第9話 春の悪夢。
なんだこれは?
なんでこうなった?
雨空晴はスマホを取り出すと狭山和美に向かい、3ヶ月ぶりにメッセージを送っていた。
文面は[ウチの会社にウンチクンが来たぞ?なんだこれ?]だった。
狭山和美は既読無視。
厳密には返す言葉が見つからない。
既読から30分。
ようやく返ってきたのはスタンプで[ふぁいと]と書かれた可愛らしい女の子のイラストだった。
頭を悩ませたのはよーくわかるので文句は言えない。
朝一番に、3月末で辞めた遠山という男性事務員の代わりに働く事になったと言って、朝一番に滅多にやらない朝礼で紹介されて出てきたのはウンチクンこと田村大地。
背の高い同僚がブラインドになってくれて、目隠しになってくれたと思いたかった。
だがバレるのは時間の問題で、遠山は給与計算もやっていた。
それを田村大地が引き継ぐなら、どんなに遅くても月末までにはバレるし、その前に歓迎会くらいある。
雨空晴の勤め先はデザイン系のオペレーターが20人、営業が10人、経理を含めた事務員が5人、後は社長がいる。
社長は歓迎会なんかのそこら辺を大切にするので間違いなく出くわす。
最初はどうやってやり過ごすかばかりを考えていたが、狭山和美が[寛容も心配してたよ]と言ってスクリーンショットを送ってくると、そこには[え?雨空さんの勤め先に大地が?知り合いってバレてから、役に立たなかった時に雨空さんは『知らなかった』で通じるのか?なんかペナルティとか大丈夫か?]と書かれていて、全身を寒気と怖気に襲われた。
雨空晴は仕事どころではない。
あわやデザインデータを消してしまいそうになり、慌てて手を止めて、上司の元に駆け寄った。
「大切なお話があります。今からお時間貰えませんか?」
そう言い、来客との打ち合わせに使う会議スペースの一つに入るなり「今日から来た事務の新人さん…」と言う。
その顔は真っ青で、上司が「どうした雨空!?大丈夫か!?」と心配した時に、雨空晴は「どうしようもない役立たずかも知れない…んです。まじでヤバいっす」と悲痛な声をあげた。
・・・
雨空晴の話を1人では受け止めきれない上司は、営業と事務の部長を内線で呼びつけて会議スペースの中で話をする。
雨空晴は何も知らないはずなのに、田村大地の名前も出身高校も言い当て、「同じ出身校の友達が居て、その友達の結婚式にアイツが来ていました。あまりにも無礼な物言いにブチギレたアタシが最終的にアイツを殴りました」と続けると、まさかの暴力発言に「えぇ!?」、「叩くじゃなくて殴る?」、「バイオレンスじゃん」とコメントが返ってくる。
「そんなわけで、アタシはその友人達からアイツがどれだけやべー奴なのかを聞いていますし、知っています」
雨空晴は鈴木海斗や佐野結衣、渡辺咲良に狭山夫婦から聞いた事をそれとなく伝えると、次第に顔色が悪くなる3人。
逆に上司が見せる青い顔について質問をすると、面接を行ったのはこの3人で、上辺だけの蘊蓄に騙されて採用してしまった手前、社長には今更ダメ人間でしたとは言いにくい。
なんとか穏便に辞めてもらわないと困るとなる。
「試用期間とかないんですか?」
「あってもそんな奴なら言い訳並べて辞めないって」
それでも3月まで何をしていたかを聞くと、怪しい箇所や気になる箇所がある。
手を前に出して「ちょっと待っててください」と言って、雨空晴はメッセージアプリを開き、年末の忘年会で出来た「忘年会」という題名のトークルームで繋がった鈴木海斗に連絡をして、田村大地の3ヶ月について聞くと、推定だが事務職に就いて試用期間で合わない、長続きしない見込みだから辞めた、そんな話になっていた。
鈴木海斗の話を伝えて「嘘つくかどうか、後は実際に役に立つか見てから決めたらいいんじゃないですか?どうせ嘘ついてくれれば、それを理由に切れますし」と提案すると、この言葉に救いを見た部長達は雨空晴に感謝をする。
とりあえず1週間は様子を見て、使えそうなら2週目以降に歓迎会をする。ダメならサッサと辞めてもらう事にした。
・・・
確かめる時間は1週間も要らなかった。
3日でメッキは剥がれ、ボロが出て、バッチリ馬脚をあらわした。
事務員に言わせれば、自社ルールに近い流れなんかを理解できないにしても、あれは酷いとなる。基本ができていれば、言われた事から流れを推察して、より早く理解が進む。だが田村大地にそれはない。
30歳で8年の経験者というのは無理がある。
よくて2年目レベル、24歳くらいの仕事しかできていない。
そんな報告を受けて、一応すぐにではなく1週間待ってから、部長達は田村大地を呼び出して会議スペースで話を聞く。
だが田村大地は話を逸らし、論点を変え、蘊蓄と屁理屈と雑談で誤魔化してくると、頭を抱えたデザイン部長が離席して雨空晴に泣き付く。
「話にすらならん!参加してくれ!」
「嫌ですよ。パンチでOKですよ。1発殴れば大人しくなりますよ」
「ダメだって!」
「えぇ…。アタシは殴っちゃいますよ?」
「それもダメだって!」
何も知らない周りは、混沌としたモノを見せられて困惑する中、仕方ないと言って雨空晴は会議スペースに赴いて話し合いに参加する。
扉を見ていた田村大地は雨空晴を見て真っ青な顔になり、残りの部長は特撮ヒーローが助けに来てくれた事に喜ぶ子供のような顔をしている。
「よぅ、ウンチクン。半年以上ぶりか?夏以来だな」
田村大地は慌てて他人のような顔をしてみたが通じるわけもなく、「アタシとアンタが知り合いってバレてんだよ。とりあえずダメダメだ。話せ」と言って、着席もせずに立ったまま田村大地を詰問する。
握り拳を見せながら「アタシは暴力も辞さない」と言い、鈴木海斗から聞いていたリストラの部分から聞いてみたが、まあ酷い。
嘘と保身で塗り固められ、会社に切られた事すら自分にとって都合のいいファンタジーになっていた。
「お前は隕石から世界を守ったヒーローか?自己犠牲の果ての会社都合?アホか?自己保身の果てのリストラだろ?」
ここに関して、雨空晴は流れを作っていた。
元々は鈴木海斗と佐野結衣に聞いた事にしたかったが、2人からはやんわりと強目にしっかりと断られ、そもそもの連絡先交換を済ませた経緯からウザ絡みされても困る訳で、致し方なく寛容の許可を得て寛容を巻き込んでいた。
「アンタがウチに来たって和美に伝えたら、和美が寛容さんに話して、寛容さんは結婚式に呼んだメンバー達に話を聞いてくれた。アタシは知ってる。普通にリストラで年始から無職じゃねえか。嘘つくな」
観念した田村大地は年明けからの就活についてボロボロと説明をした。
年末から3月まで、実際には11月末の有給休暇消化から年明けまで30社ほど受けてダメ。
1月になってようやく1社決まったが、零細企業でワンオペに近くてすぐに限界を感じて辞退していた。
それからまた就活をしてようやく決まったのが雨空晴のいる職場だった。




