それぞれの視点
リリアンお嬢様は生まれつき、お体が弱くて、大人しい引っ込み思案な方で、よく泣いていたのは事実だった。魔術師を排出する家系としては高名なローズデール伯爵家にお生まれになったもののリリアン様には魔力が発現せず、宮廷魔術師の方々に見てもらっても体内魔素が感知されないとの事だった。それからはご両親やお兄様にさえ疎まれ、淋しい日々を過ごしていた。
そんなお嬢様付きのメイドになったのは私が十歳で、お嬢様は八歳だった。
私の生まれた村は貧しく、働き口もなかった。
辺境でモンスターや魔獣もたくさん出て、村人は毎年何人も食われて死んだ。
危険とは分かっていても両親が狩りに出て薬草を集めるしか生きる術はなかった。
それでも食うや食わずの毎日で、みんながお腹をすかせていた。
たまに凶暴な魔獣が出ると都から冒険者や騎士団が来て討伐するが、私達が恐れたのはそんな年に一度出るか出ないかのモンスターではなく、畑を荒らしたり豚を盗んだりする、ゴブリンの方がやっかいだった。
ゴブリンは村人が三人くらいで必死に戦えば一匹は狩れる。
けど、一匹やっつけるのに半日必死で、その後二日は起きられないくらい疲労する。
そしてゴブリンは三日毎くらいにやってきては畑を荒らすし、赤ちゃんの腕を食われた家だってある。
けどそれを討伐する為に村長が三日ほど歩いて町へ行き、そして町長にお願いする。
町長が冒険者を募ろうにも報酬がどこからも出ないから今度は馬車を飛ばして六日、大きな都市に辿り着いて、教会や政府にお願いするのだけど、指定魔獣ならともかく、ゴブリンでは誰も動いてくれないのが現実だった。
そんな村でも冒険者になると志して王都へ向かった人もいて、私はその冒険者に連れられ王都へ行き、教会へ入り、読み書きに裁縫、立ち振る舞いを学び、そして牧師様の口添えで伯爵家への奉公につく事が出来たのだった。
村では考えられないくらいの報酬で、両親へ仕送りも出来て私は運が良かったと思う。
リリアン様は無口で小食でほぼ寝たきりのような生活だったのでお世話は楽だったが、伯爵様や奥様がリリアン様に辛くあたるのを聞くのが嫌だった。
リリアン様が魔法を使えないから辛くあたられる、というのを知ったのはリリアン様が十歳になった時だった。
十歳の誕生パーティで皆様に魔法をお披露目しなさいと、言われ、何も出来ず涙を浮かべて立ち尽くすお嬢様を今でも忘れられない。
伯爵様やお兄様のエドモンド様が「嫁がせるのも恥ずかしい役立たず」とよく言っていたので、それを真似て他の奉公人までがお嬢様を下に見る。
リリアン様は魔法は使えないけど、プラチナブロンドの御髪はサラサラで綺麗だし、お顔もすっごく可愛くてお人形みたいなのに。
いつかリリアン様を救いだしてくださる方がいればいいのにな、と私はずっと思っていた。
そんなリリアン様がある日、突然、変わった。
伯爵様や奥様に言い返しているのを見た時には使用人一同がびっくりしたものだ。
泣き虫だったリリアン様、あの日から涙を見ていない。
なぜだか分からないけどリリアン様は強くなって、語彙がたくさん増えて火の魔法も使えて、どこから見てもリリアン様だけど中身は別人のようだ。
侯爵家へ来ても生意気なメイド達に一歩も退かず強くおなりに……なんて思ってたのに、リリアン様の留守中に突然、私だけ追い出されるなんて、本当に侯爵家の面々は意地が悪いんだから。
だけど、今、伯爵家へ帰るよりもやばい事態に陥っていた。
侯爵家の馬車が盗賊に襲われるなんて!
それは突然だった。
馬が急停止したようで中に座っていた私は頭から転んでしまった。
そっと窓から外を見ると、馬が怯えていななき、御者は引きずり下ろされて道に倒れている。
「金目も物など何も積んでいないぞ! 人を運んでいるだけだ!」
と御者が言ったが、盗賊はせせら笑った。
「お頭! 女だ! 女が一人!」
「ほう、いいじゃねえか、奴隷に売っちまえばいい金になる」
ひげもじゃの老盗賊が中を覗いて笑った。
わしの名前はダゴン・A・ウイン。
失礼な事にリリアンはわしらの事を「おっさん」と呼んでいるが、まあそんな事はどうでもええ。
わしらは長い間、ローズデール伯爵家を見守ってきて、そこに生まれる魔術師を導く者として存在してきた。弟が二人いてデゴンとドゴン、今はリリちゃんについてメイドを助けに行っている。わしがそれに参加しなかった理由は、わしがウイン家の嫡男であるからや。
長男は危険に赴くわけにはいかん。そういう場合は弟達がわしの代わりに行くのが常や。 それが一族の定めであるし、わしは残ってこの場をきっちり裁量する責任がある。
リリちゃんらがメイドのサラを救出しに出かけてから数時間後、ようやくガイラス・ウエールズ侯爵が帰還したわけや。
そこでの一幕やけど、兜を外したガイラスに一同、びっくり仰天したわけや。
そう、オークのように不細工で醜いという噂の侯爵やからな。
わしから見たら、オークも人間もそう変わらんように見えるけどな。
頭に胴体、四肢がある。
ガイラスは人間界ではきっと美男子なんやろう、サンドラもクラリスもぽっと頬を赤らめてたわ。ノイルだけは苦虫を噛んだような顔をしてたけどな。
そんでまあガイラスはリリアン不在を問い、さらに屋敷の中の違和感に全ての報告を家令に求めたわけだが、またこの家令がリリちゃんのおらん隙に自分のええように語ったわけや。
「リリアン様は御者と駆け落ちしました」
とぬかした上にリリちゃんへの罵詈雑言、ノイルもサンドラもクラリスも一緒になって自分らの罪をすべてリリちゃんに押しつけて逃れようとしたわけやが、そうはいかん。
わしはダゴン・A・ウイン。
そんな悪事は見逃すわけにはいかんな。
こんなこったろうと思って、わしが残ったわけやから。
広間で侯爵への偽報告が終わった頃合いを見て、わしはその姿を現した。
「わしはダゴン、リリアンを守護する妖精や。ダゴン・A・ウイン。妖精王ウインの直系の者やと言えば分かるな?」
と言うと、ソファに座ったガイラスの目が大きくなって、わしをじっと見た。
「妖精王ウインの直系? あなたが? 信じられない、この目に妖精が見えるなんて」
と愕然とした表情で侯爵はそう言い、周囲の奴らも口がポカンと開いたり、目をこすったりした。
「魔素を持たんお前らにもわしの姿が見えるやろ? それはリリアンにごっつい量の魔素が隠れてて、今、この屋敷にはリリアンの魔力が溢れてるからや。ガイラス・ウエールズ侯爵、今、あんたが聞いた報告は嘘八百。家令からメイド、コック、そんであんたの弟もその婚約者も、みんなリリアンを馬鹿にして、いじめてた。わしは妖精王ウインの名にかけて嘘は言わん」
わしがそう言うと、名前が出たやつらはこぞって後ろへ下がった。
妖精王ウインはこの国では有名で、魔術師の始祖のような存在や。
妖精を守護に持つ魔術師はそうそうおらん。
妖精は気むずかしいからな、よっぽど気に入ったもんでないと姿を見せんのや。
魔力があっても妖精を見える者の方が少ないと思うで。知らんけど、多分な。
リリアンも長い間、魔素が発現せんし身体も弱いし、このままやろなと思うたらある日突然、魂が変わった。本来のリリアンがどうなったかはわしらも分からん。魂の存在は神の領域やからな。
わしらはガッツがあって元気な今のリリアンも気に入ってるから、変わらず守護してやりたいと思ってる。
「ダゴン殿」
とガイラス侯爵が呼びかけてきた。
「あなたの言うことに嘘はないと信じます。そしてリリアンは今どこへ?」
「そこの家令に追い出されたリリアンのメイドが乗ってる馬車が盗賊に襲われたっちゅう報告があってな、リリアンはこの屋敷で唯一の味方のメイドを見殺しに出来ん、と子飼いのドラゴンに乗って行ってしまったわけや。わしの弟が一緒に行ってるし、なんかあったらすぐ知らせてくると思う」
「そうですか……ドラゴン……を眷属に?」
「そうや、えっとまあいろいろあってな」
「もしかして、そのドラゴンは」
と言いかけるガイラスに、
「リリアンが戻る前に、この始末はどうするつもりや? 侯爵の名を騙る弟とその婚約者、あんたの花嫁をないがしろにして不愉快な思いをさせて。リリアンは優しい子や。飢えたドラゴンや妖精に魔力を分け与えたり、盗賊に襲われたメイドを助ける行動が出来る子や」
と言うと、ガイラスは肯いて、
「グレン!」
と大きな声で名を呼んだ。
「は!」
ドアが開いて、ガイラス付きの騎士が入って来ると、
「ノイルにサンドラ、レイモンド、そしてメイドにコックを漆黒の塔の牢へ入れろ!」
と怒鳴った。
「ええ! 待ってくれよ、兄さん! あの女を遠ざけたのは兄さんの為だ。リリアンは酷い噂だらけの女じゃないか! だから!」
とノイルが悲鳴を上げた。
「それでもお前達に彼女をどうこうする資格はない! 噂だけで……」
とガイラスはいらいらとした声で言った。
それは自分に向けられた言葉やろな、とわしは思った。




