白猫獣人グレースのこれまで
新連載です。
よろしくお願いいたします。
本日の更新予定
☆7時 はじまりの話、第1話-①
※2話同時更新
☆19時 第1話-②
明日以降は完結まで、毎日19時更新です。
きっと、グレースがおばあちゃんになって「初恋は?」と聞かれたら、迷うことなくこう答えるだろう。
『王都を護る騎士団の第三師団の師団長様だった人よ』と。
うら若き乙女だったころの甘酸っぱい思い出よ、と笑うのだ。
グレースは、そんなふうに考えていたのだが、どうやら現実というのは、随分と想像とは違うものだ。
憧れの第三師団師団長様とあんな衝撃的な出会いをすることになるのだから、人生とは分からないものである。
グレースは、白猫の獣人族だ。
三角の白い猫の耳に白くて長い自慢の尻尾、大好きな母譲りの真っ白な長い髪に紫色の瞳を持つ、二十歳の女性だ。
ただグレースが暮らすエフォール王国では、女は十代後半で結婚するのが普通なので婚期を逃がした行き遅れなのは間違いない。
というのもグレースには二つほど抱えている問題があった。
まず一つ目は、身体的な問題。
というのも獣人族には『特異成長』と呼ばれる他種族にはない、特殊な成長がある。
それが訪れるのは早ければ十三歳。遅くても十八歳までで、一晩のうちに『大人』になるのだ。
獣人族は獣と人の特性を併せ持つ種族で、大部分は人だが耳は獣のもので、尻尾や翼、牙など種族に応じた特徴がある。それに加えて、他の種族より五感が優れている。グレースたち猫系の獣人族は、とくに聴覚が優れている。
獣人族は十一歳ほどの姿で一度、成長を止める。そして、心身が健康で必要な栄養をしっかりと摂ることで、『特異成長』が起こり、たった一晩で体は急成長し『大人』になるのだ。それは生殖機能も成熟したことの証で、子を成すことができるようになったという証でもある。
だが、毎日を必死に食いつないでいるグレースは、二十歳になった今も『特異成長』が起きておらず、未だに十二歳ほどの少女の姿のままだった。
そしてその原因が二つ目の問題だ。
五年ほど前までグレースは、裕福な貿易商のご令嬢だった。
家族思いの父と優しい母、年の離れた弟と妹で、なんの不安もなく、豊かに仲睦まじく暮らしていたのだ。
ところが五年前の秋、一家を悲劇が襲った。あれはひどい嵐の日だった。
遠方へ仕事で出かけていた父が商談のために王都に戻る途中で事故に遭い、帰らぬ人になってしまったのだ。
その上、父の弟でありグレースにとって叔父にあたるその人によって、グレースたちは家も財産も何もかもを奪われて追い出された。
当時、グレースは十五歳、弟は五歳、末の妹はまだ生後六カ月だった。
港町の裕福な高級住宅街から、王都の下町へと移り住み、母はグレースに家のことを任せて働きに出た。
だが、まだ産後半年だったことに加えて最愛の夫を突然失い心身共に疲弊していた母は、さらに半年後には体を壊してしまいベッドから起き上がれなくなってしまったのだ。
そして、グレースは母の代わりになんとか仕事を見つけて、あれから四年半、家族を養う大黒柱として懸命に働いていた。
グレースを雇ってくれたのは、家からほど近いところにある食堂の女将さんのドーナだ。グレースの境遇に同情した彼女が、まだ子どもの姿のままであるがゆえにどこからも断られていたグレースを雇ってくれたのだ。
月給・七万ペル。それがグレースが懸命に働いて稼ぐ給料だった。決して高くはないが、下町の食堂で女給に払われる適正な価格だ。それにドーナは食材や料理の余りをグレースに持たせてくれるので、贅沢をしなければ家族四人、つつましくも幸せに暮らせていた。
だが、三か月ほど前にドーナが高齢による体調不良を理由に退き、新たにドーナの姪だという女性が女将になると、グレースのつつましい生活に暗雲が垂れ込め始めた。
新しい女将となったリゼルは、初めて会った時からグレースを忌み嫌っていた。
嫌味を言われたり、嫌がらせをされたりしているが、グレースは必死に耐えて働いていた。グレースは家族を養わなければならないからだ。
それに同僚の皆は優しかったし、お客さんと接するのも楽しい。グレースは、日々、そうしてたくさんの人に支えられて、なんとか日々を過ごしていた。
第三師団の師団長様の肘がグレースの鼻を直撃するまでは、と注釈がつくけれど。