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悪女の企み



 猫という生き物が嫌いだ。

 かつて、まだ何も知らない少女だった頃、好きな人がいた。

 二つ年上の幼馴染で面倒見がよくて、優しくて、快活に笑う顔が好きだった。

だが、その人は美しい黒猫の猫獣人と結婚した。

 それが、姉のリゼルだった。

 そう、女将のリゼルは、リゼルじゃない。本当の名前は、ジゼル。

ジゼルとリゼルは、種族は違うけれど双子の姉妹だった。父方の祖母が猫獣人で、姉は祖母と同じ黒猫の猫獣人だった。

 種族は違うけれど、二人はそっくりだった。耳と尻尾がなかったら親でも見わけもつかないくらいに。

 もし姉が縞模様を持つ猫か、あの娘のような白猫だったら色だって違ったかもしれないけれど、ジゼルとリゼルは同じ色だった。

 だが、出来損ないのジゼルと違って、姉は成績も優秀で学校を卒業後は税理士として働いていた。一方のジゼルは一度、結婚したけれど浮気がバレて離婚。慰謝料は親が立て替えてくれたけれど、それを手切れ金代わりに勘当された。

 幼いころからずっと出来の良い姉と比べられ続けて、うんざりしていたから清々した。

 それからは酒場で働きながら、男の家をふらふらと渡り歩いて、気が付けば借金は膨れ上がっていた。

 もう四十になって、昔のように男は釣れなくなってきた。

 ローは、三年ほど前に酒場で出会って、それ以来、まるで下僕のようにくっついてくる。金を稼ぐ能はないが、何かと便利なので傍にいるのを許している。

 借金取りがうるさくておちおち寝てもいられず、ジゼルはお人よしの姉の下を訪ねた。

 まだ税理士としてバリバリ働いている姉は、事務所の彼女の部屋に案内してくれた。

 真面目な姉は、勘当された以来ぶりに会いに来た妹の借金にあきれ返っていたけれど、馬鹿真面目だからこそ、馬鹿真面目に借金返済の計画書を作り始めた。

 それに飽き飽きし始めた頃、事務所に来客があって姉が席を外した。その時、姉のデスクの山積みの書類の中に、母の姉である伯母のドーナからの手紙を見つけた。

 なんとなくその手紙をスカートのポケットにしまった。

 戻ってきた姉が口うるさく寄越した申請書や計画書を手に事務所を後にして、家に戻ってから手紙を確認した。

 伯母のドーナは、母とは年が離れていて大分高齢だ。王都の下町で食堂を営んでいて、財産分与の話かと思ったのだ。

だが、それは高齢のため、食堂を切り盛りするのが難しくなり、姉に経営権を譲渡したという内容の手紙だった。

 長年勤めてくれている従業員ばかりなので、リゼルは名ばかりでも構わない、というようなことが書かれていて、これだと思った。

 さっそくリゼルのふりをした。伯母のドーナは大分目が悪くなっていてジゼルの作り物の猫の耳には気づかなかった。冬だったので尻尾はコートを着ればあるかないかも分からなかった。

 そして、伯母から委任状をもらって、商業ギルドに行った。

 そこにジゼルが楽しく遊んでいたころの男がいたから、利用させてもらった。妻子にばらされたくなければ、手続きをして、と笑ったらその男は、青い顔で素早く手続きを済ませてくれた。

 そしてジゼルは、晴れて春の小鳥亭の女将・リゼルになった。

 春の小鳥亭は、下町ではかなり人気の食堂で昼の営業のみなのに、経営は黒字だった。

 借金の片に経営権ごと店も売り飛ばそうと思っていたが、従業員に丸投げしておけば利益は勝手に出る。その分を返済したほうがいいと気づいて、そのままにした。

 それにドーナが「お礼に」とくれたお金で借金の半分を返済することができたし、毎月、決まった額が返済できるようになったので借金取りは何も言わなくなった。

 だが、そこには真っ白な猫がいた。

 貧しい暮らしのせいでとっくに成人しているのに、『特異成長』をまだ迎えていないために幼い少女にしか見えないような真っ白な猫獣人の女だ。

 何やら訳アリのその猫娘は、同僚にも常連客にも大事にされていた。裏表がなく明るく聡明で、可憐な愛らしさがあった。

 ただの娘ではないことは、外国からの客人にもいくつかの言語を軽快に用いて相手をしていたことからも分かる。


 まるで姉のようだ。


 頭もよくて、誰からも好かれて、家族に愛されている。

 だから、いじめてやった。給料を減らしてやったり、食堂の残りを持ち帰るのを禁止してやったり。それでも家族を養う猫娘は辞めるわけにはいなかいから、女将であるジゼルに逆らうこともなく、黙々と働いていた。

 でも、あの日、庶民が暮らす下町を守護する第三師団の師団長と補佐官が来店したのに、あの猫娘はわざと怪我までして騒ぎを起こした。

 だから勢い余って首にしてしまった。苛立ちを向ける相手を失ってしまったことを後悔したが、いなければいないで視界に入らないので、まあいいかと思っていた。

 従業員たちは何か文句を言いたげだったが、彼らにだって生活があるし、紹介状を書いてもらえないと分かっているので、何も言ってはこなかった。

 だが、数日後、用事があって商業ギルドに行った時、そこに変貌を遂げたグレースがいた。

 真っ白な髪、真っ白な猫の耳と尻尾、透けるように白い肌、美しい紫の瞳。それは変わらなかったが、あどけなかった少女は、清楚な色香をまとった美女へと成長していた。

 安い古着に身を包んでいるが、すらりと伸びた手足はしなやかで、細くくびれた腰と豊かな胸のふくらみ。その体つきは女から見ても魅惑的だった。

 仕事が決まらない様子で、憂い顔の猫娘を、周りの男たちが鼻の下を伸ばしている。相手をしている男性職員だけがきりっとしていて、よほどの堅物なのだろう。

 理由なんてなんでもよくて、でも、なかなか良い理由が見つからなくていらいらしていた時に見つけたのが、ドーナが残して行った本の間に挟まれた花瓶の鑑定書だった。

 従業員の休憩室に何の気なしに置かれていた花瓶が、本物か偽物かは知らないが高価だと知り、これは使えると思った。

 かなりの理不尽であることは承知の上だったが、弟に借金取りをけしかけると言外に伝えれば、猫娘は蒼白な顔で借金の返済を了承した。

 ジゼルは酒場を経営する気はないが、ジゼルの借主であるアンガスが経営する酒場の内の一つが娼館のようなサービスを行っていて、グレースをそこで働かせてやろうと思ったのに、拒否された。

 だが、真面目に毎月、十万ペルを返済する気ではあるようなので、いいかとは思うのだが、あの猫娘にはもっと価値があるように思えるのだ。


「ねえ、ロー。あの娘、売ったら良い値がつくと思わない?」


「で、でも……」


 ローはおどおどして視線をさまよわせている。


「アンガスに相談してみましょ。借金もあたしのこれからの生活費もあの子に払わせるの」


 そう言って微笑んだあたしに、ローは「う、うん」と不安そうに俯いた。


「きっと借金を返したっておつりがくるほどの値段になるわ」


 年齢が二十歳と少しとうたっているが、そうはいってもあの美しさなら、間違いなく良い値が付くに違いなかった。


「うふふ、良いお金になったら猫のこと、好きになれるかもしれないわねぇ」


 ジゼルの言葉にローは、やっぱり怯えたように俯いたまま何も言わなかった。



本日19時にもう1話(第5話 5-1)を更新予定です。

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