第10話 雨空晴の甘さ?優しさ?
雨空晴は自分の甘さを呪う。
経緯を聞いた部長達は、「田村君、君のスキルではウチでも辛いんだ。君を雇うことは難しい」と伝えると、田村大地は絶望の顔を見せ、目には涙も浮かべていたくせに、素直に頷いて辞めようとする。
その顔のなんと腹立たしいことか。
雨空晴は「おい、コラ」と言うと、「お前はそれでいいのか?この先どうすんだ?」と質問をした。
俯いてブツブツと呟く田村大地に「殴られてーか?」と問い詰めると「嫌です」と答え、「どうするもこうするも就活です」と続けた。
「部長、ぶっちゃけコイツのスキルでコイツの希望給料って可能なんですか?」
この言葉に3人の部長は超速で皆首を横に振る。
「無理だよ。新卒よりは使えるけど、中堅には程遠いし、事務員として仕事を任せるのには資格が少なすぎる」
この言葉の後で雨空晴は「これが現実だ。アンタの社会人生活の結果だよ」と言うと、田村大地は項垂れてしまう。
認めたくない現実、逃げたい現実に直面して震える田村大地を無視して、「なら給料が安ければ使えますか?」と聞いた。
「なに?」
「雨空さん?」
「え?」
3人の部長は聞き間違えたのか、確かめるように雨空晴の顔を見る。
「来月寿退社する冬原の事もありますから…コイツを新人扱いにして、午前は事務職、午後はデザインで働かせて、使い物にするならまだ価値はありますよね?」
荒唐無稽な案だが、実際は間違っていない。
「事務だって4人では厳しいけど5人だとダブつく、デザインだって、19人は厳しいけど20人は要らない。ならコイツが半人前ならデザインも事務もやらせればいいんですよ」
トータルで1人削れるのは大きい。
やはり人件費を優先して削ってはいけないが、このご時世に余剰は抱えたくない。
悪くない案に唸る部長達。
その横で困惑の顔を見せる田村大地。
その顔を見逃さない雨空晴は「どうするよウンチクン?」と聞く。
「お前、このまま事務職で働き口が見つからなくて干からびていくのと、給料は24歳の人が貰うくらいにしかならないが、働きながら資格取ったりして、何とかやり直すのならどっちがいい?」
この言葉に田村大地は唸る。
唸るのは3種類ある。
それは、給与が安くなる事、未経験のデザイン業務にあたれるか不安な事、そしてここで断った場合、いつ仕事が見つかるかわからない事だった。
「よく考えて今すぐ決めろよ」
5分後。田村大地は「やらせてください」と言っていた。
雨空晴は「よし、じゃあ後は頑張れよ」と言って、「くそっ、時間使った。お客さんの催促が入っちまう」と呟きながら自席に帰ろうとするのを、「待ちたまえ、教育係の雨空晴くん!」と営業部長が言い出した。
「は?」
「今君はヤッマーダくんとペアだったよね。大丈夫、綿堂商事のカタログは入谷さんが窓口だったはずだ。ヤーマダーには私から言っておく。1日ずらしてもらおう」
いろんな呼び方をされている山田は営業で、営業部長から言われてしまえば逆らえない上に営業部長のお気に入り。
営業部長は簡単に言うが、山田は「ええぇぇぇ」と言いながら胃を抑えて胃薬を暴飲する羽目になる。
それを知っている雨空晴は「いやいやいや、入谷さん所の仕様変更で2日遅れてんですよ?今週下版しないとスケジュール通りに動きませんて」と言って釘を刺すが、営業部長はガッツポーズでさわやかに、「大丈夫。ヤマダーは土下座のプロフェッショナルだよ。オデコを赤くすれば納期交渉なんてお手のものさ」と言って歯を見せて笑う。
こうなると雨空晴には何も言えなくなる。
言えるのは「おい、ウンチクン。お前のせいでアタシや営業の山田さんに地獄が舞い降りた。心しろ。命燃やして仕事に当たれ」という言葉だけだった。
会議スペースを出ると営業部長に呼ばれた山田は事情を聞かされていて、「えぇ!?印刷会社は紙とインクも入ってスタンバイだって」と言うが、営業部長に「土・下・座☆華麗にザザザッとやっちゃってよ!」と言われる。
山田は涙目で「…はい」と呟き、スマホを取り出すと「入谷さんですか?今日納めの校正なんですが、出来た分までを夕方まで、残り…」と言いながら雨空晴を見て、雨空晴が指で4とやると「4?14?」と小さく聞きながら、4だとわかると、「4ページを明日午前中にさせて貰えませんか?」と交渉する。
また中途半端で、それならなんとか間に合わせてよと言われてしまう量に、山田も胃の痛い思いをして、原因の田村大地を睨みつける。
目を逸らそうとする田村大地に「逃げるな。殴るぞ」と言う雨空晴の目は血走っていた。
雨空晴は部長達と山田と田村大地を連れて事務員の野田の前に行くと、「野田さん、アナタも巻き込まれたよ」と言ってザッと説明する。
その最中に部長に言って、寿退社が決まっている冬原を呼んでもらう。
冬原が来るまでに、事情を聞かされた野田は死にそうな顔で、田村大地と部長を睨みつける。
そこに来た冬原に「冬原、後任だ」と言うと、冬原は「え?晴先輩?この人事務の人…」と、いたって普通の反応を見せる。
「ああ…なんちゃって事務員だと判明した。事務員として半人前ならデザインも仕込んで使い物にする事になった。完璧な未経験者だ。とりあえず営担は山田さんだから、綿堂商事の名刺からやらせてよ」
具体的にやる事が決まっていて、冬原は「…了解です」と返す。
「あ、忘れてた。野田さんもだけどさ…って知ってるか、コイツすげえムカつくから、ムカついたらムカつくって口にしていいし、なんなら怒鳴っていいから」
これに冬原は引き気味に頷いて、野田は「いいの!?」と喜んでいた。
田村大地は午前中が事務と経理、あくまで今は補佐で、1日かけるような仕事は当分任せない。
午後はデザインで、こちらは冬原が退職するまでは教わる形で仕事を覚えていく。
「おい、先に言っておくぞウンチクン。逃げ得だけはあり得ない。午後になって事務が半端なら居残りさせる。デザインも定時で終わりなんて甘い夢を見るな。終われば帰れる。臨機応変にデザインが少ない日に事務が残っていたら事務を優先してやらせる。その逆もある。当分お前が帰れるかは部長かアタシか野田さんか冬原のOKが出てからだ」
田村大地が返事をする中、野田が「ウンチクン?」と聞き返して首を傾げる。
「蘊蓄が大好きだから蘊蓄君でウンチクンにしました」
「なるほど。でも来客されるお客様の目もあるから、一応田村さんでやりましょうね」
「仕方ないですね。了解です」
こうして田村大地の新しい日々が始まった。




