腸が煮えくり返る
親ドラゴンの傷を治してあげたし、騎士団がドラゴンを討伐して、この国が氷り漬けになるところを回避出来たのは全て私のおかげだと言っても過言ではないと思うのだけど、子ドラゴンの冷たい背に乗って屋敷へ引き返した時には事態は更に悪くなっていた。
「サラはどうしたの!」
私の言葉にクラリスは肩をすくめて見せて、
「サンドラ様のお言いつけで元の伯爵家へ戻しましたわ」
「何ですって! 私は侯爵家の女主人であるし、サラは私のレディース・メイドなのよ? サンドラに何の権利があってそんな事を?!」
「サラは生意気でしたわ。サンドラ様に敬意を表さないばかりか、我が物顔で屋敷の中歩き回る。台所だってこそこそ入り込んで、まるで泥棒猫。長い間、慣れ親しんだこのお屋敷に見知らぬ者が歩き回るのはサンドラ様のお体に障りますから」
「話にならないわ」
私はクラリスを突き飛ばし、部屋を出た。
また遠いサンドラの部屋まで歩くのもだるいが、仕方ない。
「どちらへ? サンドラ様でしたら、侯爵様の棟にお入りになられましたわ」
「侯爵の棟ですって?」
「はい、侯爵様の本当の妻であるサンドラ様が侯爵様と同じ棟、部屋に入るのは当然ですわ。でも、サンドラ様はお優しいですから、あなたもこのお屋敷にいていただいて構いませんとのことですわ」
腸が煮えくり返ってはいたが、この結婚が離縁という結果でもそれはそれでよかった。
こっちだって愛だ、恋だで結婚したわけじゃない。
ただサラへの仕打ちと、侯爵が偽物ではないかという疑問だけははっきりさせておきたかった。
「侯爵様には先程お会いしましたけど? 騎士団の任務で、この地に戻って来ても屋敷に寄る暇なかったそうだけど? サンドラと仲良く食事をしてたのは誰だったのかしらねえ!」
私の競歩ばりの早歩きについてきながらクラリスが「はあ?」と言った。
「侯爵様はこちらへお着きになってから、ずっとサンドラ様とご一緒ですわ」
「じゃあ、それ偽侯爵よ。侯爵様は騎士団の任務でアイスドラゴン討伐にこちらへ来ていたもの。あなた、私がサンドラの部屋で見かけた鎧兜の男の顔を見たの?」
「……侯爵様は下々の者の前で鎧をお脱ぎになられませんわ」
「あっそ。じゃ、見てないって事ね? 白爺! その辺りにいるんでしょ! 侯爵の棟ってどこよ? 案内して!」
早歩きで息は切れるし、ぶっちゃけ寒いし、クラリスは腹立つし、で私はどすのきいた声だったと思う。
「こ、こちらです!」
白爺に少年少女がふわっと現れて、私の形相を見て急いで先を飛び始めた。
「な、何です。おかしな独り言を……」
クラリスには白爺達が見えないのだろう、初めて少しだけ引いた声で言った。
侯爵の棟は素晴らしく綺麗な棟で、階段も装飾も絨毯もアーチも、それ以外の調度品もかなり高価で贅沢な物だった。
「こちらです」
と白爺が大きな両扉の部屋の前に止まったでので、私はノックもせずに、ババーン! 大きなドアを開いた。




