第17話 新年度の飲み会。
だがまぁ、なんでこうなった?
雨空晴は新年度の4月半ばに呆れてしまう。
ようやく半人前になった田村大地は年度末進行も決算も乗り切った。
1人だけ1.5人分の働きを求められるハードワークさに、流石にドン引きする山田は営業のフォローをして、野田は事務のフォロー。そして雨空晴はデザインのフォローをして年度末を乗り越えた。
部長達に血も涙もないのは、田村大地一人がオーバーワークなのだがその部分には黙っている。
「内緒だよ。出来ないのは実力不足って教えちゃおうね」
「1人決算とか凄いよね」
「それなら半人前でもオールOK」
そんなことを言っていた。
田村大地には「来年はもう少しやれるといいな」なんて言って、オーバーワークを常態化させようとしていた。
田村大地もそこら辺が甘いのは、社会人も9年目なのに、今まで繁忙というものから逃げてきたので、「そうか、これが当たり前なのか」と受け入れてしまう。
それもあの蘊蓄だらけの脳みそが、「決算は大変」、「年度末進行は大変」という知識は持っていても、常識不足なのでおかしいと思わない。
そんな田村大地はフォローして貰ったお詫びとお礼と言って、山田と野田と雨空晴を誘ってご飯に招いた。
田村大地と飲み屋の組み合わせに、いい思い出がない雨空晴は遠慮したかったが、話を聞いた部長から「感謝が出来るようになったんだから受け入れて!」と言われてしまい渋々参加した。
まあ田村大地的には頑張った。
常人的にはまだまだだが頑張った。
頑張りのほどは伺えたが、それ以上も以下もない。
とりあえず飯屋で3人を楽しませようと間違った蘊蓄を披露する。
そして奢り飯だが、コース料理の料金はバカ高い。
なんで七千円のコースにする?四千円でも十分だよ馬鹿野郎。
それはそのまま雨空晴の口から出ていた。
「馬鹿野郎、アタシたちは同僚だ。高過ぎるコースは有り得ん。少し出す。後、仕事の話は中々いいが蘊蓄は邪魔だ」
雨空晴が注意をすると、ションボリした顔で「え…、調べてきたのに」と言う田村大地。
また無駄なことをしてと呆れる3人はフォローのように話しかける。
「資格の話にしてくれ。勉強してきた話は聞いていて楽しい」
「わかる。それで引き出し増えると、お客様と話す時に盛り上がるし」
「うん。今度三級だよね?田村さんなら受かるから、キチンと勉強してね」
フォローされると、一転顔を明るくして資格試験の話を始める田村大地。
そのトークはつまらなくない。
キチンと大変さや、学んだことで仕事に活かされる部分の説明が出来る。上辺だけの会話ではない。
田村大地も3人がキチンと聞いてくれて、相槌を打ってくれる事が嬉しくてたまらない。
「野田さん、今度は簿記とか考えているんですけど、受けてもいいですかね?」
田村大地が聞いて、野田が「うん。勘定科目とかわかると、皆助かるから受けてほしいかな」と答えると、ごめんなさいと言ってスマホにメモを取る。
メモを取る事を山田から「偉い。キチンとすぐにメモを取ったね」と褒められると、嬉しそうな顔で頷いてから雨空晴を見る。
何かデザイン面でもコメントをくれという事だと理解した雨空晴は、「やれやれ」と思いながらメニュー表を取り出して、「これ、新規案件でフォントはウチにあるので構わない。半完コピだとしたらどうする?このメニューを見て気になるとこは?」と聞く。
田村大地は真剣にメニュー表を眺めていると、「文字…、ウェイトも気になるし、インデントも気になる。後は文字ツメも…」と言う。
雨空晴は優しく、そしてニヤッと笑う。
「よし、キチンと違和感を持てたな。正解はお客様が持つからなんとも言えないが、ただのベタ打ちとスペース調整で誤魔化したインデントは見てて嫌になるよな。後は末尾が整ってない。うちでこんな仕事したらぶっとばしモノだ」
そう言ってハイボールを飲む。
本当なら後二、三個ほど言ってやりたいが、遠慮しておく。
雨空晴にもキチンと評価されて喜ぶ田村大地は、野田と山田から「良かったわね」、「やったね」と言われて本当に嬉しそうな顔をした。
これで終わればよかったのに。
雨空晴は帰りの電車の中で、1人ため息をついてスマホを構える事となる。
今思えば、店選びも田村大地は卑劣にも計算したのかも知れない。
野田と山田は地下鉄で、店から2人で帰って行く。
「あ?ウンチクンも最初は外回りか、アタシは東十条だから駅までは一緒だな」と言って2人で駅まで歩く。
これまでなら目にうつる店の蘊蓄を喋ってうるさい田村大地が、大人しくて雨空晴が訝しみながら「どしたんだ?静かじゃん」と言うと、「俺の話って、面白くないのかなって、さっき知ったから」と返す田村大地。
だから黙っている。
やっとか、ようやくか。
ため息混じりに「気づいてくれてよかったよ。行ってきた店とかなら、きっと嫌じゃないけど、人から聞いた、ネットで見た、そんな蘊蓄は面白くないし、間違ってたら腹も立つ」と言うと、田村大地は「教えてくれてありがとうございます」と返してきた。




