしなやかに空を舞います。
大広間では着飾った貴族たちが美しい国王家族と共に夜が明けるまで踊り続けているのでしょう。
音楽と共に笑い声も風が教えてくれました。
―――――悲しくなんて、ない。
一度も参加したことなどない舞踏会にいまさら呼ばれたとしても、礼儀作法は分かるわけもなく。
義母をして醜いと蔑まれた容姿に似合うドレスなどこの世にもなく。
滅多に会うことのない妹姫の顔すらどのようであったのかもわからず。
醜いと貴族たちから嘲笑される場にわざわざ赴くことなど恥でしかなく。
――――――寂しくなんて、ない。
ツァーレンは月だけがじっと見ている庭で、体力の続く限り踊り続けました。