話し合い
「ぶへっぶへっ、あつっ……すみません、失礼しました」
ハンカチーフで口元を拭き、咳をして呼吸を整える。
「じょ、女難の相とはおだやかではありませんね」
「ああ、私への戒めのようだ。確かに噂だけで君を判断し、伯爵家のお荷物娘を押しつけられたと思っていたからな」
「それは……まあ、そんな事もありますわよ。実際に結婚する当人同士が顔を合わせるのが式当日なんて事は普通ですし。侯爵様も騎士団での任務でお忙しい中、皇太子様に強引にお話しを進められたのでしょう? あの方は……暇そうですものね」
と言うと、侯爵が笑った。
「魔術師の家系なのに、魔力が発動しないと聞いていたんだが、妖精王の直系、ダゴン氏がおっしゃるには、君は今世紀稀に見る優れた魔術師であると。伯爵家での扱い事態が許される事ではないと、ぜひ、侯爵家にもそれを知らせて今までの行いを悔い改めるように」
「いえ! いいえ! それはもういいってゆうか……あの人達にはあんまり知られたくないんですよ。それにあの家から金の無心が来ても放っておいていただいてかまいません」
と言うと、侯爵はしばらく考えるような顔をしたが、
「確かに伯爵家から山のように手紙が来ていたようだが」
「あ、いーんです。馬が欲しいだの、避暑地に行きたいだの。そんな要求ばかりなんで…本当にもう恥ずかしいったら。もしかしたら侯爵家へ嫁いだ娘がいるって公言して借金までしてるかもしれませんけど、そういうのこちらへが来ても無視して下さって結構ですので」
侯爵は苦笑したが、その顔がなんだか穏やかな感じで不思議だった。
騎士団長で、死神将軍とまで呼ばれるほどの強者だから、もっとストイックで、伯爵家のような自堕落な人間を嫌うのではないかと思っていたから。
「だから魔力を隠していた? 伯爵家では君が魔術師である事を知らないのだろう?」
「隠していたわけではないのですが、魔力が発現したのが最近なのです。子供の頃は本当に魔術は使えなかったので。魔力は十歳までに発動するもの、と言うのが本則なので、十の時に呆れられ見捨てられましたから。今更、もういいかなって」
「なるほど。まあ、今、君が優れた魔術師であると知れたら、呼び戻されるかもしれないな。伯爵家の方は私の事をオークような醜い死神将軍、として君を嫁がせたのだから……そこで本題なのだが」
「はい?」
「雪の妖精に離縁してあげなさいと進言されたんだが……君にしても気の進む婚姻でなかったのは承知しているが、離縁したいのか?」
と侯爵が言った。
「えーと。私がそう望めば……」
「離縁はしない」
「え……」
「私達はまだ出会ったばかりで、お互いを知らない。縁があるなしはまだ分からないのではないかと思うんだが?」
「まあ、そうとも言えますけど」
「離縁してまでも帰りたい家ではないのだろう?」
「あー、それはそうですけど……」
「なら、しばらく私達は共に暮らし、お互いを知ってから将来を考えよう、と私は提案する。もし君がどうしても婚姻を継続するのが無理ならば縛り付けたりはしない。潔く、金目の物を渡そう」
と侯爵が言って少しだけ笑った。
「分かりましたわ。私も問いておきたい疑問がございますし」
「何だ?」
「弟君の事ですわ。ノイル様とそしてサンドラ様の事です。私がこちらへ来た時に、ノイル様が自分こそが侯爵家を継ぐ者であると、そして屋敷の使用人も皆がそれを認めているような風でしたけど、それについてはどうなのでしょうか?」
ノイルは侯爵の死を望んでいる様な発言もしたけれど、そこまで言うのは躊躇した。
侯爵ははーっと息をついた。
「確かに私は十で王都へ出て騎士になった。それ以来、忙しくてあまりこちらへも戻ってない。ノイルはここでずっと暮らしていたから、彼がここを継いでも良かったのだが……」
「領地を管理する才能がなかった?」
失礼だけれども、そう問うと侯爵はかすかにうなずいた。
「そうだ。前侯爵である我らの父は暴君でな、自分だけが全てを管理しなければ気がすまない人間だった。だから教えもしない、次代を育てる気もない。自分だけがルール決め、全ての人間がそれに従うのをよしとした。だからノイルはここで遊び暮らしていた。領地の事も領民の事も何も知らない。いくら父が暴君でも、学ぶ機会はあり、誰にでも教えを乞うべきだった。家令のレイモンドにしてもそうだ。彼がノイルを次期侯爵にしたいのであれば、教え導くべきだった」
と侯爵は言い、少し悲しそうな顔をした。




