配役
翌日、三限目のLHR。
チャイムが鳴ると同時に、待ってましたとばかりに瀬川が登壇する。
そして脚本の内容を自慢げに披露し始めた。
どうやらアリスがトランプ兵たちから逃げ回ったり戦ったりする、どたばたコメディにするつもりらしい。
瀬川の説明が上手じゃないせいもあると思うけれど、その大筋を聞いても何が面白いのか、いまいちわからなかった。
たぶんクラスメイトたちも似たような感想を抱いていたと思う。
「仕事が早いね」
波戸がストーリー以外のことを褒めたのがその傍証だ。
瀬川はそこにある含意に気づかず、誇らしげに笑っていた。
「もう登場人物とかも決まってるの?」
「おう」
「じゃあ、他にやれることもないし、先に配役を決めようか」
波戸は黒板に、
演目 不思議の国のアリス
登場人物
と書いた。
瀬川の癖の強い字とは違い達筆だ。
小学生のころに書道を習っていた賜物だろう。
波戸に視線で促され、もったいつけるように咳払いをしてから、瀬川は口を開く。
「まず当たり前だけど、主人公のアリス」
「アリス」
波戸が復唱しながら板書する。
「ハートの女王と、それから白ウサギ」
「ハートの女王、白ウサギ」
「あとトランプ兵が五十二人」
「トランプ兵が」
『トラン』まで書いて、波戸の手がぴたりと止まる。
そして怪訝そうに振り返った。
「……五十二人?」
瀬川は頷いた。
「派手なアクションで盛り上げたいからな。トランプ全種」
「いや、ちょっと」
「あ、そっか。ハートの女王を除けば五十一人か」
「そうじゃなくて。……どうやってそんなに大勢出演させるつもり?」
瀬川はきょとんとした。
「どうやってって、エキストラを募集して」
「文化祭の劇にエキストラとかないから!」
波戸は珍しく声を張った。
「えっ、ないの!?」
それ以上に大きなリアクションで瀬川が驚く。
あまりに意外そうにしていたから不安になったのだろう、波戸は教室の隅にいる真帆ちゃんに問いかけた。
「な、ないですよね?」
真帆ちゃんは黒縁眼鏡の位置を指先で正しながら答えた。
「そうね。クラスの出し物だから、よそのクラスから引っ張ってくるのは原則ダメね」
「いや、一般人から募集しようと」
「絶対ダメ」
「そ、そんな……」
余命宣告でもされたみたいに瀬川は愕然とする。
「やっぱやめとけって」
「お前にしてはよく頑張ったじゃん」
「もう休め。な?」
男子たちの野次る声。
「うるせえ、馬鹿にしやがって」
「喧嘩するなよ」
波戸がすぐに仲裁に入った。
「じゃあさ、一人がなん役もするってのはどうかな? 衣装のデザインだけ変えて、何度も登場する形にするんだ」
「それだ」
瀬川がその代替案にすかさず飛びついた。
「一度に舞台に立つ人数は限られちゃうけど」
「問題ない。そもそもトランプ兵は賑やかしで、それほど重要じゃないし」
そんな役を五十二人も? と疑問に思ったけれど、逆かもしれない。
そんな役だからこそ、それだけ大勢出せるのだ。
波戸は黒板に向き直り『トラン』の下に『プ兵(数人)』と最後まで書いた。
「他は?」
「それで終わり」
「え、チェシャ猫やハートの王様とかは出ないの?」
「なにそれ?」
「あー、原作読んだことないんだ」
「ない」
瀬川はなぜか誇らしげに頷いた。
「……まあ、舞台を使える時間も限られてるし、下手に原作をなぞるよりもいいかもしれない」
波戸は何事も肯定的だった。
「じゃあまず、アリス役をやりたい人」
その問いに、みんなざわつくだけで誰も立候補しなかった。
たぶん演劇に票を入れた人も、なんとなく楽しそうっていう曖昧な理由であって、自分が舞台に立ちたかったわけではないのだろう。
その気持ちは理解できた。
私が喫茶店に票を入れたのも、なんとなくだったから。
「誰かやれよ」
「先に進めねえだろ」
時間が無為に流れ、次第に男子たちが騒ぎ始める。
男の役じゃないからそんなことが言えるのだ。
「じゃあくじ引きとか?」
「それって女子だけで?」
「なんか不公平じゃん」
波戸が出した案に、一部の女子が反駁する。
「そんなこと言っても仕方ねえだろ。アリスは女子の役なんだから」
「自分は選ばれないからって、勝手なこと言ってんじゃないわよ」
「そんなことねえって。俺らだって、本当は主役をやりたいんだよ。なのに、いいよなぁ、女子たちは。アリスが女だからって、主役になれるなんて。なぁ?」
「マジそれな」
「羨まし〜」
「俺もアリス役やりてぇ」
好き放題に騒ぐ男子たち。
「最悪女装でもいいぞ」
瀬川の言葉に、全員がぴたりと黙る。
「いいじゃん、それ」
「男女混合でくじ引きしましょ」
ここぞとばかりに攻勢に転じる女子たち。
「いや、待って。女装はさすがに……」
「何よ、アリス役やりたいって言ってたじゃない」
「それを言ったのは佐々木です!」
「あ、テメェ! 友達を売りやがって!」
次第にクラス全体が騒ぎ出して、収拾がつかなくなっていく。
こんな感じで、文化祭の出し物もなかなか決まらなかったのだ。
(なんでこのクラスは、こんなに騒がしいんだろ……)
私は一歩引いたところから、クラスの騒ぎを眺めていた。
それがいけなかったのだろうか?
不意に瀬川が、面倒臭そうに口を開いたのだ。
「もう藤村でいいんじゃね」
と。
× × × ×




