ファンタジー世界と地理学④ーなぜ転生先はいつも『中世ヨーロッパ風世界』なのか
導入
皆さん、異世界転生したらどんな世界に行きたいですか?
ネオンが雨に滲むサイバーパンク風世界?
超高層ビル群と空中道路が空を覆う超近未来都市風世界?
蒸気機関と巨大歯車が街を埋め尽くすスチームパンク風世界?
巨大な砂漠都市と宮殿が広がるアラビアンナイト風世界?
密林の奥に巨大神殿が眠る古代文明風世界?
いいですねぇ~、夢があります。
しかし残念ながら、皆さんに決定権はないようです。
皆さんが行く転生先は、「中世ヨーロッパ風世界」で決定です。そうです、あの世界です。
石畳に城壁都市。
王城に大聖堂。
さらに市場に酒場。
森の向こうの魔物。
気付けば今日も、「ギルド」と呼ばれる怪しい施設に駆け込んでいくでしょう。
では、なぜファンタジー世界は、ここまで「中世ヨーロッパ風」に収束しやすいのでしょうか。
今回は、政治制度でも軍事でも宗教でもなく、「景観」だけに絞って考えます。
1、問題提起
〜なぜ異世界転生先は、いつも中世ヨーロッパ風なのか〜
ファンタジー作品全体を見たとき、「中世ヨーロッパ風」と呼ばれる景観が極めて頻繁に登場することは否定できません。もちろん例外はあります。砂漠世界、海洋世界、和風世界、近未来都市、古代文明風世界も存在します。
しかし、小説、アニメ、映画、ゲーム、TRPGまで含めて眺めると、石造りの街並み、城壁都市、王城、大聖堂、市場、酒場、馬車道を備えた世界観が繰り返し採用されています。
ここで考えるべき問題は、「なぜ作者は中世ヨーロッパ風を選ぶのか」だけではありません。より重要なのは、「なぜ読者や視聴者は、その言葉だけで世界を理解できるのか」です。「中世ヨーロッパ風」と言われた瞬間、多くの人はかなり近い景色を思い浮かべます。
そこには、石畳の道があり、街を囲む城壁が
あり、広場には市場があり、奥には王城や大聖堂が見えます。もちろん細部は人によって違います。しかし、全体像は大きく外れにくい。
これは単なる流行なのでしょうか。それとも、「中世ヨーロッパ風」という景観そのものが、ファンタジー世界を説明するための共通言語として機能しているのでしょうか。今回は、この点を景観の観点から考察します。
2、定義
〜そもそも「中世ヨーロッパ風」とは何を指すのか〜
まず前提として、ファンタジー作品で使われる「中世ヨーロッパ風」は、厳密な歴史再現ではありません。実際のヨーロッパ中世は、地域や時代によって大きく異なります。フランク王国、神聖ローマ帝国、イングランド王国、フランス王国、ヴェネツィア共和国、ビザンツ帝国を同じ景観として扱うことは、本来かなり乱暴です。
例えば、北西ヨーロッパの石造りの城塞都市と、地中海世界の港湾都市では景観が異なります。神聖ローマ帝国領内の都市と、ヴェネツィア共和国の水上都市も同じではありません。ビザンツ帝国の都コンスタンティノープル的な景観は、西欧の城下町とは別系統の要素を含みます。にもかかわらず、ファンタジー作品では、それらの要素がかなり自由に混ぜられています。
ここでいう「中世ヨーロッパ風」とは、歴史学的に正確な区分ではありません。石造りの城、城壁都市、石畳、大聖堂、市場、酒場、騎士、馬車、森と村といった要素を含む、ファンタジー作品の中で共有されてきた景観イメージを指します。
具体的に言えば、『葬送のフリーレン』に出てくる城壁都市や街道沿いの町、『この素晴らしい世界に祝福を!』の冒険者が集まる町、『Re:ゼロから始める異世界生活』の王都、『盾の勇者の成り上がり』の城や都市、『無職転生』に出てくる王国や町、『ダンジョン飯』の城下町や迷宮周辺の社会、『七つの大罪』の王国と騎士の景観などは、それぞれ設定も世界観も異なります。
しかし視覚的には、多くの人が「中世ヨーロッパ風ファンタジー」として理解しやすい要素を持っています。
つまり今回扱うのは、実在の中世ヨーロッパそのものではなく、多くの人が共通してイメージできるファンタジー景観としての「中世ヨーロッパ風」です。
3、「中世ヨーロッパ風」と聞いて、多くの人が同じ景色を想像できる理由
「中世ヨーロッパ風」と聞いたとき、多くの人が似た景色を思い浮かべる理由は、その景観が長年の作品群によって共有されてきたからです。ここで重要なのは、景観が単なる背景ではなく、地理的な情報を含んでいることです。
・石造りの城壁都市を見れば、そこには外敵に備える必要がある社会が想定されます。
・門があれば、人と物資の出入りを管理する仕組みが想像できます。
・都市の中心に大聖堂や王城があれば、宗教的権威や政治権力が視覚的に配置されます。
・市場があれば、周辺農村や交易路と結びついた都市機能があると理解できます。
・酒場があれば、旅人、傭兵、商人、冒険者のような外部から来た人間が集まる場所だと分かります。
これは地理学的に見れば、景観が土地利用、交通、防衛、権力、交易の情報を圧縮している状態です。
人間は景観から社会構造を読み取ります。海沿いに港があれば交易都市を想像し、山上に城があれば防衛拠点を想像し、広場に市場があれば物流と人口集中を想像します。中世ヨーロッパ風ファンタジーは、この読み取りを非常にしやすい形で配置しています。
一方、「古代オリエント風」と言われると、景観は人によって分かれます。
ある人はエジプトのピラミッドや神殿を思い浮かべるかもしれません。別の人はメソポタミアのジッグラトを想像するかもしれません。
さらに別の人は、ペルシア帝国の宮殿や列柱建築を連想するかもしれません。ナイル川流域のエジプト、チグリス・ユーフラテス川流域のメソポタミア、イラン高原を含むペルシア世界では、地形、気候、建材、都市構造が違います。そのため、一言で景観を固定しにくい。
「中国風」と言ってもも同じです。長安のような碁盤目状の計画都市を想像する人もいれば、江南の水郷都市を思い浮かべる人もいます。紫禁城のような宮殿都市を連想する人もいれば、黄土高原の集落を想像する人もいます。
中国大陸は広大で、北方の乾燥地域、華北平原、長江流域、華南の山地や水郷では景観が大きく異なります。したがって、「中国風」という言葉だけでは、景観が一点にまとまりにくい。
この点で、「中世ヨーロッパ風」は非常に特殊です。現実の歴史としては雑な括りであるにもかかわらず、ファンタジー作品の中では、石造都市、城壁、王城、大聖堂、市場、酒場、街道、森に囲まれた村という組み合わせが定着しています。そのため、読者や視聴者は一瞬で舞台を理解できます。
4、景観の「記号化」 〜城・石畳・大聖堂・酒場という共通言語〜
中世ヨーロッパ風景観が使いやすい理由は、各要素が物語上の役割まで持っていることです。城は支配者の存在を示します。城壁は外部との境界を示します。
大聖堂は宗教的中心を示します。
市場は交易と生活を示します。酒場は情報交
換の場を示します。
街道は移動と物語の進行を示します。
森は都市の外側にある未知の空間を示します。
これらは単なる背景美術ではありません。都市の中に何があり、外に何があり、人がどこから来てどこへ向かうのかを視覚的に示す装置です。
例えば、城壁都市の門をくぐる場面は、それだけで「外部から内部へ入る」という地理的変化を表します。市場の場面では、周辺地域から集まった食料や商品が都市に流れ込んでいることが分かります。街道沿いの宿場や酒場は、移動する人々が存在する世界だと伝えます。
このように、中世ヨーロッパ風景観は、世界の説明を景色に肩代わりさせることができます。読者は細かい制度説明を受けなくても、城を見れば王権を感じ、城壁を見れば防衛を感じ、大聖堂を見れば宗教を感じ、市場を見れば経済活動を感じます。これは地理学的に言えば、景観要素が社会機能と結び付いているためです。
また、ファンタジーでは都市の外側が重要になります。都市の外には森、山、荒野、洞窟、遺跡、魔物の領域があります。中世ヨーロッパ風景観では、都市と自然の境界を描きやすい。城壁の内側には人間の秩序があり、外側には未知や危険がある。この対比が視覚的に分かりやすいのです。
5、なぜ「日本風ファンタジー」は多数派になりきらないのか
日本風ファンタジーは昔から存在します。武士、城下町、神社、鳥居、妖怪、陰陽師、宿場町など、日本風景観にも明確な記号があります。したがって、日本風が景観として劣っているわけではありません。むしろ、日本風景観は非常に具体的です。
ただし、具体的であることは、同時に作品の方向を限定しやすいということでもあります。瓦屋根、木造建築、鳥居、神社、畳、障子、城下町が出た瞬間、多くの日本人は現実の日本史や時代劇の文脈を連想します。
そこに魔法、ドラゴン、エルフ、魔王、冒険者ギルドを置くことは可能ですが、読者はそれを「一般的なファンタジー世界」ではなく、「和風ファンタジー」として受け取りやすい。
つまり、日本風景観は現実の地理や歴史との接続がはっきりしすぎているのです。中世ヨーロッパ風の場合、日本人読者にとっては距離があります。現実の生活圏ではないため、現実の歴史から少し切り離して受け取りやすい。
その一方で、学校教育、観光写真、映画、アニメ、ゲームなどを通じて、城、石造都市、大聖堂、騎士といった景観要素は十分に認識されています。
要するに、中世ヨーロッパ風景観は、日本人読者にとって「現実の生活からは遠いが、視覚的には理解できる」位置にあります。この距離感が、ファンタジー世界の舞台として扱いやすい理由です。日本風景観は近すぎる。完全な未知文明は遠すぎる。中世ヨーロッパ風は、その中間に置かれています。
結論 〜中世ヨーロッパ風とは、「共有しやすい景観」である〜
中世ヨーロッパ風景観は、
石造りの城壁都市、王城、大聖堂、市場、酒場、街道、森といった要素によって、
都市、防衛、宗教、交易、冒険を一瞬で理解しやすい構造になっています。
さらに、現実の特定国家から少し距離を置きながらも、多くの作品によって景観イメージが長年共有され続けてきました。
その結果、「中世ヨーロッパ風」という言葉だけで、多くの人がかなり近い景色を想像できるようになった。
異世界転生先が中世ヨーロッパ風になりやすいのは、こうした「景観の共有性」が大きな理由なのではないかと考えます。
中世ヨーロッパ風世界に転生・転移した皆さん。そう言う理由がありそうですが、そんなことは気にせずスライムでも討伐してきてください。別にオークでも構いませんよ。




