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白猫は不器用騎士様に恋をする 第一部完結!  作者: 春志乃
第4話 貴方の春を願う
17/29

4-5



 ジルベールは、自らが選んだ淡い黄色のカードに妹へのメッセージを書き込む。

 レジカウンターの横にきちんと小さなデスクがあって、ペンもインクも用意されていた。そこで書き込めるようになっていた。きっと贈り物に添える人が多いのだろう。

 ちらりと見れば、グレースはぬいぐるみを嬉しそうに抱える妹と手をつなぎ分厚い本(旧法律全書)を同じく嬉しそうに抱える弟の話を聞いていた。

 グレースの弟であるロビンは、将来、弁護士になりたいらしく、この店のどこから見つけてきたのか、この国の古い法律が記された本を持ってきた。

 ジルベールは「新しいもののほうがいいんじゃないか」と言ったのだが、新しいものは学校の小さな図書室にあるからいいのだという。その新しいものと、これを見比べて、どう法律が変わったのか、どうして変わる必要があったのかを知りたいそうだ。

 ジルベールとて父親のせいで学校を途中で辞めざるを得なかったが、それでも読み書きはできるし、計算だってできる。戦術書や剣術の本などは好んで読むし、騎士としてある程度の法律とそれに伴う罰則や刑罰は頭に入っているが、今と昔の法律の違いなんて考えたこともなかった。


「ミシェル」


 おいでおいでと手招きすると、姉に声をかけて手を離してもらい、クマを抱えたミシェルがとこととやってくる。

 しゃがみこんでカードを見せる。


「……『ソフィアへ お誕生日おめでとう。君がずっと、笑顔でいますように ジルベールより』と書いたんだが、どうだろうか?」


「うん。いいとおもう。カードもかわいい」


 ミシェルの許可を得てほっとする。書きあがったメッセージカードをカウンターの向こうにいる女性に渡せば「お預かります。少々お待ちください」と笑って、奥へ行った。贈り物と一緒に包んでくれるらしい。


「……なあ、ミシェル」


 きょとんと若草色の大きな目がジルベールを見上げる。

 色こそ違うが、ミシェルとグレースは母親似なので姉妹もよく似ている。

 邪魔にならないよう少しカウンターから離れてミシェルの前にしゃがむ。


「君のお姉さんに、お礼をしたいんだが、ここにあるもので喜んでくれるものはどれだろうか?」


「ねぇねに?」


「ああ。君のねぇねに」


 ミシェルはクマを撫でながら、うーんとねぇ、と悩み始めた。

 ミシェルがちらりとグレースを見た。グレースは何やら本を開いているロビンの手元をのぞき込み、文章を指でたどって、何かを話している。


「……あのね、ねぇねのおてて、いたいのかわいそうだからね、おくすりほしいの」


 ミシェルがしょんぼりと耳を伏せた。

 おててがいたい、とはとジルベールはグレースの手元をよく見る。

 グレースの細い手は、荒れていた。貧しかったころのジルベールの母の手と同じように水仕事で手が乾燥して荒れてしまっているのだろう。

 そういえば先ほどジルベールの頬を撫ぜたグレースの手は、少しジルベールの皮膚に引っかかった。

 だが、その少し冷たい指先を持つ手は、とてもとても、泣きたくなるほど、優しかった。

 ジルベールの半生を話し終えると、グレースは静かに泣いていた。

 紫色のアメジストのような瞳から、ぽろぽろと透明な涙がとめどなくあふれているのに、ジルベールが声をかけるまで彼女は自分が泣いていることにさえ気づいていなかった。

 どうしたのだと、どこか痛いのか、こんな話を聞かせてすまないと慌てるジルベールにグレースは「ちがいます」とそればかり繰り返した。何が違うのか、ジルベールには分からなかった。

 だが彼女はジルベールの頬をその働き者の手で包んで、冬はいつか終わりが来ると告げた。


『……だから、どうか、貴方に暖かな春が、訪れますように』


 そして、祈るような言葉を紡いで微笑んだ彼女は、ジルベールがこれまで目にしてきた誰よりも、何よりも美しかった。

 なんだか無性に泣き出したような気持ちになった。

 どんなときだって、父のせいで次から次へと降りかかる困難を前にしても、仕事でどんな大怪我をしても、涙なんて流さなかった。

 なのに、あの細い手が頬を撫でて、彼女の美しくて優しい微笑みを目にしたとき、ジルベールは泣いてしまいそうだった。ミシェルが戻ってくるのがあと少し遅かったら、多分、本当に泣いていた。


「……しだんちょーさん? おくすり、だめ?」


 不安そうにこちらを見上げるミシェルに、遠いとことに飛んでいた思考を引き戻す。


「だめじゃない。確かここにもあったはずだ。一緒に選んでくれるか?」


「うん!」


 ミシェルが嬉しそうに頷いた。


「ロビン、少しミシェルを借りてもいいだろうか?」


 とにかくジルベールを警戒している弟のほうに声をかけると、ロビンは顔をしかめながら少しの間を置いて頷いてくれた。

 美しい姉と可愛い妹を守っている彼は立派だ。

 ジルベールはお礼を言って、心配そうにしているグレースに小さく笑みを向け、ミシェルと共に目的の棚へと向かった。

 ミシェルでは見えない位置にあったので、ひょいと抱き上げて見えるようにする。片腕でもあまるほど、ミシェルは小さくて軽い。

 妹を抱き上げたことなんてないけれど、あの子もこんなふうに小さく軽いのだろうか。


「きれいねぇ」


 手指を保湿する軟膏は、どれもこれも可愛らしい容器に入っていた。

 丸っこい陶器の器に入っていて、色付けされたそれは花畑のように鮮やかだ。

 花やミシェルの抱えるぬいぐるみのような絵が描かれたものや、陶器製の立体的なリボンや綺麗にカットされたガラスがついていたりと様々だ。

 その中で、ふと目に留まったものがあった。

 深い青の陶器のそれは、蓋の部分にスノーヴィオラが描かれていた。

 真っ白な花は中心だけが紫色で、まるでグレースみたいだった。ジルベールはそれを手に取りミシェルに見せる。


「これは、どうだろうか」


「ねぇねみたいで、きれい!」


 ミシェルから合格をもらえたので、ミシェルを抱えたままそれをもってレジカウンターへ行き、支払いを済ませてついでに包んでもらった。

 彼女たちのところへ戻れば、二人は熱心に法律書を読み込んでいた。


「お姉ちゃん、この魔獣討伐独占法ってなに? 今はないよね」


「この法律は今から二百年ほど前に制定されたのだけれど、当時の王族と貴族だけが魔獣を討伐することを許可する法律なの」


 グレースがすらすらと答えたことにジルベールは驚いて声をかけるのをやめる。


「でも当時だって冒険者もいたよね?」


「ええ。魔獣から得られる毛皮や魔石があるでしょう? そういうものは物によってはとても高く売れるから、それを独占しようとした法律なの。貴族や王様自身が討伐に行くことはない。冒険者や腕の立つ狩人を雇って、討伐させるの。でも、魔獣の脅威はいつだって暮らしの傍にある。特に森の傍で暮らす人々にとってはね。自分たちの安全のために魔獣を討伐しないといけないのに、貴族ではないからできない。かといって討伐を依頼するには時間もかかる。その結果、多くの被害が各地で出てしまったの」


「……もしかして、だから冒険者ギルドは独立したの?」


「そう。当時の王家の第二王子であらせられたマクシム殿下とギルドマスターであったレオナルド様、このお二人が協力して王家直属の組織であった冒険者ギルドを独立させたの。もちろん、そこに至るまでには色々とあるのだけれど、そのおかげで、人々は自由に魔獣を討伐できるようになって、被害が少しずつ減っていったのよ」


「……そうなんだ」


 ロビンは真剣に手の中の本の文字を辿る。

 なんだかますますグレースの謎が深まる。騎士団の雑用係にしておくにはもったいないほどの賢さだ。


「ねぇね、にいに、なんのおはなししてるの?」


 腕の中のミシェルが問いかける。


「法律のお話だよ。ミシェルにも教えてあげようか?」


 ロビンが生き生きと答えるがミシェルは「いらない」とすげなく返す。ロビンは面白いのにと唇を尖らせたが、五歳児には難しい話だろう。


「待たせたな。そろそろ昼飯の時間だし、屋台で何か食べよう。本当に助かったからごちそうさせてくれ」


「いえ、そんな。弟たちに本とクマさんを買って頂きましたし」


 グレースが首を横に振った。


「いいんだよ。俺がしたいからするんだ。俺の自己満足に付き合ってくれ……ああ、包み終わったみたいだ受け取って来る」


 お客様、と呼ばれてジルベールはミシェルを下ろし、綺麗に包まれた贈り物を受け取りに行く。配送はしているか、と尋ねるとそれもしているとのことだったので、妹の分は伯爵家に届けてもらえるように手配し、必要な金を払う。


「こちらはどうされますか?」


「これはもらっていく」


 小さな箱に入れられ、リボンをかけられたそれをポケットに入れて、礼を言い、グレースたちのところへ戻る。

 行こう、と声をかけて雑貨屋を後にした。

 屋台がたくさん出ている市場のほうへ行き、昼食を買い求めた。ジルベール達はその場で食べたが、彼女たちの母親分は包んでもらった。

 グレースは恐縮しっぱなしだったが、ロビンとミシェルは肉料理をそれこそ美味しそうに食べていた。

だが、あまりに恐縮するグレースにポケットの中のそれを渡す機会を失って、結局、この日は彼女たちを家に送り届けて終わりになってしまった。


「……折を見て渡そう」


 午後の紅茶を持ってきてくれた時にでも、今日のお礼だと言って渡せばいい。とそう決意してジルベールは騎士団へと帰るのだった。






 リビングの片隅で黙々と買ってもらった本を読みこむロビンと母の膝を枕にぬいぐるみを抱きしめて眠ってしまったミシェル。

 グレースとセリーヌの手は針を持ち、ほつれた袖や裾を丁寧に直していく。

 なんだか夢みたいな一日だった。

 ジルベールと一緒に買い物に行って、昼ご飯までごちそうになってしまった。

 弟も妹もお腹いっぱい食べられて幸せそうで、なによりジルベールが買ってくれた本とぬいぐるみは彼らにとって何よりの宝物になったようだった。


「師団長様は素敵な方ね」


 おもむろにセリーヌが言った。

 帰り際、挨拶をしてくれたジルベールを母はいたく気に入ったようだった。二人は初対面ではないが、あの時、セリーヌは高熱で意識が朦朧としていたので、きちんと話ができたのは今日が初めてなのだ。


「ええ、素敵な方よ」


 グレースはなんでもないことのように返す。事実、ジルベールは素敵な方だ。

 真面目で優しくて、騎士として立派に務めを果たし師団長という地位にいる。誰に聞いたって素敵な人と答えるだろう。


「まだ独身なのでしょう? お母さんですら師団長様の浮いた噂なんて聞いたこともないし」


「そうね、真面目な方よ。だけど、私にはもったいない方よ、お母さん」


 母の言わんとしていることが分かって、グレースは先手を打った。

 セリーヌはつまらなそうに唇を尖らせた。時折、少女のような顔を見せる母のこういうところを父は溺愛していた。


「でも、わざわざお休みの日にグレースを訪ねてきたのよ? あなたに気がある証拠にならないかしら」


「ならないわよ。他に頼みやすい方がいなかったんだと思うわ。今、大きな事件を追いかけているみたいで、皆さんお忙しそうだもの。師団長様も私たちを送り届けた後、お仕事に戻ると言っていたし……」


「グレースは、師団長様のことが好きでしょう?」


「ええ。好きよ。だって素敵な方だもの。町の娘たちの憧れの人なのよ」


 グレースは穏やかに微笑んで答えた。


「それに困っていた私に手を差し伸べて、お仕事まで下さった。これ以上の恩人はいないわ。これからも誠心誠意お仕事を頑張って、少しでも師団長様や第三師団の皆様の助けになれるよう頑張るわ」


 暗にこの話はおしまいよ、という意味を込めて「ね?」と首を傾げれば、セリーヌは口をつぐんだ。


「…………師団長様以外でもいいのよ」


「もう、お母さんたら。でも、好きな人ができたらちゃんと教えるから、待っていて。今はお仕事をこなすのに必死なんだもの」


「絶対よ?」


「ええ。お母さんもそろそろ横になったら? ロビンも寝る時間よ。明日からまた学校でしょう?」


 グレースの言葉に母が「そうね」と頷くロビンも素直に本を閉じた。

 グレースは針を服に刺してテーブルに置き、ミシェルを抱き上げた。すよすよと気持ちよさそうに眠る妹は、ちょっとやそっとじゃ起きないのだ。

 隣の寝室へと妹を運び二段ベッドの下段の壁際に寝かせる。寝る時も隣に置きたいようで、ロビンに頼まれて分厚い法律書を上段の彼の枕元に置いた。ロビンはするするっとはしごを上る。


「おやすみない、お姉ちゃん」


「ええ、おやすみ。ロビン、お母さん」


「おやすみ、グレース」


 寝る前の挨拶をして、グレースは寝室を後にする。

 リビングへ戻りソファに腰かけ、やりかけの繕い物を再び手に取る。

 袖のほつれをすいすいと直していく。

 静かな部屋でグレースはジルベールを想う。

 もともと望みなんてない恋だったけれど、ジルベール自身自らの言葉で終わりを告げてもらったような気がする。

 今日は気持ちを切り替える日だと決めていた。

 グレースのこの気持ちは、心の奥に大切に大切にしまっておこう。ジルベールの迷惑になるのだけは本意ではない。

 優しい彼はグレースのこの気持ちを知ったら困るに違いない。雑用係にそんな思いを抱かれたって迷惑でしかないだろう。

 雑用係として、せめて彼の役に立てるように頑張ろう。

 だから、悲しくない。

 そう自分に言い聞かせながら、頬に流れるものを乱暴にぬぐって、グレースはひたすたに繕い物を片付けるのだった。



明日は、幕間と第5話 5-1をそれぞれ、朝、夜、7時に更新予定です。

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