惚れたね
「ガイラス様、お帰りなさいませ」
玄関まで慌てて行くと、馬から降りた騎士姿の侯爵がいた。
「リリアン、ただいま」
兜の向こうからくぐもった声がする。
「ご無事でなによりですわ。討伐はいかがでした?」
「いや、討伐までは至っていない。死霊王は隣国から来て我が国を通ってまたその隣の国へ移動した。とりあえず、穢された我が国の村や人々を浄化したところで一旦騒ぎが終結となった」
「そうですか。隣の国にはお気の毒ですが、ガイラス様に怪我がなくて良かったですわ」
「心配をかけた」
「早くお入りになってお着替えを」
「うむ」
オラルドを筆頭に執事達、メイド達がずらりと並び、さらにノイルとサンドラ、レオーナまで雁首揃えて玄関までお出迎えだ。
レオーナはさっきアラクネに脅されて、ひっくり返っていたショックからは立ち直ったらしい。
「ガイラス、久しぶりね。いいえ、もう侯爵様なのだからガイラス様と呼ばなければならないわね」
とずいっと前へ出てレオーナが言った。
「君は……驚いたな、レオーナか」
「ええ、あなた、兜なんか被って噂は本当なのね? 何か酷い怪我をして醜くなったのでしょう? でも、そんな事を気にしなくてもいいのに。私はあなたがどんな姿でも気にしないわ。まあ、お金が目当てのどこぞの令嬢もあなたの姿なんか気にはしないでしょうけど」
まだそんな噂を本気にしてるんだ、この人も。
もー言い返すのも面倒くさいわ、と思っていたら、侯爵が「はっはっは」と笑って兜を脱いだ。
「自分の容姿の美醜はどうでもいいが、別に怪我はしていない」
と言ったのだけど、その時のレオーナの顔はぽっと頬が赤くなり、侯爵の顔に釘付けだった。
まあね、イケメンだから。
分かるよ、分かる。
見上げる大きな体躯に、彫りの深く整った顔立ち。
手足も長く、髪の毛も黒々として絵に描かれる騎士そのものだ。
「まあ、まあ、あなた」
レオーナの顔は真っ赤になった。
それから、
「あなたたち、何をしているの! 大役を勤められた旦那様に早く着替えの用意とお食事を!」
と言った。
え、それ私のセリフ。
私の肩にいたカリンおばちゃんの目がきらっと光り、「惚れたね」と言った。