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雑用係のワンピースは、まるで貴族のお屋敷に勤めるメイドさんのようなワンピースだった。色は濃いグレーで白い丸襟が可愛い。そこに付属の白いエプロンを身に着ければ、本当にメイドさんみたいだ。
「ジルベール様には感謝してもしきれないわ。お仕事、頑張らなきゃ」
出勤後、休憩室で着替えを終えたグレースは、今日も気合を入れ直し、仕事に精を出す。
グレースはまず三階から降りるついでに廊下と階段の掃除をする。箒で掃き清めながら降りていくのだ。
一階に到着したら集まったごみを塵取りで集めてエプロンの腰ひもにひっかけているごみを集める袋に入れておく。
そして次に応接間の掃除をする。空気を入れ替え、ほうきで掃き清め、テーブルを拭いてソファも汚れていないか確認し、お花の水を交換する。
それが終わったらエントランスの掃除だ。八時近くなると日勤の受付の事務員が出勤してくるので朝の挨拶を交わし、夜勤の事務員を見送る。
基本的に騎士の仕事に休みはない。三交代制で常に誰かいるので、掃除をしていると誰かどうか声をかけてくれ、挨拶をする。
エントランスの掃除が終わったら、トイレ掃除をして、二階へ行く。
会議室の利用時間を扉横の黒板で確認してその後の予定を決める。大体、朝一番で朝礼会議が二部屋ある小会議室の内、片方に入っている。
「今日は第一会議室ね」
メモを取って、とりあえず三階に戻る。
執務室横の仮眠室にノックをしてから入る。今日は珍しくジルベールもノエルも自宅に帰ったようで、二つあるベッドは昨日、グレースが整えた時のままだった。
普段ならここでシーツや枕のカバーを替えるのだが、今日は必要なさそうだ。空気の入れ替えと軽い掃除をして部屋を出る。
いつもはこの後、シーツを抱えて食堂の裏にいく。そこで洗濯ができるのだ。だが今日は不要なので、先に使っていないほうの会議室の掃除をする。
会議室の掃除を終えるとお昼の時間になった。
グレースは休憩室へと戻り、紅茶を淹れて一息入れる。
グレースのお昼ご飯は、ここ数日は何杯でも飲んで良いといわれているこの紅茶だ。一杯分の茶葉を三回ぐらい使って、お腹を満たしている。
借金返済のために切り詰めるべきところは切り詰めなければいけない。
十五万ペルをもらっても、十万は返済に、残りの五万での生活は以前の七万ペルより少ないのだ。家賃の支払いと井戸の共用費に食費と払わなければならないものがたくさんある。
「あと三日でお給料日……最初の返済の日だわ」
膝の上でカップをぎゅっと握りしめる。
ともすれば不安に引っ張られそうになる意識をなんとか浮上させて、大分薄い紅茶に口をつける。
その時、こんこんと休憩室のドアが叩かれる。
「はい。……どうかしましたか?」
カップをテーブルに置いて立ち上がり、ドアを開ける。そこにはノエルが立っていた。
「グレースさん、弟さんと妹さんと思われる子たちが来ていますよ」
「え? ロビンとミシェル……あの、黒猫と灰色猫の子どもですか?」
「はい。丁度、お昼ご飯に行こうとしたところで、門番が知らせに来てくれたんです。何かグレースさんにお伝えしたいことがあるそうです。今はジルベールがそばに」
「すみません、ありがとうございます」
グレースは報せてくれたノエルにお礼を言って、急いで休憩室を後にして階段を駆け下りる。ノエルも後をついてきた。
外へ出て門のほうへ向かうと、ジルベールと門番がいて、しゃがむジルベールの前に弟と妹の姿があった。
「ロビン! ミシェル!」
グレースが駆け寄ると二人が顔を上げ、くしゃりと泣きそうな顔になる。いや、ミシェルはすでに泣いている。
「お、お姉ちゃん!」
「どうしたの? ロビンは学校に行っている時間じゃ……」
「ミシェルがオレを呼びに来て、か、帰ったら、お母さんが……っ」
泣きそうになるのをこらえながら懸命に紡がれたロビンの言葉に息を吞む。
「お母さんがどうしたの? 何かあったの?」
「お母さんが……お母さんがっ」
ロビンはグレースに会えた安心感からか、えぐえぐと泣き出してそればかりを繰り返す。
「君の母君が倒れていたらしい。それで高熱のようだと」
おそらく先に事情を聞いてくれていたのだろうジルベールが教えてくれた。
グレースは、取り乱しそうになるのをぐっとこらえて、えぐえぐと泣いているロビンとミシェルをぎゅうっと抱きしめた。
「そうなのね。もう大丈夫よ、お姉ちゃんがいるんだもの。泣かないで、私の可愛いロビン、ミシェル」
あやすように二人の額にキスをして、グレースはなんとか自分を奮い立たせて立ち上がる。
「あの、師団長様、今日は早退させて頂いてもよろしいですか?」
心配そうに見守っていてくれたジルベールを見上げる。
「当たり前だ。ノエル、後を頼む」
「分かりました。グレースさん、僕が荷物を持ってきますから、ここで待っていてください」
グレースが頷くより早くノエルが翼を広げて飛び立った。そしてなぜか見習い騎士のライリーが御者席に座る馬車が一台、目の前で止まった。
「師団長様? 一体……」
「ほら、早く乗れ」
ドアを開けたジルベールに三姉弟は荷物のようにひょいひょいと載せられた。弟と妹も泣くのを忘れてきょとんとしている。
「住所は?」
「え?」
「住所」
「ええと、師団長様?」
「おい、坊主、住所は?」
混乱するグレースを通り越して、ジルベールがロビンに問いかければ、ロビンは反射的に住所を答えてしまった。
「ありがとう。しっかり座ってろよ」
そういってロビンの頭をぽんぽんと撫でるとジルベールが馬車のドアを閉めてしまった。
「ジルベール、これを」
ノエルの声がした。おそらくグレースのカバンを持ってきてくれたのだろう。
「ありがとう。後は頼んだぞ。皆も仕事に戻ってくれ。行ってくる」
「はっ、行ってらっしゃいませ!」
そんなやり取りが馬車の外で聞こえたかと思えば、馬車はゆっくりと動き出し、だんだんと速度を上げて行く。
グレースは、ガタンと揺れた馬車にミシェルが座席から落ちそうになったのを慌てて抱え、ぎゅっとくっついてくる弟と共に、混乱したまま馬車が止まるのを待つしかできなかったのだった。
当たり前だが馬車はグレースの家の前で停まった。
少ししてドアが開きジルベールが顔を出す。
「着いたぞ。ここでいいか?」
「は、はい」
グレースは呆然としながらも頷く。
「お姉ちゃん、お母さんとこ早く行こう」
不安そうなロビンに、はっと我に返りミシェルを抱えたまま立ち上がる。
「ほら、おいで」
ジルベールがひょいとロビンを下ろしてくれ、次にミシェルを抱いたグレースも軽々と降ろしてくれた。お礼を言ってすぐに家の中へと入る。
母はリビングのソファにぐったりともたれかかっていた。
「お母さん……!」
ミシェルを下ろして、グレースが駆け寄るとセリーヌが顔をあげる。
「ご、ごめんなさい、ねつが、でたみたいで」
弱弱しいセリーヌの笑みにグレースは不安に囚われそうになるのをなんとか笑みを浮かべて振り切る。
「ロビンが騎士団まで来て知らせてくれたの。さあ、ベッドへ行きましょう?」
なんとか母を立ち上がらせようとするが、熱で力が入らないようだった。
「よければ俺が運ぼう」
そう言ってジルベールがやってきて、ひょいと母を横抱きに抱え上げてくれた。
「ありがとうございます、あの、こちらに」
グレースはぺこぺこ頭を下げながら、ジルベールを隣の寝室へと案内する。
体の大きなジルベールには、この家はとても窮屈そうに見えた。
ジルベールが、そっとセリーヌを寝室のベッドに寝かせてくれた。
セリーヌの顔は熱があるのに青白く、こんなにも体が熱いのにまだ熱が上がるのか、寒そうに震えている。ミシェルがベッドに上り母を温めるように脇にぴたりとくっつく。
「ロビン、お水をくんできてくれる? 冷やさないと」
「分かった!」
ロビンが頷いて急ぎ足で部屋を出て行き、ジルベールは「手伝うぞ」と告げてそれについて行ってしまった。
慌てて追いかけようとしたグレースだったがミシェルに「ねぇね、ママが!」と呼び止められて顔を戻す。
母の震えがひどくなっている。薄っぺらい毛布だけでは熱が上がっている今は寒くてたまらないのかもしれない。
グレースは二段ベッド上の段、ロビンのスペースからも毛布を借りて、ミシェルにリビングでグレースが使っているものも持ってくるように頼む。ミシェルは、うん、と頷いてリビングを出て行き、すぐに戻ってきた。
三枚の毛布を掛け、ミシェルも再びセリーヌに寄り添う。
「お姉ちゃん! お医者様が来てくれたよ!」
「え?」
振り返れば、白衣を着た小柄な鳩系獣人族の男性がいた。白髪の混じる灰色の髪に優しそうなたれ目のおじいさんだった。背中にはグレーの翼があった。
「私は第三師団の医療局所属の医者で、ジャンといいます。お母さんを診せてもらってもいいかい?」
穏やかな声にグレースは、戸惑いながらも頷いて場所を譲る。
ジャンと名乗った医者は、床に手に持っていた革製のバッグを足下に置いて母に声をかける。
セリーヌは、ぼんやりとしながらもジャンの問いかけに答える。ジャンは不安そうにしているミシェルの頭をぽんぽんと撫でるとこちらを振り返った。
「季節性の風邪でしょう。喉が腫れているから、スープやパンを柔らかく煮たものを食べさせてあげてください。薬を出しておきましょう」
そういってジャンはしゃがみこむとカバンの中をごそごそと漁って、あれこれ取り出した。
「この粉薬を朝晩一包ずつ食後に飲んでください。こちらの丸薬は頓服で高熱の時に」
「あ、あの」
グレースは顔を青くする。
医者にかかるというのは、もちろんだがお金がかかるのだ。いつもは商店街の薬屋で熱さましを一包だけ買ってきて、しのいでいる。
セリーヌもベッドの中で不安そうな顔をしている。
「では、私はこれで」
ジャンは「お大事に」と告げるとさっさと寝室を出て行ってしまった。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫よ。騎士団のお給料は食堂よりもずっと良いんだもの」
不安そうな弟の頭を撫でて、グレースは薬を母の枕元に置く。
「あ、そういえば師団長様は……? ロビン、ここはお願いね」
そう告げて、グレースは慌てて部屋を出たのだった。




