お弁当
四限目を挟み、昼休み。
佳代と唯の二人がお弁当を手に寄って来る。
昼食は私の席で、というのが三人の中で暗黙のルールになっていた。
これはたまたま、名簿順の私の席が三人のちょうど中間地点にあったためだ。
なんてことない習慣だけれど、昼休みの度に二人が当たり前のように私の元に集まってくれるのが、なんだかちょっぴり嬉しかったりする。
唯が椅子の確保に手間取っていて、佳代がさりげなくフォローしていた。
私は言う。
「演劇、結局いつものメンバーだね」
トランプ兵役の男子五人は黙殺する。
佳代がきんぴらを箸でいじりながら少し不満気な顔をした。
「私たちは有子のとばっちりなんだけど」
「お詫びに潰れたプチトマトをあげよう。唯にはタコさんウインナーあげる」
「私にもタコさん寄越しなさい」
「ハンバーグと交換ね」
「代償の方が大きいじゃない」
そう言いながらも交換してくれた。
質量的にはたぶん五倍くらいある。
佳代は真っ赤なタコさんをしげしげと眺めてから、隣に座る小柄な少女に視線を移した。
「それにしても、唯が役者を引き受けたのは意外だったわ」
自分で推しておいてなんだけれど、私も正直驚いていた。
一緒にやれたらいいなー、くらいの軽い気持ちだったのだ。
唯は頬を染めながら、ぽつりと言った。
「二人が、一緒だから」
胸がキュンキュンする。
「可愛いのう」
「本当にね」
「食べちゃいたい」
「調理しちゃいましょうか」
「私は生のままがいいな」
「通ね。じゃあ私も塩でいただこうかな」
「も、もうっ。二人ともっ」
私と佳代の悪ふざけに唯が怒る。
「唯は私のものなんだから、どうしようと私の勝手でしょ」
「い、いつ私が有子のものになったのっ」
「さっきタコさんウインナーと交換したじゃない」
「代償が大きすぎる!」
質量的にはたぶん一万倍くらい。勘だけど。
「ズルいわ、有子。私にも半分ちょうだい」
「いいよ。きんぴらと交換ね」
「や、安いよっ。私の半身安すぎるよっ」
唯は涙目になっていた。可愛い。
佳代からもらったハンバーグを半分あげた。
おふざけもそこそこに、お弁当を食べ始める。
二人は口にものを含みながら喋らないので、食事が始まると会話は弾まなくなる。
それでも沈黙が居心地悪いなんてことはなかった。
お弁当箱の大きさはそれぞれ違うんだけど(私のを基準にすると、佳代のはやや大きめで、唯のは一回り小さかった)食べ終わるのはいつも同じくらいだった。
食後は雑談に興じる。
勉強の話や部活動の話、あと佳代と結託して唯をいじめたり。
もちろん、いじめと言っても唯が嫌がることは決してしないし、言ったりもしない。
たまにセクハラして泣かせるくらいだ。
一日に二回くらい。たまにだ。
会話の切れ目に、私は何気なく言った。
「そういえば不思議の国のアリスの内容って、よく知らないんだよね」
タイトルは有名だし、作品をモチーフにしたデザインも頻繁に見かけるから身近に感じるけれど、せいぜい知っているのは「懐中時計を持った白ウサギを追いかけて穴に落ち、不思議の国に迷い込んでしまう」という冒頭部だけだった。
昔のCMでそのシーンが使われていたのだ。
なんのCMだったかは忘れてしまったけれど。
「二人は知ってる?」
尋ねると、唯が首を横に振った。
童話とか好きそうだから少し意外だった。
「小さいころに絵本を読んだことあるけど、あんまり覚えてない」
「そっか」
「私は知ってるわよ」
こちらも意外だ。
童話なんて鼻で笑いそうなイメージなんだけど。
「なんで意外そうな顔してるのよ」
「してないよ。むしろイメージ通りだなーって」
しれっと嘘をつく。
佳代が呆れたように言った。
「有子って、本当に嘘が下手ね」
真に心外だ。
「完璧なポーカーフェイスのつもりだったんだけど」
「そういうこと言っちゃうところがよ」
佳代は嘆息した。
「親戚に幼い女の子がいて、絵本を読んであげたことがあるのよ。二年くらい前の話だけど」
それなら納得だ。
佳代は面倒見のいい性格だから。
「それで、どんな内容なの」
「夢オチだったわ」
「夢オチ?」
「アリスはお姉さんの膝を枕にして眠っていたのでした。めでたしめでたし」
「不思議の国での出来事が、全部夢だったってこと?」
「正確には白ウサギを見かけたところからね」
夢の中の話だったんだ、不思議の国のアリスって。
異世界冒険譚だと思っていた。
「それで、アリスはどんな夢を見たの?」
「体が大きくなったり小さくなったり、首が伸びたり縮んだり、喋ることのできるいろんな動物と触れ合ったり――斬首に処されそうになったり」
どきりとする。
「斬首って、首を刎ねるあれ?」
佳代は平然と頷いた。
「そうよ」
「意外と残酷な話なんだね」
「そうでもないんじゃない? 結局は夢なんだから」
「ああ、そっか」
「他にもいくつか童話を読んだけど、もっとすごかったわよ。残酷というか、報われないというか」
「泡になって消えちゃったり」と唯が言った。
「人魚姫ね。あれは切ない話だったわ」
佳代は物憂げに目を伏せた。
その表情がすごく大人っぽくて、思わず見惚れてしまう。
佳代はすぐに顔をあげ、話を戻した。
「有子は主役なんだし、原作を読んでおいた方がいいんじゃないの」
「んー、そうだよね。図書室にあるかな」
「おそらくね」
「じゃあ今から図書室に」
そこまで言って、私は言葉を飲み込んだ。
黒板の上のスピーカーからジジジというノイズが聞こえてきたからだ。
しばらく間があってから、チャイムの音がする。
「放課後にでも行ってみるよ」と私は苦笑して言った。
さっきのは予鈴だから急げば間に合うかもしれないけれど、今すぐ必要というわけでもないし。
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