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白猫は不器用騎士様に恋をする 第一部完結!  作者: 春志乃
第2話 騎士団の雑用係
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2-4



「君がよければなんだが」


 グレースが不思議そうにジルベールを見つめる。


「ここで、この第三師団で雑用係をしないか?」


「雑用、係?」


 ぱちぱちと長いまつ毛が揺れた。今になって彼女はまつ毛も真っ白なのだと気づいた。


「ああ。その、見ての通り、今、あまり片付いていないだろう? 埃っぽいし」


 ジルベールの言葉にグレースがおずおずと部屋の中を見回した。

 最低限の掃除はしているが、忙しい身であるため行き届いていないのが現状だ。


「敷地内にいくつか建物があったのは分かるか?」


「はい」


「そのすべてではなく、この建物、第二塔の雑用係だ。掃除と仮眠室や備品の管理といったもろもろの雑務が主な仕事なんだ。実は前任のじいさんが、先月、退職してしまったんだ。階段も多いから、膝が痛いと前から言っていてな」


「まあ、お膝が……確かにここは膝の悪いおじいさんには少し大変かもしれませんね」


 彼女は心から同情している様子だった。

 膝以外、特に頭と口は達者なクソ爺だったので、彼女が同情するような爺ではないのだが、言わなければ分からないとジルベールは頷いた。


「それで後任を探していたんだが、忙しくてなかなか。だから、どうだろうか。うちなら通いで良い。母親と幼い弟と妹がいるなら、住み込みは不安だろう?」


「通い……」


 グレースの興味が引けている確かな手ごたえを感じて、内心、拳を握りしめる。


「ああ。月給は十五万ペル。朝は八時までに来てくれれば何時でもいいが、日暮れまでには帰れるように季節の日没時間に合わせて退勤してくれてかまわない」


 ゆっくりとグレースがソファに座りなおしてくれたので、ジルベールも中腰からソファへと戻る。


「ほ、本当に十五万ペルも?」


「ああ。ちなみに週に一度、必ず休日をとってくれ。有給や傷病休暇、看護休暇とかそういう制度も利用できる」


 グレースの顔がみるみる内に輝いていくが、はっと我に返ると申し訳なさそうに顔を伏せた。


「でも、私……騎士団なんて立派なところで働けるような」


「いや、君なら全然大丈夫だ」


 なにせ前任のクソ爺は咥え煙草が標準装備ですぐにさぼるし、女性騎士の尻を追い回すし、見習いをそそのかしてはカードゲームにいそしみ、男性騎士たちとは猥談に興じ、好き放題していた。だのに仕事だけはきちんとこなしていて、どういうわけか女性騎士にも、他の騎士にもなんだかんだ好かれていたのだが。ジルベールも嫌いではなかった。


「母は体が弱くて働けないんです。だから私が稼がないといけなくて……本当に、本当にいいのですか?」


 すがるような眼差しに、心臓が跳ねる。

 ジルベールは咳ばらいを一つして、平静を装いながら頷く。


「もちろんだ。騎士として、剣に誓って嘘じゃない」


「あ、ありがとうございます……っ!」


 感極まった様子の彼女が立ち上がり深々と頭を下げた。

 スカートを握りしめる手が震えているのに気づいて、家族を養わなければいけない立場で職を失い、どれだけ不安な日々を過ごしていたんだろうと申し訳ない気持ちになった。

 彼女のその細い手も、日々の仕事や家事で荒れているのが見て取れる。


「いつからなら、働けるだろうか?」


「いつでも、今からだって大丈夫です!」


 顔を上げた彼女がはきはきと告げる。


「さすがに今日からは大変だろう? なら準備をして明日から、とりあえず今日は雇用契約書を事務局に頼んで……そういえば、あいつ、どこまで茶を淹れに行ったんだ?」


 まったく帰ってこない補佐官を唐突に思い出して首を傾げた。

 すると噂をすればなんとやら、ノエルがようやく戻って来た。


「良かった。まだいてくれたんですね。すみません、最後の茶葉を爆発させてしまって……食堂に頼みに行っていたんです」


「茶葉って爆発するのか?」


「不思議ですよね」


 にっこり笑ってジルベールの問いを封じ込め、ノエルはテーブルに三人分の紅茶とたくさんのクッキーが盛られた皿が置かれた。グレースも座りなおす。


「それで、ジルベール。ちゃんと謝罪はしたのですか?」


「もちろんだ。それで彼女は現在、次の仕事を探しているというので、爺さんの後任を頼んで了承してもらったところだ」


「本当ですか? それはよかった! 後任を見つける暇もなくて、困っていたんですよ」


 どうしてもという時は見習い騎士にしてもらっていたが、彼らは本来の仕事が別にあり、覚えるべきことがたくさんあるのだ。いつまでも借りているわけにはいかない。


「明日から来てくれるというので、契約の話をしようかと思っていたんだ」


「なるほど。じゃあ、僕が事務に行って必要書類をもらってきますね」


 そういって座ったばかりのノエルは立ち上がり、再び部屋を出て行った。


「あいつが戻って来るまで休憩だ。よければ菓子も食べてくれ」


 ジルベールが紅茶のカップを手に取りながら言えば、グレースはおずおずとクッキーに手を伸ばした。

 小さなクッキーを両手でもって、なんだか可愛らしくかじりつく。

 すると白い三角の耳がぴょこぴょこ動いて、紫色の瞳がきらきらと輝く。長い尻尾がご機嫌にぴーんと立って、思わずむせそうになるほど可愛い光景だった。

 一枚のクッキーをたっぷりと時間をかけて味わいながら食べた彼女は、だがしかし、紅茶は飲むのに、もう一度、クッキーに手が伸びることはない。


「……もっと食べてもいいんだぞ?」


 するとグレースは、困ったように眉を下げた。


「…………」


 何か言い淀む彼女に、なんとなくだが、彼女が躊躇する理由が分かった気がする。


「……弟と妹に申し訳ないか?」


 ぱちり、と彼女が瞬きを一つした。図星だったようだ。

 自分だけ美味しいものを食べるのは気が引ける。とくに彼女からしてみるとクッキーなんて贅沢品なのだろう。

 かつてのジルベールも似たような気持ちを抱いたことがあるから分かる。


「君は見舞金をといっても受け取ってくれはしないだろう? だったら、こんなもので悪いがこのクッキーの残りは見舞金として持ち帰ってくれ。せめてものお詫びだ」


「わ、私の不注意でもあるのですから見舞金なんてとんでもないです。でもお仕事を紹介して頂いたのに」


「いいんだ。俺もノエルもこんなにたくさんは食べられないから」


「……でしたら、その、ちょっとだけ」


 彼女は嬉しそうに目元を緩ませた。きっと、喜ぶ弟妹の姿を想像したのだろう。

 なんだか菓子屋の一軒も買い与えたくなってしまう可愛さだなと変に感心してしまった。

 それからノエルが戻ってきてから、契約書を確認してもらい、詳しい建物内の説明と仕事は明日ということになった。

 遠慮するグレースにクッキーを全部持たせて、ジルベールは門まで彼女を見送った。

 執務室に戻れば、ノエルがせっせと書類を片付けていた。肩書が上に行けば行くほど、書類が増えるのはなぜなのだろう。


「ああ、おかえりなさい。よかったですね、憂いが晴れて」


 ジルベールに気づいたノエルが顔を上げて微笑んだ。


「そうだな。少しでもお詫びになればいいんだが……ところで忙しいのは分かっているんだが、うちで雇う以上、遠慮はいらない。あの嘘つき女将を調べてくれるか?」


「そうですね、そもそも見舞金として渡されたお金を着服したのなら、それはそれで罪に問われますからね、調べておきます」


 ノエルがにこにこ笑って頷いてくれた。


「忙しいところ悪いな」


「お互い様ですよ」


 そういって肩を竦めた補佐官にジルベールは「ありがとう」とお礼を口にする。


「僕へのお礼は書類を片付けていただければ、結構ですから」


 抜かりない補佐官にジルベールは、グレースのクッキーに喜んでいた可愛らしい姿を思い浮かべて心を慰め、再び書類の山と向き合うのだった。

 



 グレースははずみそうになる足取りをなんとか平静に保ちながら、今朝までとは正反対の心持ちで家を目指していた。

 まさか、あのジルベールに会えて言葉を交わせただけではなく、仕事まで見つかるなんて、やっぱり女神様はグレースを見守っていてくださったのだ、と胸が熱くなる。

 十五万ペルももらえるなら、十万を返済に、残りの五万でなんとか生活ができる。夜は家にいられるようだから内職を増やせば大丈夫だ。最近は母の調子もいいし、内職もはかどっている。

 それに何より憧れのジルベールの傍で働けるなんて、と頬が勝手に緩む。

 今日もやっぱりジルベールは格好良かった。

 つやつやの黒髪も少し日に焼けた肌も男らしくて、切れ長の青い目はとても綺麗だった。

 それになによりグレースの不注意だった怪我をまるで自分のことのように心配してくれた。やっぱりグレースが恋に落ちた時に見た転んだ子どものへの優しさは本物だったのだ。


「ご迷惑にならないように、頑張らなきゃ」


 家に帰ったらすぐに作りかけの新しいエプロンも仕上げなければ。

 それにこのクッキー。甘いお菓子なんて本当に久しぶりだ。ロビンとミシェルの喜ぶ顔が目に浮かんで、ますますグレースは顔を綻ばせるのだった。


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