恋愛永樹
放課後になり、最後の背景が完成した。
出来栄えは、正直いまいちだった。
塗り方が悪いのか、自然らしさがまるでないのだ。
城内の廊下や礼拝堂のような人工物だと気にならなかったけれど、風景だとそれは致命的なものだった。
「ちょっといいかな」
唯が背景に手を加えていく。
空に奥行きを持たせ、木々に陰影をつけ、川面に光の雫を落とした。
それだけで空は透き通り、木々は風に揺れ、川は淀みなく流れ始める。
見物していた私は思わず感嘆した。
唯は少し迷ってから、遠くの空に鳥を数羽と、川原にリスを一匹描いた。
それらが点景となって、全体が温もりを内包するようになる。
陽光が眩しそうに感じられた。
唯はお城にも手を加え始めた。
赤い尖塔を持ったお城はみるみる年老いていき、威厳のようなものを放ち始める。
奥にあるはずなのに、浮き出るような存在感があった。
この絵で一番目立たせなければならないのはお城だから、あえてそうしているのだろう。
ふと、奇妙な感覚に見舞われた。
城が唯の体に隠されて見えなくなった時にだ。
私は手で視界を遮って、お城が目に入らないようにした。
深い森の中を流れる川と、樹齢百年は超えているであろう立派な巨木。
胸の奥底を、冷たい指先で撫でられたような、そんな感触があった。
既視感。いや、違う。
私はこの風景を確かに知っている。
中学の卒業式の日に、私はこの場所に立っていた。
唯が刷毛を置く。
見物人たちから賛辞を贈られ、恥ずかしそうにしている唯に声をかけた。
「ねえ、もしかしてこれって、恋愛永樹?」
唯は目を丸くした。
「すごい、よくわかったね」
やっぱり、そうなのか。
「な、なんで恋愛永樹にしたの」
「いろいろ探したんだけど、いいモチーフが見つからなくて。美術部の先輩に相談したら、恋愛永樹がいいんじゃないかって。それで、土曜日に山に登ったの。綺麗な風景だったからスケッチして、背景にそのまま使って……。駄目だった?」
唯が不安そうに訊いてくる。
私はこわばった表情をなんとかほぐした。
「いや、すごくいい出来だったから、驚いちゃって」
「ありがとう。でも本当によくわかったね」
「なんとなく、直感で。それにしてもわざわざ山に登るって、絵に対する情熱がすごいね」
私は意図して話題をそらした。
「山の奥深くにあるわけでもなかったし、そこまで大変じゃなかったよ。道がちょっとわかりづらかったけど、ピクニック気分だった」
「天狗が住み着いてるとか神隠しが起きるとか、怖くなかった?」
唯はくすくすと笑った。
「有子って、そういうの信じてるの?」
「そういうわけじゃないけど……。誘ってくれれば、よかったのに」
誘われていたら、着いて行っただろうか。
動揺し、何か適当な用事をでっちあげて断っていたんじゃないかと思う。
唯は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめんね。次は誘うよ」
× × × ×




