迷宮
王都のギルドで冒険者登録するにあたって、結局サラは登録が出来なかった。
魔力もなく、剣士でもないからだ。
冒険者に憧れる若者が多い昨今、誰もかれもを冒険者にしていては災いの元になるのも確かだ。明確な力、技量を見せなければとても認められないらしい。
それでも、だから言ったのに、はぁやれやれ、みたいなオラルドに対してサラは、
「私はリリアン様のお世話をするメイドですから、冒険者になんかなれなくてもいいんです!」と強気で突っぱねて、怯まない。
もちろん私はサラを守るしヤトやおっさんにもお願いしてある。
当のオラルドは冒険者としては結構有名で、ギルドでは「おお!」とか「あのオラルドさん!?」みたいな声をあちこちで聞いた。
「あんた、引退したって聞いたぜ……」
と顔も身体も傷だらけだがイケメンのタフガイが声をかけてきて、
「ふふ、少々わけありでしてね」
とオラルドも意味ありげに答える、みたいなシーンも何度が目撃した。
ギルドの依頼を受けて、それは例えば薬草採取だとか、鉱物採取、難しいのは旅護衛やモンスター討伐、ダンジョン攻略で、もちろんそれ以外にも掃除だとか解体作業だとか本当に仕事はいろいろある。
私達はこの王都に拠点を置くのではなく旅をするつもりだ。
オラルドの剣は素晴らしく強かったし、ヤトがいるだけでたいていのモンスターは怯む。おかげでサラを危険な目に遭わせることもなかった。
狩ったモンスターはオラルドが上手に裁いて、肉や骨などに解体してくれる。
本当に有能だわ。
私達は当初の目的に従い、再び死霊王を倒した瘴気の森までやってきた。
森に深く分け入ってしまえば危険も増量だが、侯爵がここに取り残されているのではないか、という希望的観測を捨てきれなかった。
森というには深く、濃く、危険、ヤトでさえ尻込みをするほどの場所だ。
おっさんとかりんおばちゃんは私のマントのうちポケットに入ったっきり顔も出さない。
オラルドを先頭に、私、サラ、ヤトと進む。
ヤトに乗って進むのが早いのは分かっているけど、森を抜けるのが目的ではなく、侯爵の気配を探して歩いているので、そろりそろりと進む。
進みながら生き物の気配探知をしてみるけど、魔素を持たない生物は野生の動物ばかりで人間は発見できないでいた。
「いないわね」
と私はつぶやいた。
瘴気の森に入ってから六週間が立っていた。
日中はどんよりとした森の中を歩き、魔獣を狩り、夜になれば火を起こし、魔獣の肉を食べ、マントにくるまって眠る。
私はヤトにもたれて地面に腰を下ろした。
「あーしんど。しんどいですわ」
顔を上げると、少し離れた川の側でオラルドとサラが猪っぽい魔獣を解体している。
サラは綺麗な手がひび割れて、あかぎれだらけになってもこの過酷な生活に根を上げず、オラルドもポーカーフェイスを崩さない。
侯爵は発見できず、やはり死んだのかもと思う心が揺れる。
でもあの丘の向こうに倒れているかも、と思うと歩を進ませずにいられない。
埋蔵金探す人ってこんな感じなのかしらね。
あと10センチ掘ったらなんかお宝が出るかもと思うと止められないんだそうだ。
だけど、何年たってもこの森を全て探索するのは無理なような気がする。
森に入って二ヶ月が過ぎようとしていた。
どだい無理な話だった。
まず、季節が無理、真冬で雪、氷が容赦なく、更に糧となる獲物も少ない。
魔法で雪をどんどん積み重ねて中に穴蔵を作り、いわゆるかまくらの中で眠ったりしてそれなりに工夫はしている。時々、溜まった素材を売りに王都のギルドへ戻り、宿屋に泊まってベッドで眠る。
私達は迷宮の中に迷い込んでしまっていた。
侯爵が見つからない、けれど、もしかしてと思って探索を止める事が出来ない。
冬は容赦なく私達を襲い、身体に疲労が重なり、病んだ心は回復役や魔法ではとても癒やしきれず、自分達の目的すら見失いそうだ。
「私が言わなくちゃ駄目よね? みんな、辛くても言えないわよね。私が言わなくちゃ」
そう思い始めていた。
「探索を中止します」
と言えばいい。オラルドもサラももう疲れ切っている。
「リリアン様。火をお願いします!」
真っ赤な頬で白い息を吐きながらサラが赤い肉の塊を持ってやってきた。
「あ、うん」
私は目の前の岩を組んで作ったかまどに火鳥骨を放り込んで魔法で火を起こした。
魔素を含む火鳥の骨はとても強く安定した火力を保つ。
肉を切って、鉄板の上でそれを焼く。
調味料は塩、胡椒。
例に漏れず塩、胡椒はこの世界では高価だ。
けどなぜだかオラルドはいつも大量に持っていて、平気で普段の食卓に使ってくれる。
もしかしてオラルドも転生組じゃないのかしら。
まさかのネットスーパー派か?
そしたら欲しい物あるんだけど。
とか考えている私の頭の上にどさっと何か落ちてきた。
「え、何!? やだ、これ! 頭になんかきた! 取って!」
と身震いすると、
「けっけっけ」
とヤトが笑って、
「りりちゃん、アラクネだよ」
と言った。




