攻防
寝過ごした。完全に寝過ごした。
耳元でわあわあうるさいおっさんの声がするから、目を開けるとおっさんのどアップが目の真ん前にあって、「わ、びっくりしたな、もう!」と言うと、
「リリちゃん、お寝坊さんやで、もうみんな食堂に集まってるで」
とおっさんがどアップで言った。
「え、うそ、マジか! あれ侯爵は?」
「侯爵様は早朝から馬を走らせに行ってからお付きの騎士と剣の鍛錬して、薔薇園の薔薇を愛でながら王都からの報告を聞き、書簡を何通かしたため、今は朝食の為に食堂にいてるで。リリちゃんがいびきかいて寝こけてる間にな」
「え、嘘! なんでもっと早く起こしてくれないのよ!」
「え、まさかの逆ギレ? 侯爵夫人ともあろう人が逆切れて」
「あー、早く着替えて、準備しなきゃ」
枕元にある鈴を慣らすとサラが顔を出した。
「なんで起こしてくれないの。完璧駄目な嫁じゃん」
サラはクスッと笑って、
「侯爵様が奥様はお疲れだから無理に起こさないようにと仰いました」
と言った。
「わー、どうしよ、着替え、着替え」
「リリアン様、その前に湯浴みを」
「え、そんな時間なくない?」
「ですが……その、やはり……」
「え?」
サラは何故か頬を赤らめている。
「リリちゃん、そこはこれ、やっぱりな? 身だしなみは大事やで? ぶっちゃけ、新婚の夫婦が久しぶりに迎えた夜や、屋敷中の人間が夕べ二人でどんな時間過ごしたか知ってはるわ。そやのに、頭ぼさぼさで疲れた肌で人前に出たらあかんて、石鹸で身体中洗うてピカピカで極上の笑顔で皆の前にいかなあかん!」
とカリンおばちゃんがつばを飛ばしてそう言った。
「そ、そうなの? でもみんな、朝食に集まってるんでしょ?」
「ほっといたらええがな」
「まあ確かに……クリーンの魔法じゃ駄目かしら?」
「駄目です! なんでも魔法ですまそうなんて! 湯浴みの効果は……心身共にリラックスを……」
とサラが目を三角にして怒り出したので、
「あ、はい、お願いします」
と大慌てで湯浴みをして、結局、朝食の時間なんかとっくに過ぎて、私がようやく食堂の大ホールに顔を出したのは昼食の時間だった。まあ、朝は取らない人が多くて昼食に重きをおくので、昼に顔を出せばセーフといえばセーフだ。だけど客人が来ている時はもてなしとして朝も振る舞うし、お気楽で暇な貴族とは違い、領地や屋敷管理の執事やメイド、教会へ行くサンドラのように働く人には三食提供する事にはしている。
「申し訳ございません……」
恐る恐る顔を出すと、食堂には侯爵をはじめとした顔ぶれも揃っていた。
「まあまあ、侯爵夫人ともあろう方が、この時間になってようやくお顔を出すなんて、のんきな事。旦那様よりも遅いなんて。あなたガイラスが重責のある任についている事をどう思ってらして?」
といきなりレオーナからの先制攻撃を受けた。
「すみません……」
ちらっ侯爵を見ると、微笑んでこちらへやってきて、
「リリアンをゆっくりと休ませるように言ったのは私だ。無理をさせてしまったのは私だから彼女を責めるのはやめてくれ。ゆっくり眠れたかい?」
と言いながら、私の手の甲にチュッとキスをした。
「んまぁ」
とレオーナが言い、サンドラが優しい笑顔で笑った。
「ガイラス、いくら年が離れているからって甘やかすのはよくないわ。侯爵家の奥様としてはみっともない話なのよ。客が来ているのに、寝坊なんて。本来なら一番先に起きて、メイド達へのしつけと、屋敷内の手はずを整えてから旦那様に朝を告げるのが役目だわ」
キリッとした態度でレオーナがそう言ったが、侯爵の手前ここで言い返すのは駄目だな、と思って黙っていたら、
「君が君の旦那様を迎えてベルモント侯爵家を切り盛りする時にはぜひそうしてくれ。私は激務の間の休暇を可愛らしい妻と穏やかに過ごしたいんだ。だから意見は無用だ」
と侯爵がスカッと言い返してくれたので内心は拍手をし、
「私ったら、ガイラス様に久々にお会いできて気持ちが緩んでしまいました。申し訳ございません」
と小鳥のように小首を傾げて、可愛らしくトドメをさしておいた。




