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苦しみと温もり


「人の子よ……。我の声は届いておるだろう?」

サチの脳内に聞こえる男とも女とも言えない歪な声……。

サチは青年を離さまいと必死に強く抱きしめる。

この重く苦しい「何か」はきっとこの声の主だとサチは思った。

「っ……!サチ……この締め付けるモノはなんだっ!」

青年は未だかつて味わったことのない苦しみに戸惑いを見せる。

「苦しかろう……?

これは何百年も心に蓋をしてきた奴の苦しみだ。

さて、人の子よ……こやつの事を知りたいか?」

その声でサチは大きく頷く。

「そうか、そうか……こやつはこの‘‘山神‘‘と契約をした愚かな人の子だった。

見せてやろう……。人の子だった頃の記憶を」

サチの脳内に鈍く響いた音と共にモノクロの「何か」が流れてくる。


それは青年がまだ人の子として生活していた時の光景――。


貧富の差が激しい時代――。

青年はその時代の平民のようだ……。

青年の家族は病に罹り一人、また一人と死んでいく。

村では疫病神と呼ばれ忌み嫌う存在として扱われていた。

病を治す術もなければ薬を買うお金もない。

どうすることも出来なかった青年は幼い弟、妹を抱え田畑を耕しお金のためなら何でもすると必死になって生きていた。

幼い弟妹に優しく、そして自分には厳しく……。

腹を空かしても、青年は我慢をし生きていた。

ただ、人間は脆く儚いもの。

心は崩壊寸前だった……。

青年は何年もの間我慢していた苦しみ、世間への憎しみ、そして悲しみを神に縋ったのだ。

実在するかどうかもわからない山にぽつんと建っていた古い祠に向かって叫んだ。

「もうこんな苦しいのは嫌だ!!

おとう、おかあも死んじまってチビらにその日暮らしさせるのも嫌だ!

なんで神様は何でこんな惨いことをさせるんだ!」

今まで我慢していたものが溢れ出て泣き叫んだ。

その叫びは山全体に響いた。


その時、涙と土埃で汚れた青年の顔に光が差した――。


「ほう、久々に人が来たと思ったらこの山神に向かって文句を吐くとは何事ぞ。」

青年は光から聞こえる声に驚き後ずさりをした。

「其方はこの苦しみ、悲しみ、憎しみから解放されたい……。

そう願ったのだな?」

青年は小さく頷く

「なら、我と契約をしよう。」

「契約……。なんだそれは……。」

「其方の今の感情と生活を全て取り除いてやろう。

幼い弟妹にも楽な生活もやろう。

但し、我の代わりに山神となり願いの代償を背負うのだ……。

悪くない条件だろう?」

歪んだ声で山神様は囁く。

青年からしたら好条件だった。

今の生活が無くなれば楽になれる……そう浅はかな考えであった。

「その条件のった!」

「青年よ、名を何と申す」

政吉まさきちだ!」

山神様は政吉の心臓に光を差して、「契約だ、政吉」と言い政吉の心と記憶を抜いて光は空へと消えてった。


ここでモノクロの光景がプツンと切れた。


サチは壮絶な生活をしていた政吉をとても哀れんだ。

青年、政吉の記憶がないのも感情がないのも山神様と契約をしたからだと悟った。

そこから何百年のも間、山神様の代わりに山を守っていたのだ。

「人の子よ、其方は特別な力を持っておるのぅ……。

自覚はないのも不思議なもんじゃ。

其方の力は神でさえ癒しをもたらす大きなもの……。

鳥居を潜ったとき感じたであろう?

何かに包まれたあの温もりは其方自身の力じゃ。

こやつから取り除いた感情も動くはずじゃ……。」

サチは無自覚でその力を発揮し山、動物、感情を失った政吉でさえ癒してたのだ。

「政吉よ、其方を下界に返そう。

そして皆に告げるのじゃ。

山神は人は喰わん、天災も疫病も神のせいでなく致し方ないこともある。

それが人の人生であるとな。」


その瞬間政吉とサチが黄金色の光に包まれ「たまには山へ遊びに来い」と山神様がそう告げた。

祠の鈴がリーン、リーンと可愛らしく響いた。

気付けば重く苦しいものは無くなって柔らかく、少し冷たい秋風が吹いた。


「俺は一体……」

サチに抱きしめられてたサチの存在に気付き顔を見上げる。

そこには涙を流した優しい天女様が微笑んでいた。

「政吉さんと言うのですね。山神様から全て聞きました。」

政吉は静かに目を閉じ今までの人生を思い出して、そして浅はかな契約をしたんだなと噛みしめていた。

「俺は当時どうしようもなく神に縋るしかなかった。

助けてくれる奴も居なければその日暮らししかさせてやれない弟妹が可哀そうで……。

菓子一つ買ってやれることもできなかった。

辛かった、苦しかった。

どうすることも出来なかった哀れな男だ……。」

サチは優しく抱きしめることしか出来なかった。


山神様と呼ばれた青年、政吉はとても繊細で我慢強く人に優しい人であった。

サチにはそう思えたのだ。



そうして二人は山を下り鳥居の前で顔を見合わせた。

「俺は自由にはなれたが行く宛もない。

山で暮らそうと思う。」

サチは政吉の手を握り締めて「私と共に暮らしましょう。」と言い鳥居の外へ引っ張り出した。

戸惑う政吉を見てサチは微笑んだ。

お互い手を取り合って綺麗で静かに見守る月を眺めたのであった。




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