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衣装、武器

 翌日のLHR。

 ハートの女王の衣装ができたと美穂が騒ぎ立て、佳代を教室から連れ去ってしまった。

 しばらくして戻ってきた佳代は、深紅のドレスを身に纏っていた。

 歓声が上がる。

 主に男子から。


「すごいね、これ」


 波戸が感心したように言った。


「でしょでしょ。夜なべして作ったかいがあったよ」


 美穂は誇らしげに胸を張る。


「波戸くんの要望にもちゃんと応えてるんだよ。まず露出を抑えてるのと、インナーを着れること、あと脱がせやすいこと」


 教室の空気が凍りつく。

 前の二つはわかるけれど、最後の『脱がせやすい』はどういうことだろう。

 佳代が警戒するように波戸から距離を取り、気丈にも唯が佳代を背中にかばった。


「ち、違うっ。『脱ぎやすいように』って言ったんだ。『脱がせやすいように』なんて言ってないっ」

「そうだっけ? まあ同じようなものでしょ」


 美穂に悪びれる様子はなかった。


「確かにこれ、脱ぎやすくできてるわね」


 気を取り直すように言いながら、佳代は背中に手を回した。

 マジックテープで止められているらしく、ビリッと裂けるような音がする。


「ちょっと佳代」

「平気よ、有子。中に体操服着てるから」


 佳代は蝶が羽化するようにドレスを脱ぎ、半袖短パン姿になった。

 十分エロい。

 男子の大半がチラ見し、残りはガン見していた。


「ただ一つ、問題があります」


 美穂が演技がかった身振りを交えながら言った。

 怪談話のオチを話すように声を潜める。


「実はですね、この一着に、衣装の予算を全部使ってしまったのです」


 一瞬、彼女の言わんとすることが理解できなかった。


「……ん? つまり、私の衣装は」

「ありません」

「ちょっと!」


 主役なのにあんまりだ。


「な、なんとかしてよ。私もあんなドレス着てみたい」

「田中さん」


 波戸が呼びかけ、美穂と小声で言葉を交わす。

 余ってる予算の話をしているようだ。


「あー、それだけあれば、なんとか一着繕えるけど」


 私は美穂に詰め寄った。


「本当っ」

「でもなんというか、制服のままでとかじゃ駄目なのかな。ほら、アリスを高校生って設定にすれば、制服でもおかしくないでしょ」

「ちゃんと衣装作ってよ」

「作るのは全然いいんだけど、予算的に安っぽいコスプレみたいなのになっちゃうし」

「それでもいいよ」


 背に腹は変えられない。


「有子がいいならいいんだけど……。安っぽいコスプレ姿で、本当にあれの横に立てる?」


 あれ、とはドレス姿の佳代のことだろう。

 振り返ると、佳代は唯に手伝ってもらってまた衣装を身に纏っていた。


 あの隣に安っぽいコスプレ姿で佇む自分を想像してみる。

 なんと惨めな光景だろうか。

 私はニコッと笑った。


「私、この学校の制服大好きだよ」

「ご、ごめんね有子。悪気はないの。だから泣かないでっ」


 泣いてないよ?


「ほら、この学校の制服って、なんの特徴もないありふれたものでしょ。私にぴったり」


 七五三の着物を親戚に見せびらかすように、私は制服をひらりと翻した。

 美穂の顔に罪悪感が滲む。


「じ、自腹で作る」

「いや、それはさすがに」


 波戸は教室の隅にいる真帆ちゃんを振り返った。

 金銭面の問題は生徒の一存では決められない。


「個人が負担するのは駄目よ。クラス全体から徴収するならいいけど、でもそれもなるべく避けてほしいわね」


 私は嘆息しながら首を振った。


「そこまではしてもらえないよ。……私は制服でいいとして、白ウサギとトランプ兵はどうするの?」


 私の疑問に波戸が答えた。


「白ウサギの衣装は、俺が昔着ていたベストを代用すればなんとか。トランプ兵は、そうだね。着なくなった白いシャツを募ってペンキで絵柄を描こう。もともと一人で作るには数が多すぎるし」


 平謝りしてくる美穂に「いいよ、大丈夫」と私は言った。

 本人が言うように悪気はなかったのだろう。

 彼女が服を作っているところを見たことはないけれど、唯が絵を描いている姿を思い出すとそう思える。


 何かに熱中していると、きっと周りのどんなことも目に入らなくなってしまうのだ。

 それほど真剣になれることを尊敬する気持ちは芽生えても、責める気にはなれなかった。

 もちもん残念には思うけれど。


 衣装のお披露目が終わると、みんなそれぞれの作業に戻っていく。

 私はトランプ兵たちとチャンバラにいそしんだ。


「ふっふっふ、なかなかやるなアリス。だが! 俺の独学流剣術の敵ではないわ!」

「独眼竜みたいに言うな。ただの素人でしょ、それ」

「十年前に殺された親の仇、ここでとらせてもらうぞアリス!」

「時代劇じゃないんだから、変な設定盛り込まないでよ」

「ぐぅううっ! ひ、左腕に封印された邪王神が……」

「そのまま暴走して死ね」


 トランプ兵たちの台詞に、私は突っ込みを入れていく。


「ノリが悪いなー」


 中谷が不満そうに言った。


「アドリブなんだし、それくらいいいだろ」

「いや、だめでしょ」


 彼らは一方的に派手にやられてくれるようになったけれど、今度は台詞で目立とうとするようになったのだ。

 変な設定を盛り込んだら、矛盾が生じてしまうかもしれないのに。


「ねえ、真帆ちゃん。なんとか言ってやってよ」


 通りかかった真帆ちゃんに声をかける。


「生徒の自主性を尊重したいから、極力口出ししたくないんだけど」


 無責任な言い訳のようにも聞こえるけれど、真帆ちゃんが生徒想いの優しい先生であることは、みんなが知っている。

 それはきっと本心で、だからこそ私は真帆ちゃんを頼りたいと思うのだ。


「私の言うことは何も聞いてくれないんだもん、こいつら」


 真帆ちゃんは「そうね」とつぶやき、少し考えるような間を置いた。


「筋書から逸れたものは、えてして破綻し崩壊するものよ」


 男子たちは顔を見合わせる。


「なるほど」

「さすが、含蓄がある」

「先生はいつごろ人生の筋書から逸れたんですか?」

「人の人生を破綻した前提で話すのやめてもらえる?」


 ギリギリだぞ、今の。

 結婚かあるいは年齢のことを明言していたら、死人が出ていたところだ。

 真帆ちゃんは、やれやれと嘆息した。


「まあだから、アドリブもいいけど、脚本から逸脱しない程度にね」

「へーい」


 男子たちが雑な返事をする。


「それにしても、俺たちの武器はいつごろ完成すんだろ」


 中谷はそう言って、窓際の席で話し合っている波戸と瀬川に近づいて行った。

 私も気になり後を追う。

 残りのトランプ兵たちもついてきた。


「なあ、メイスや聖剣はどうすんの? 誰かが作ってる様子もないんだけど」


 波戸と瀬川は視線を交わした。


「忘れてた」と波戸。

「考えたこともなかった」と瀬川。


 波戸は実行委員としての仕事もこなしつつ脚本の手伝いをし、さらに全体の統括も行っているのだ。

 多少の手抜かりは仕方ないだろう。

 一人の手に余る仕事量だが、他に率先してクラスをまとめようとする者がいないのだ。

 瀬川に関しては……まあ情状酌量の余地もないし、首でも刎ねればいいと思う。


「なんなら自分で作るけど?」


 中谷が呆れた様子で、そんな提案をした。

 波戸が尋ね返す。


「助かるけど、できるの?」

「俺、結構器用だから」

「なら任せるよ。聖剣もお願い」

「私の武器はこれでいいよ」


 会話に割り込み、私はくたびれてほぼ鞭と化した聖剣(相棒)を掲げてみせた。


「この、アリスキャリバーでいい」


 男子たちは一瞬呆気にとられ、それから口々にささやき合う。


「アリスキャリバーって何?」

「アリスとエクスキャリバーを組み合わせたんじゃね」

「安直すぎるだろ」

「何、あの棒状の新聞紙気に入ってるの?」

「どれだけボロボロになっても新しいのと取り換えないし、そうなのかも」

「馬鹿にするならすればいいよ。私は、このアリスキャリバーと共に戦うから」


 波戸が乾いた笑い声をあげた。


「えっと、どうしよっか」

「本人がいいって言ってんだし、別にいいんじゃね?」


 興味なさそうに言ってから、瀬川は思い出したように中谷に向き直った。


「あ、そうだ。ついでに俺の武器も作ってくれ」

「なんでお前に武器がいるんだよ」

「俺も劇に出るんだよ」


 その場にいた全員が、波戸に視線をやった。


「そんなんだ。瀬川はハートの王様役として出演するんだ」

「え、ちょっと待って」


 波戸の言葉に、佐々木が焦ったように一歩前に出る。


「それって、郡山さんと瀬川が夫婦役ってこと?」


 その言葉に、男子たちが激昂した。


「おいふざけんな!」

「お前と郡山さんが釣り合うかボケ」

「殺すぞ変われ」


 トランプ兵に囲まれて小突かれるハートの王様。

 紛糾の末に、瀬川の役はただの『王様』ということで落ち着いた。

 ハートを冠しなければ夫婦ではない、という結論のようだ。


(別にハートは名字じゃないと思うんだけど……)


 まあ双方が納得しているならどうでもいい。


「で、どんな武器がいい」

「……槍」


 中谷が素っ気なく尋ね、瀬川が不愛想に答えた。


   × × × ×

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