別れ
死霊王と戦い命を落とした騎士達の葬儀は王都の大聖堂で行われたが私はひっそりとそれを街の外れの宿屋の一室から眺めるだけだった。
もちろん葬儀の案内も来たが、それよりも王都は死霊王を討伐した謎の女魔術師の話でもちきりだったからだ。あの冒険者達に顔を見られているので、のこのこ葬儀場へ行って、特定されるのは勘弁だ。
おっさんが聞き込んできた噂話によると、聖女の力に匹敵する魔術師を探して、ただちに城へ連れてくるようにと命が出ているようだ。
「こんなところでひっそりとお別れなんて……よろしいんですか?」
とサラが言った。
「遺体があるならお顔を見てお別れを言えるけど、空の棺に何も言うことはないわ。それに……もしかして生き延びてるかもしれないじゃない……ガイラス様は死神将軍と呼ばれるほどの強いのよ? 遺体を見てないんだから、生きてるかもって思っててもいいじゃない?」
そう思うことで私は平静を維持していた。
侯爵は初めてリリアンという人間に愛を与えてくれた人間だった。
魔法を使えない役立たずとずっと周囲に言われて自信をなくしていたリリアン。
もし私がリリアンに転生しなくても、侯爵だったらありのままのリリアンでも愛してくれたと思う。
残念ながら私という負けず嫌いの中身三十代、ノイルやレオーナにも口答えできるような口やかましい女がリリアンに転生してしまったけど、それでも侯爵は愛してくれた。
私は本当に、もう誰にも嫁がないし、誰の事も愛しいとなんか思わない。
侯爵を愛している、と失ってから自覚するなんて、いつだってタイミングの悪い女だ。
もっとたくさん話をすればよかった。
もっと侯爵の為に時間を取れば良かった。
私達はお互いの事を理解しあう時間も少なく、私は侯爵に何も伝えられないままだった。
「そうですね! 手練れの騎士様だと聞いておりますもの。生きているかもしれないですわ!」
とサラが言った。
「それでね、サラ、私はかねてからの計画通りに冒険者になるわ。ノイルと結婚なんてごめんだし、実家にも戻らない。あなたにはどこか奉公出来る貴族を紹介するし、あと、おっさんやおばちゃんはどうする? ヤトもお母さんドラゴンの所へ戻ってもいいわよ?」
私は狭い部屋に集まっているみんなに声を掛けた。
おっさん三人とカリンおばちゃんは窓際に並んで座っていて、ヤトは床にどんと座っている。サラは私の横に立っていたが、悲しそうな顔をした。
「そう言うとは思うてたから、わしらはちゃんと決めてある。わしはダゴン・A・ウイン。次兄のドゴンに継ぐ者を譲り、わしはリリアンと旅に出る。ドゴンは次世代の妖精王を継ぎ、デゴンは伯爵家へ戻り、またその一族を見守る者となる。妹のカリンは一緒に行くそうや。ま、伯爵家に戻ったら、あと二十人ほど妹いてるしな」
とおっさんが言った。
「おっさん、いいの? あなたが継ぐ人だったんでしょう?」
「かまへん、わしは長兄やが、あんたが生まれた時にあんた守る者として選ばれたんや。その責務は果たす、それが妖精王の覚悟や」
とおっさんは言い、あと二人のおっさんとかりんおばちゃんもうんうんとうなずいた。
「そうなの。ありがとう。とっても心強いわ」
「僕もリリちゃんと行くよ! だいたい、僕がいなくちゃどこにも行けないよ? とことこ歩いて行くの? 行っとくけど、僕はアイスドラゴンだよ? 僕を連れて行かないでダンジョンとか潜れると思ってるの?」
とヤトが言ってばさっと翼を広げた。
「そっか、そうね。ありがとう、よろしくね」
「わ、私もリリアン様と一緒に行きたいです!」」
とサラが言った。
「え? でも……冒険者なのよ? 冒険者って、モンスター討伐に行ったり、薬草採取に行ったりするのよ。ふかふかのベッドで眠れるなんてあまりないし、ダンジョンや洞窟に何日も入ったりするし、危険なのよ?」
私だって実際に冒険者をしたことはないが、前世で読みふけったライトノベルでどれだけ困難なのかはなんとなくだが知っている。
それにサラほどの美人で気が良く付く娘なら、貴族の屋敷で見初められてという話だってあり得る。貴族でなくても、金持ちの商人とか逞しく強い騎士に嫁げば、食べる物にも着る物にも困らない、フカフカの布団で美味しい物を食べて、暖かいお茶を飲んで、という生活がある。
「わ、私、決してお荷物にはなりません! だ、だって、リリアン様、お料理もお洗濯も出来ないじゃないですか。お茶の一杯だって入れられないでしょう!」
サラの目には涙が浮かんでいる。
「それは言えるな、旅に食事は大事やで。まあ、わしらは魔法玉をもらえたらそれでええけど」
「うんうん、そうだよねー。僕は魔物の生肉でもいいけど、リリちゃんは駄目なんじゃない?」
とおっさんとヤトがうんうんとうなずいている。
「そ、それに今まで深窓のご令嬢だったのに、いきなり庶民の暮らしなんか無理じゃないですか! こ、この宿の取り方だってご存じなかったじゃないですか! じ、自分の身は自分で守ります! どうかお願いします!」
エプロンの裾をぎゅっと握りしめてサラの身体が震えている。
前世での記憶がある私には庶民の暮らしもそう苦でもないし、やろうと思えば料理も洗濯も出来る。
「サラ、私はもう貴族には戻らないわよ? どんなに苦しくても自分の足で歩く暮らしを選ぼうと思うの。ガイラス様に嫁いでからは貴族の奥様も悪くないと思ったけど、ガイラス様がいない今、危険も困難も自分で切り開いて行かなきゃならないわ。今ならまだ縁であなたをどこかの貴族の紹介できるけど、一度離れてしまえばもうこの縁は切れるでしょう」
「かまいません! 私はリリアン様のお側にいたいのです!」」
「そう、そんなに言うならこれからもあなたのお世話になろうかしら。でも約束して、辛いとか、苦しいとか、身体の具合が悪いとか、ちゃんと言ってね? 我慢はしないで言いたいことを言い合いましょう。それが長くやっていく秘訣よ。私達はこれからお嬢様とメイドではなく、同士なのだから」
「はい! ありがとうございます!」




