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運命

「分かりましたわ。侯爵家を継ぐのはやはりガイラス様という事でよろしいのですね? ガイラス様がノイル様に領地管理などの事を教えてさしあげればよいのですわ。サンドラ様もその伴侶としてノイル様を支えていかれるでしょう。兄弟で力を合わせてゆかれれば前侯爵様もお喜びになるでしょう。ウエールズ領は宏大ですもの」

「ああ、確かに。だが、すぐにというわけにもいかない。私はまだ騎士団を引退出来ないのだ」

「何故です?」

「死霊王の問題がある。死霊王は通りがかった村、町を飲み込んでその姿を拡大、手下となるグール軍団もその数を増やしている。人間、魔獣、モンスター、ありとあらゆる者を飲み込み、体内に取り入れる事によって、知恵を増やし狡猾になっている。騎士団として放っておくわけにもいかない。私はグランリーズ王国軍の団長として軍を連れて討伐に出るんだ」

「まあ……そうなのですか」

 大変だなぁ。

「死霊王について何か意見があるとか?」

 と侯爵が言ったが、それは私にではなく、視線はソファのクッションの房で遊んでいるおっさん達に向けられていた。

「いやぁ、リリちゃんについてきた蜘蛛魔獣のアラクネはんやったら、死霊王についてなんか知ってはるんちゃうかな、と思うただけや。アラクネはんはああ見えて強い魔獣ランキングでも250位くらいにはいてるんや」

「250位って、微妙じゃない? そのランキングどこ調べなのよ。まあ、いいわ、侯爵様、アラクネに聞いてみますか? 知性はあるし、言葉も通じますし」

「ああ……もし君が」

「え? 何です?」

「いや、また後でいい。今日は疲れただろう。もう食事をして続きは明日にしよう」

「はい」

 と一息つくと、侯爵が立ち上がって、こちらへ来て、どすんと私の横に座り直した。

「?」

 え、着替えはしたけど、今日は汗もかいたし、埃にもまみれた臭いかもしれない。

「な、何か」

 侯爵はふっと笑って、

「夫が妻の側に来るのに不都合でも?」

 と言った。

「ふ、不都合はありませんけど……」

 侯爵は私の手を取って、その甲にキスをした。

「え!」

「先程、私達は出会ったばかりと言ったが、実はそうじゃないんだ。初めて会ったのは国王への謁見の日ではない」

「え?」

「十年も前の話だがね、私が皇太子のお供でローズデール伯爵家主催のパーティに行った時、君がいたのを覚えている」

「ええ、そのパーティーの事は覚えてますわ。まだ五歳やそこらでした。ガーデンパーティは華やかで楽しそうで、子供は部屋にいなさいと言いつけられてましたけど、ふらっと庭に……そして優しく声をかけてくださった方がいて、親切な方だと思ってしまって愚かにも……」

「空き部屋につれこまれそうになった?」

「え! ええ、そうですわ。で、でも、何もなかったのですよ! 本当です!」

「ああ、知ってる、その時、別の紳士が君をその恥知らずから救っただろう?」

「よく……ご存じですわね」

「ああ」

 侯爵は面白そうにくっくっくと笑った。

「その紳士は本当に困ってる君を助けようとした。騎士道精神に乗っ取ってね。けど、パニックになった君は誰も彼もが敵に思えたんだろう? 大騒ぎして泣き叫んだ。屋敷中に聞こえるような悲鳴でね。君を欺そうとした男はそのどさくさに姿を消し、残った紳士は無垢な乙女に何かしたのではないか、と不名誉な悪評を受けた」

「え……嘘……」

 今、侯爵が言ったのはだいたい記憶にあるから真実だ。

 今の私でないリリアンだった時の記憶は引き継いでいる。

 あの時、リリアンは恐怖と心細さでパニックになってしまったのだ。

 助けてくれた紳士に礼を言わないばかりか、泣き叫ぶだけだった。

「侯爵様、その時の紳士がどうなったのかご存じですか? 私、大変な事をしましたわね?」

「もちろん知っている。その後すぐに名誉を回復する間もなく、辺境の地へ魔獣討伐の任に赴いた。そこで手柄を立てその功績を認められ王都に戻る事を許された。だがそれ以降、他人とかかわるのが嫌で、王都へ戻りはしたが、顔をさらすのが嫌で兜を着用しつづけ、やがて醜いオークのような変わりの者の男と噂になった」

「ええ! じゃ、私のせいですか? 侯爵様が醜いって……言われるの」

 侯爵はははっと笑い、

「そうとも! しかも引退を機に結婚を勧められた相手が君だ。あの日、迎えに行った君の屋敷の玄関で愕然としたよ」

「すみません……大変な事を……私、あのときは怖くて怖くて」

「君は覚えてもいなかった。素知らぬ顔ですましているし、噂では相変わらず泣き虫で引っ込み思案、魔法も使えない、伯爵家は娘を押しつけて金の無心ばかり。私は負傷し、騎士団も引退を余儀なくされ、私がそんな自分の人生を呪ったのも納得だろう?」

「はあ。返す言葉もありませんわ」

「だが、君はあの時の君じゃないようだ。目の覚めるようなプラチナブロンドで、白い肌、美しいブルーアイ。そして勇敢で優しい。この私の運命も悪くないと思い始めたところだ」

 と侯爵が私の髪の毛を梳くって、その先にキスをした。

「私は君をもっと知りたいと思っているし、君にも私を知って欲しい。お互いを理解した上でよい結婚生活を過ごしたいと思う。だから離縁はありえない。私は生涯、君に側にして欲しい」

 さっきから侯爵の押せ押せが凄くて、ちょっと照れてしまう。

 どうしていいか分からなくておっさんを見たら、三人ともに親指を一本だけ上げて、いいね、みたいなポーズをしていた。

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