魔術師の偏愛
本日は朝、夜、7時にそれぞれ更新予定です。
「まあ、騎士連中が?」
ジゼルはとある酒場の地下の部屋で眉根を寄せた。
向かいのソファに腰かける魔術師――コンラートはおっとりと頷いた。
コンラートは、この酒場のオーナーであるアンガスから紹介された。アンガスは酒場を経営する裏で金貸しを行っていて、ジゼルも彼に金を借りていた。
借金返済のために美しく若い娘を売るのに一番良いところはどこかと聞いた折に、彼が気に入れば一番金を出すだろう、とコンラートを紹介された。
コンラートは魔術師でありながら、魔術師ギルドに所属していないいわゆる野良と呼ばれる魔術師だ。
魔術師は貴重な魔法薬を精製したり、魔法を使うことができるため、大切に保護され、魔術師相当の魔力があると分かった時点で生活も保障される。
大抵が生まれた時に行われる商業ギルドでの魔力登録で発覚するのだが、コンラートもかつては魔術師ギルドに所属していたそうだ。。
魔力枯渇を防ぐため、魔術師たちは一日の内にできる仕事量も内容も限られている。だが、コンラートはそれが嫌でギルドを出奔し、好きにやっているらしい。
コンラートは手足が長く、いつも猫背でひょろりと細い。目がぎょろりとしていて、少々不気味な男だった。
だが、思いのほか、こっそりと後をつけてその姿を確認させた忌々しい猫娘――白猫のグレースに興味を示し、妻として迎えたいと言い出したのだ。しかも初めて顔を合わせた際に、更に気に入ったようで、紹介料としてジゼルに五百万ペルもくれるというのだ。これに乗らない話はない。
「僕のグレースの周りをうろうろしている」
「たしか、あの娘は騎士団で仕事をもらっているんだったわね」
ジゼルは舌打ちとともにそう吐き出した。
ジゼルが紹介状もなしに首にしたので、ろくな仕事には就けまいと高みの見物をしていたのに、あの猫娘は経緯は知らないが食堂に女給の二倍の給与をもらえる騎士団での仕事を手にしたのだ。
「お前を騎士団は調べているようだ」
「あたしを?」
「お前、ジルベールがよこした見舞金を着服したんだろ」
思いがけない指摘にジゼルは息を吞んだ。
「素直にグレースに渡しておけばよかったものを。そのはした金が着服されたことで騎士団はお前を調べた。向こうは既にお前の姉のリゼルに接触しているぞ」
「なっ」
「グレースにもお前が接触したことはばれている。このままでは近いうちにグレースが騎士団の奴らに保護されてしまう」
コンラートは苛立たしげに親指の爪を噛む。
「それに今夜はまだグレースが騎士団から出て来ていない……っ。いつもはもう帰っている時間なのに……!」
「き、騎士団の中には入れないの? あなた、あの娘になんか付けていたじゃない」
「監視虫だ。僕が作った魔道具だ……! でも忌々しいことに、騎士団にはそういったものの侵入を防ぐ魔術結界が張られていて、覗けば即座にばれるし、おそらく破壊される。クソッ、どこにいるんだ、グレース」
コンラートはますます爪をがりがりと嚙みながら、忙しなく貧乏揺すりまで始めた。
ぎょろりとした目を閉じて、何かの情報を得ようとしているのが薄い瞼の下で動く眼球から見て取れる。
ただならぬ様子にジゼルはひじ掛けを知らぬ間に強く握りしめていることに気づいた。後ろへ視線をやれば、ローが怯えたようにコンラートの様子をうかがっている。
パンッと突然、部屋の隅に飾られていた花瓶が割れた。粉々になった花瓶があたりに散らばり、ジゼルとローは揃って短い悲鳴を上げた。
「ま、魔力が、暴走してるんだ……っ!」
ローが引きつった声で叫んだ。
ジゼルは立ち上がり、部屋を出ようとしたが鍵がかかっていてドアはびくともしない。ここは地下なので窓からは逃げられない。
ローを盾にするようにしてソファの背に隠れる。
花瓶の次に被害にあったのは壁にかけられていた裸婦の絵でひもが切れて、床に落ち高価そうな額縁が壊れた。その次が飾り棚と部屋の調度品が次々にコンラートの魔力によって壊されていく。
「うぐっ!」
ローがうめき声を上げた。ジゼルに覆いかぶさっていたローの二の腕に切り傷ができた。まるで剣で切れたかのようにすっぱりとした傷で、赤い血がじわじわとローのシャツにシミを作る。
「もう! なんなのよ!」
ジゼルが半泣きで叫んだその時、コンラートが「いた!」と叫んだ。
おそるおそるソファの背もたれから顔を出すと、何もない空中を見つめながらコンラートが笑みを浮かべていた。その笑みのおぞましさにジゼルは首を引っ込めた。
だが、コンラートが立ち上がる音がして、すぐにぎょろりとした目でコンラートがソファの背もたれからジゼルたちをのぞき込んでくる。
「行くぞ、迎えに行く。グレースを迎えに行くんだ」
「お迎えは明後日の約束じゃ……」
「グレースは顔色が悪い。心配だ。きっと騎士団で何かいじめを受けているんだ……!」
どう考えてもグレースの顔色が悪いのは、騎士団のせいではなくコンラートとの結婚が嫌だからに違いないのに、と思ったがジゼルは何も言わずに立ち上がる。ローが傷を手で押さえながら続けて立ち上がった。
「あたしは五百万ペルもらえるならなんでもいいわ」
その言葉にコンラートはさっさと部屋を出て行く。鍵が閉まっていたはずのドアはあっけなく開いた。もしかするとコンラートの魔力暴走で開かなくなっていただけなのかもしれない。
「ほら、ぐすぐずしてんじゃないわよ。行くわよ、ロー」
「……う、うん」
「これでも巻いときなさい」
ジゼルは舌打ちをして、ハンカチを取り出し、仕方がないのでローの二の腕に巻き付けた。ローが小さな声でお礼を言うのを無視して歩き出す。
部屋の中はまるで嵐が直撃したかのようだった。
本日、19時に第6話 6-1を更新予定です!




