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子犬の皮をかぶった弟。

作者: アンダンテ


私、紫織には、子犬のような可愛い弟がいる。



……はずだった。


勿論、今も口調とか仕草とか可愛いことに変わりはないけれど。

とにかく、女にだらしない。

私たちは血のつながらない年子の姉弟。

私はお父さんの連れ子で、弟の海斗はお母さんの連れ子。


ま、よくある話。


私は血はつながってないけど、お母さんが大好きで、未だに平凡すぎるお父さんがすっごく美人なお母さんと再婚できたのが信じられない。

その息子の海斗も期待を裏切らずに目をそむけなきゃいけないと錯覚するほど美形。おかげで女の子もとっかえひっかえ。私にはなかなか出来ないのに。


最近になってお母さんも働き始めたから、海斗は殆ど家に帰らなくなった。

多分どっかでいかがわしいことしてるんだろうな。



案の定、今はもう次の日なのに、まだ帰ってこない。

一応作っておいた海斗の分の夕飯にラップをかけてメモを添える。

『夕飯を作っておいたよ。毎日遅いから海斗の体調が心配。風邪とかひかないようにね』

…こんな事をすると、また思春期兼反抗期の弟の気に障るだろうか。

でも栄養はしっかりとってもらわないと。伸び盛りなんだし。


不意に眠気が襲ってきた。


そういえばここ最近海斗が心配で結構遅くまで起きてたんだっけ。

次第に重くなっていく瞼をなんとかこじ開け、バスルームに向かう。

入らないですぐにでも寝たいのは山々だったけど、そうすることは乙女…いや、年頃の女子としてのプライドっていうか世間体が…


ー駄目だ。眠すぎて思考回路がぐちゃぐちゃ。こういうときは早寝に限る。

洗濯籠に今まで身に纏っていたものを投げ込み、扉を開く。


キュッとノズルを捻れば最初は冷たすぎる真水。ずっと出し続けていたらやがてお湯へと変わる。

当たり前といったら当たり前のことだけど、なんだか不思議。

ちょうどいい温度になったのを手で確認し、体へとかける。

体から力が抜けていくのがわかった。

この何ともいえない安心感に身を委ねる。



とその時。

鼓膜に微かに届く、廊下の軋む音。


今日はお母さんがいない。お父さんは単身赴任中だし…ってことは海斗だ。


急いで髪の毛と体を洗い、少し熱めのお湯で流す。

いつもは必ずする髪の毛を乾かすこともしないでリビングに向かう。


「海斗、お帰り!」

ほんの少し息を弾ませ、勢い良くドアを開ける。

「なんか久しぶりだね。今日はご飯食べた?まだだったら暖め直すよ?」

「うん、お願い」

久々にちゃんとした会話に思わず涙ぐむ。

今日はなんだか海斗の機嫌がいいみたい。


「今日はね、ハンバーグにしてみたんだ。

子供っぽいかなって思ったんだけど…」

「ううん、嬉しい。

ありがとう」

感謝の言葉まできけるなんて、何か嬉しいことがあったのかな。

そう思ったら私も嬉しくなって、自然と頬が緩んだ。




ーこの雰囲気の中で言っちゃおうかな。

コホン、と小さく咳払いをして、準備を整える。

「重大発表があるの。

私、彼氏が出来たんだ」



「…ふうん?いつの間に?」


私は海斗の表情が一変したことになんて全く気づかずに脳天気にその質問に答えた。



「んーと、1ヶ月ぐらい前かな?

すっごく誠実でいい人なんだ。だから海斗も仲良くしてくれると嬉しい」

すると海斗は優しく微笑んでくれた。

私はそれで認められたような気持ちになり、目の前が明るくなったような気がした。


「そうなんだ。

で、その人は何歳?名前は?どこの学校?この辺に住んでる?」


海斗は仲良くしてくれるつもりなんだって嬉しくなって、私は嬉々として満也<ミツヤ>君のことを教えた。


「やだ、海斗ってばそこまで知りたいの?

私の一個上で望月満也君。学校は私と同じで、先輩だよ。家は残念ながらわかんないんだよね」

「教えてくれてありがと。

でも、もう俺眠いから寝るね」


にっこりと微笑んだ海斗の顔は最近の不良ぶりはなんだったのかと思わせられるほど無邪気なものだった。

私もそんな海斗の様子に安堵したら、さっきまで猛烈に感じていた眠気が再び襲ってきて、ちょっとした仮眠のつもりでソファーにごろん、と横になり目を瞑った。





「こんなところで無防備に寝やがって…っ」

ぎしっとソファーが微かに軋む音がした。

さらり、と影が髪を掴む。ぎゅっと一瞬強く握りしめた後、名残惜しそうに手放した。


「カレシ、なんて、この俺が許すわけないだろ?

くそっ!虫は全部駆除してきたのに…。

俺のものになるまでは、誰一人として紫織の彼氏になんかさせない」

影ー海斗は紫織の顎を人差し指と親指で軽く持ち上げ、静かに口づけた。


「さて、と。

紫織についた害虫駆除に行かないとね。待ってて?紫織。2日で片付けてあげるから」





それから数日後。


満也君が他の女の子とキスをしているのを目撃した私は呆然としながら帰った。


家のドアを開けると、海斗がタオルを抱えて傍に来た。


ーそっか。海斗も一緒にいたんだっけ。

ありがたくそのタオルを受け取ると、そのタオルは有り得ないくらいフカフカしていた。


「海斗、このタオルどうしたの?」


「この前新しいの買ったんだ。まだ一度も使ってないよ。紫織のために買ったんだ」


まったく…。何度言ってもお姉ちゃんって呼んでくれないんだから。

海斗は何度言っても直さないからもうあきらめてる。

そのタオルに顔をうずめると、自然と涙が出てきた。

そんな私の様子に気づいたのかどうなのか。海斗は優しく私の背中を撫でた。

その優しさに堪えきれず、遂に大声で泣き始めてしまった。

「あんな奴、紫織に相応しくないよ。忘れなよ」

そう何度も言ってくれた海斗にますます泣きたくなって、その胸を借りた。





海斗の本性に気づくのは、もっとずっと後の話。







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