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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハニークローズ

作者: 薬袋皆

 彼らの眠りを覚ましたのは曙光でも寝床を絶え間なく揺する振動でもなく、悲鳴であった。

 高原我童(たかはら がどう)は眠い目を擦り、先に起床していた少女ら二人の目線の先を眺める。

 そこは橋の(たもと)。三メートルはあろうかという巨大な顔を持った怪物が人々を餌食にせんと襲い掛かっていた。

 我童は二人の少女、(けい)深紅(しんく)とアイコンタクトを取り、首肯を交わす。


「ゆうべはお楽しみだったんだろ? ここは俺に任せといてくれ」


 事情を知らぬ人が聞けば誤解されそうな科白を吐き、月永(つきなが)は搭乗しているマシンから

我童たちが居る荷台にあたるホイールユニット、ガイアブレーダーをパージ。

月永が駆るキラと呼ばれるロボットは短く太い二本の足で目標をめがけて駆け出した。

 巨大な顔の怪物は車もアスファルトも何のそのと貪り、餌食とす。

 今まさに人が乗ったままの乗用車を口に運ぼうとした瞬間、

怪物に負けじと梵鐘(ぼんしょう)のようなボディを持ったキラが追突。

怪物は十メートルほど先に吹き飛んだ。

 月永はすぐさまキラの体勢を立て直し、背部に携行していた

バトルフォークと呼ばれるキラ用の武器を両の腕で構えるよう操作。

 追突の衝撃から立ち直れていない様子の怪物目掛け、刺突を行った。

 けたたましい鳴き声が挙がる。バトルフォークは怪物の左目から後頭部へと貫通した。


「しゃあっ!」


 怪物は光の粒子となって消えていく。人々に魔塊(まかい)と呼称される怪物の最期である。

 月永は喜色満面な様子で勝利に浸っていたが、刹那、緊張に身を強張らせた。

 新手か。鎧武者のような姿をした魔塊(まかい)が尋常でない殺気を帯びながら迫っていた。

 月永は構え直し、先手を打たんとばかりに鎧武者の姿をした魔塊(まかい)に斬りかかる。


「ぐっ、はやっ……」魔塊(まかい)の方が何枚も上手か、

月永のキラが一撃入れるのに、二撃、三撃と二振りの刀で切り返す。

 月永は後退りながらも必死の心持で競り勝たんと操縦を行うが、劣勢は覆せず。


「言わんこっちゃないっ」我童はドアズバックラーと呼ばれるベルトを巻く。

 我童の右隣、左隣に並んだ景と深紅は光に包まれ、アクリルのような材質の鍵に変化、

彼の手中に収まった。


 「コーリン、オン!」


 仰々しく両腕を振りかぶり、バックルに彼女らが変化した鍵を挿し、回す。

するとバックルに設けられたドアが開き、中から具足のようなものが一式飛び出した。

 具足のようなものは各パーツに分かれ、我童の身体に吸い寄せられるように張り付く。

 我童は全身に真っ赤なアーマーを身にまとった姿に変身した。

 誰が呼んだか、この姿の戦士をハニークローズと呼ぶ。


 我童は脱兎の如き勢いで駆け、鎧の魔塊(まかい)の横腹に蹴りを浴びせる。

 鎧の魔塊(まかい)は蹴りに怯む様子もなく、目標を我童の方に切り替え、刀を振るう。

「月永くんっ、それ貸して!」我童は月永が応答するより先に奪うように

キラのバトルフォークを持ち、応戦する。

 キラ用の武器であるバトルフォークは通常は大の男が二人がかりでなければ持てぬほどの重量を誇る。

ハニークローズに変身した我童は達人的身体能力を得るのだ。

 それでもバトルフォークは重量がある分取り回しが悪く、今の彼でも振るうので精一杯。

重量を利用して打倒さんと目論んだが、徒と成った。

また、鎧の魔塊(まかい)の方が剣技に優れており、我童は徐々に徐々にと押されていく。

 何か打つ手はと周囲を睥睨(へいげい)した折、

閃いた我童は剣戟を交わしながら鎧の魔塊(まかい)を目標の地点に誘導を図った。

「今っ!」と橋の縁まで来た時、小さく叫び、魔塊(まかい)が刃を振り下ろすのを受けるでなしに

身を翻し、避ける。そして後ろに回り込み、渾身の力で蹴りを浴びせた。

 鎧の魔塊(まかい)は身を崩し、欄干を重々しい体で突き破り、落ちていく。

浅い河川であるが故か、ドカンと重量物が地面に叩きつけられる音を立て、墜落した。

 これにはさすがに相手も堪えたか、身を起こせない様子。

 我童はドアズバックラーに挿したキーを二回回し、身構える。

 

「オーバービートジャンプ……」


 我童は閃光の如きスピードで跳躍し、橋下の堤防に至る。

 目標を見定め、必殺の一撃を繰り出さんと脚部に力を籠め、踏ん張る。

 這う這うの体ではあるが魔塊(まかい)は立ち上がり、こちらに刀を向け、応戦する様子。


<<ノッキン・オン・ヘブンズ・ドアー!!!>>


 ドアズバックラーより機械音声が流れ、雷光がバックルから我童の脚部へと疾る。


「オーバービートキック!」


 我童は一条の光となり、鎧の魔塊(まかい)の懐を貫かんばかりの蹴りを浴びせた。

 呻き声と共に魔塊(まかい)は両膝をつき、川面に身を横たえる。

 我童は流麗な動作で着水。残身でポーズを取るなり、怪物は爆発。


 ふう、と一息ついた折、先ほどまで魔塊(まかい)が居た所に人が倒れているのを発見。

 我童は戸惑い、河川の水で靴などを濡らしてしまうのを申し訳なく思いながらも、変身を解除。

景、深紅の二人の知恵を借りる他なかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ホテル、シティ・イン・GIFUのロビーにて、一同は窓の外の景色を感慨深げに眺める。

 元の世界では岐阜県岐阜市の柳ケ瀬商店街があるはずの通りであった。

 今日、皇紀(こうき)二四九五年十月二十七日。

我童たちが皇紀(こうき)日本と呼ぶこの世界の柳ケ瀬商店街は廃墟もいいところであった。

物流(ロジスティクス)を担うドライバー向けの娯楽施設および付随する商業施設が点在する位で

我童たちの世界における岐阜駅周辺はともかく、柳ケ瀬まで来ればもう惨憺たる光景が広がるばかり。

 自分らが住まう街の異様、否、この世界ではこの姿が正だ。

だが、知っているはずの街の知らない姿に息を吞む他なかった。

 あれは九月の初めの頃、修学旅行で我童ら烏谷高校(からすやこうこう)二年A組を乗せたバスが高速道路を走行中、

突如虹のようなものに包まれ、行方不明となる。

 少年少女らは気が付いたら異世界へと来ていたのだ。

 皇紀日本は魔塊(まかい)と呼ばれる怪異に苛まれ、

地方に住まう多くの人々は身を守るために主要都市へと移住をした。

また地方経済の衰退、戦禍の脅威もまた、主要都市への密集化を進める一因となった。

主要都市の過密化が進む一方で地方都市は廃墟、廃村で溢れていた。

 そんな世界で我童らは素性不明の男から託されたドアズバックラーを用い、

火の粉を払うように害獣魔塊(まかい)や彼らを利用しようと近づいた輩と戦い、歩を進めて来たのであった。

男の”ヴァーミリオン・ヴァージンを探せ”という言葉を頼りに。

 我童たちはある事情から級友らと行動を別にし、

岐阜市にて待ち合わせるといった約束をしていた。

現在、彼らは級友を待っている次第である。


「こんなちんけなとこで待ちぼうけかよ」


「黒澤さん……だっけ? あの人を見てないと」


 けだるげな仕草と共にぼやく月永。

 そんな彼を窘める我童らには今日やるべき事があった。

魔塊(まかい)であった? 青年、黒澤の監視である。

 我童ら一行は皇紀日本において身分証明書及び行政支援を受けるのに必須である

ユニオンシートならびに個人証明番号を所持していない。

故に黒澤の医療機関への搬送および受診を先刻魔塊(まかい)から助けた人々に一任した。

 だが魔塊(まかい)であったと思わしき男を市井の人々の中、

放っておくのはあまりにも危険と思い、我童らは表立って接触こそ出来ないが

保護をした責任を取らんとばかりに同氏の監視及び警戒を行う所存だった。

 二度寝してくるとばかりに後ろ手に頭を搔き、部屋に戻る月永を尻目に、

我童と景、深紅はホテルを出た。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「なつみっ、なつみっぃぃい!!」


 居合わせたことを後悔してしまうような愁嘆場(しゅうたんば)

 不幸により仲を裂かれた夫婦の、実に20余年ぶりの再会である。

 藤橋菜摘(ふじはし なつみ)。旧姓、黒澤菜摘(くろさわ なつみ)という女性は二回り以上若い青年、黒澤をあやすように抱擁を行う。

 かつての妻に一目会いたい――と願った黒澤と共に訪れた藤橋邸にて、繰り広げられた光景であった。

 例の如く東海三県もまた、愛知県の県庁所在地である名古屋市周辺へと移住が進み、

過疎化が進んでいる中、藤橋夫妻が黒澤の居住地であった岐阜に残っていたのは不幸中の幸いか否か。

 黒澤は二十余年前、行方を晦ましていた。

 当人にその理由を聞いても理由は分からず、四半世紀にも及ぶ日々を寝過ごしたとばかりに

行方を晦ましていた間の記憶が欠落しているのだと言う。

 さらに不可思議な事に、二十年前の当時二十歳代であった黒澤は通常であれば、

四十歳代の壮年へと年齢を重ねているはずであるが、青年の若々しさそのままの姿。

 奇妙な現象を知覚しながらも誰も答えを見つけることが出来なかった。

 

 妻とその前夫の会合を見守る藤橋氏と共に、気まずい思いでいる一同。

 その中でも我童は元居た世界で暮しているであろう想い人と自らの姿を

悲劇的な再会を果たした目の前の男女に重ね、涙腺が緩む思いであった。

 また、同時に今まで打倒してきた魔塊(まかい)について思いを馳せた。

 黒澤? であった鎧武者の魔塊(まかい)と同じ人の形をした魔塊(まかい)とも

幾度もなく交戦し、或いは屠ってきた。

この場合、自分は自覚しないうちに人倫に悖る行為をしてきたのでは――と疑念を抱いた。

 僕は皆を守るために戦った! だから僕という暴力装置、

殺人機械のトリガーを惹いたのは皆だよ! などと煩悶するばかり。

 居合わせた人間全員が暗い思いをしながら、いつしか会合はお開きとなった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「で、お前らは丸一日あいつの泣き言を聞いてやった訳か。

ボイコットして正解だったわ。くっだらねーの」


「月永……お前」


「そんな冷たい事言わないでよ」


 ホテル、シティ・イン・GIFUの男子用に借りた一室。

 すっかり酔いつぶれ、ベッドに横たわる黒澤氏を尻目に

一同は今後の事について話し合う。

 正義感の強い景は自分たちにだけ黒澤氏の面倒を見させ、

自分は日中休息をとっていたという月永を非難した。

 月永は悪びれる様子もなく、これから夜の街に繰り出そうといった様子。

 取り付く島もないとばかりに景と深紅は自室へと戻って行った。


「この人、可哀想だよ……月永くんも佐久山さんと二十年も離れ離れ、

いざ再会したら別の人の奥さんになってたって嫌でしょ?」


「はぁ? 佐久山と俺はそんなおセンチな関係でもなんでもねーし。

オメーはいちいち深く考えすぎるきらいがあるな。それじゃ人生楽しめねーよ陰キャ乙」


 酷薄な科白を吐き、月永は部屋を出た。

 陰と陽。我童と月永を属性付けるならそう判断されるであろう。

同じクラスに属しながら、殆ど交流がなかった二人であったが、

この度、奇遇ながら行動を共にするようになり、男子同士自然と会話をすることが多くなった。

 幾度か意見や価値観が合わぬ事があったが、和を尊び、迎合する、または我慢をする事が出来た。

だが、今回ばかりは許せぬと思い憤った。

 我童はむしゃくしゃを何処にもぶつけられぬまま、疲労に身を任せ床に着く。

 昨晩はキラの荷台で女子と雑魚寝するしかなかった。

不埒者ならその状況も楽しめたのだろうが自らを紳士とまで称する自分が遠慮なく

身を休めることは不可能と言ってよかった。

また、ハニークローズへの変身、および戦闘は恐ろしく体力を消耗する。

重く垂れさがる瞼を閉じた途端、意識を失ってしまうほどの眠気を催していた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 何が何でも西瓜(すいか)が食べたい――

 果たして、自分はこれ程までに西瓜が好物であったか。

子供の頃、幾度か大人が提供してくれたが種を吐き出すのが面倒で、

また、その行為が汚く思い、嫌いとまではいかないが好きと豪語できるものではなかった。

 黒澤は妙な情欲に駆られるがまま、見知らぬ部屋を飛び出し、街へと繰り出した。

 昼間なら季節外れな西瓜を扱っている青果店も営業しているだろうが、

今は丑の刻も半ばといった頃。彼のお眼鏡にかなう品物が手に入るはずもなかった。

 シティ・イン・GIFUから少し歩けばさながら不夜城。

煌びやかなネオンや街灯、絶え間なく流れるポップスが来訪者たちを幻惑するばかり。

 ただでさえ頭がゴチャゴチャとしている中、耳に障りな喧噪、目に入る雑踏、

鼻につく油や香水の悪臭と情報量の多さにパンクしそうになった。

 頭痛すら感じ、思わず横断歩道の分かりかけで蹲ってしまった所、

信号が変わったか、自動車のクランクションが早く歩道へ退避するよう急き立てる。


「テメェっ! どこ見てやがんっ!!」


 急ぎ足で歩道に出ると、今度はガラの悪そうな集団の男にぶつかってしまう。

 黒澤は逸る気持ちを抑えながら、平謝り。

 だが、男は酒に酔っているのか、謝罪の言葉を聞き入れず、黒澤に拳を振るった。


「ううっ……」


「兄ちゃんなぁ、人にぶつしておいてスマンじゃ済まんやろ。なぁゴラ、いてまうぞワレ」


「西瓜西瓜西瓜西瓜西瓜……」


 突如降りかかった暴力、暴言といった脅威にストレスはピークに達す。

 黒澤は誰何の声も挙げられず、頭の中は西瓜で一杯。

男に殴られた顔面以上に痛む頭を抱え、蹲った。

 男は連れの手前、ぶつかられたのを好機とばかりに、人畜無害そうな黒澤を相手に恫喝して

良い所を見せようと考えていたくらいであったので、想定外に痛がる素振りを見て困惑する。

「西瓜ァア!」と黒澤が絶叫するなり、彼を灰色の糸が身を包む。

糸はいつしか繭となり、繭を突き破り、禍々しき鎧武者が出現した。


「オイオイ、コスプレかぁ」


 酔客らの喧嘩を見物していたギャラリーは野次を言い終わるが前に沈黙す。

鎧の魔塊(まかい)が二刀の刃を抜き打ちに振り回したのだ。

黒澤に絡んでいた男の他、見物人、近くの通路を通ろうとしていた人々は瞬く間に絶命した。

 刃筋は人々の頭部を通り、破砕せしめた。

断面の薄赤い、丸いものが破片や飛沫と共に飛散する光景は

さながら割られた西瓜のようであった。

歓楽街は一瞬で修羅場となった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ガドー、別にお前のせいじゃねえって。落ち着け」


「でもっ、でもっ!」


 クラブにて、行きずりの女と意気投合していた月永にも

旧駅前大通りにて起きた騒動が耳に入った。

皇紀日本において有効な携帯端末を彼らは所持していない。

故に月永はダッシュでホテルへと戻り、我童らを起こして騒動を鎮めんとす。

 我童、景、深紅の三人はそれぞれ寝起きであり、

寝間着のまま、乱れた髪のまま、スリッパ履き、あるいは裸足のままに魔塊(まかい)の元へ駆け付ける。


「コーリン、オン!」変身と同時に跳躍。テレフォンパンチを一撃、二撃。

 辺りに広がる夥しいまでの血、無惨な姿の犠牲者を見て

我童は昂る感情に身を任せ、拳を振るう、振るう。

 先刻の戦いにおいて彼より上手であった鎧の魔塊もさしもの勢いに押される。


「なんでなんですか黒澤さんっ! なんでぇっ!」


 悲痛に叫び、問いかける。

 だが黒澤であった魔塊(まかい)は問いかけに応じない。

感情的に暴力を振るう我童と対照的に極めて理性的に、

刀剣を持たぬ彼の弱点を突くように刃を振るう。


「う゛う゛っ!」


 ハニークローズに変身した我童は魔導(まどう)という精神エネルギーを転換した

滞留(たいりゅう)魔導障壁(まどうしょうへき)といった見えないバリアによって守られている。

 だがこの防御は無限ではない。攻撃から変身者を守るごとに魔導は消耗、

また、技を繰り出すなど、変身しているだけで魔導を消費する。

ハニークローズは変身者とバックルの鍵に変化した人間、

キーパーソンの精神エネルギーを力の源としており、

変身者並びキーパーソンの魔導総量が低下すると、滞留(たいりゅう)魔導障壁(まどうしょうへき)が維持できなくなる、

変身が解除されてしまうといった戦闘中危険極まりない事態を招くこととなる。

 鎧武者の魔塊(まかい)の斬撃を食らわされた彼は危機的状況にあった。


「きゃあっ!」

「わあああぁっ!!」


 声のした方を振り向くと人々が新たに出現した魔塊(まかい)に襲われていた。

 魔塊(まかい)魔塊(まかい)を呼ぶ。泣きっ面に蜂のような厄介な性質だ。

 月永はキラに乗り迎撃をしていたが、人々を守り切れず、

合金と強化プラスチックの装甲に守られながらも、

それすらもいつ破られるか分からぬといった危機的状況に陥っていた。


「大丈夫っ!?」


「ばっきゃろ、オメーこそ大丈夫かだよ」


 双方とも持ちこたえるだけで精一杯、

迂闊に動けばさらなる犠牲を生む。

そんな恐れから窮地を脱することが出来なかった。


「獲物よ、アピス」 


 人々を餌食にしていた魔塊(まかい)の群れに

突如、ナイフか短刀のようなものが降り注ぎ、その身を裂く、

或いは光線を発射し、焼くのであった。


「月永、高原。後でワッフル奢ってねえ」


 紫のアーマーに身を包んだハニークローズ、

国主伽夜(くぬし かや)は悠然とした態度で魔塊(まかい)と交戦に入る。

 彼女の登場ですっかり余裕が出来たのか、

月永はキラのスピーカー機能を用いて戦闘の傍ら避難誘導を始めた。


「高原、ドッキングだあ!」


「うんっ!」


 我童の方にも増援来る。

 全高二十メートルにも及ぶ巨大ロボット、ハッピーエンダー。

 膝と腕を大地について歩く姿はさながらゴリラ。

 紆余曲折を経て手に入れた本機を淡島(あわしま)が車長を務め、

他二名の砲手、通信士によって運用されている。


「ハニークローズ、オーバーコートおぉぉ!!!」


 我童の叫びと共に、ハッピーエンダーは両腕を開き、

彼を中腹部のコネクターに接続。

 ハッピーエンダーは猿がヒトに進化するがごとく、立ち上がる。

 この姿を彼らはハニークローズオーバーコート、

またはハッピーエンダースタンディング―ベーションなどと呼ぶ。

 

 この姿になればまさに剛力無双。

 大地を揺すり、山を貫き、海を割る。大質量に任せ、それ程までのパワーを発揮する。

 まるで玩弄するかのよう。鎧の魔塊(まかい)を遥か高みより

殴る、踏むの攻撃を反撃を許さぬまま、一方的に行う。

正確には一太刀受けたのだが、鉄塊と呼んで過言でもない

堅牢な装甲のハッピーエンダーは傷一つつかなかった。

 鎧の魔塊(まかい)は刀折れ矢尽きるといった表現に似つかわしい、

満身創痍の姿となり、精魂尽きたか倒れ伏す。


「黒澤さんっ、あなた生きていればまた菜摘さんみたいな人に巡り合えますっ!

だから人の心を取り戻してぇっ!!!」


 ハニークローズと合体することでハッピーエンダーの操縦は

ハニークローズからのモーションキャプチャー式へと移行する。

ハッピーエンダーは黒澤を迎え入れるよう、巨大な右手を差し伸べた。

 鎧の魔塊(まかい)は刀を支えに立ち上がる。

我童の説得に応じるかのように思ったのも束の間、

右手から腕、そして頭部に位置するコックピットを狙わんとばかりに駆け上った。


「わああああっ! アンチマテリアルソードオォッッ!!!

逝ってしまえええええぇぇっ!!!」


 怒りのまま、悲しみのまま、自機から魔塊(まかい)を振り落とし、

バックルのキーを二回回し、発動。

 ハッピーエンダーは光線の形をした刀剣を手中より生み出し、

袈裟切りに振り下ろす。

 鎧の魔塊(まかい)は左肩から右腿にかけて両断され、

断末魔も満足にあげられぬ内に光の粒子と消えた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 二年A組の面々は岐阜市にて合流。

 これからヴァーミリオン・ヴァージンを求め、駿府城に潜伏しているという

やんごとなき女性と接触を図る次第。

 淡島らが手に入れた大型バスで出発しようという時、

我童は一人、浮かない顔で佇んでいた。

 黒澤を救えなかった事、多くの人が犠牲になった事。

きりがないと思いながらも悔やむ他なかった。

 車内で彼を待つ面々がおいー! と乱暴な声音に変わり始めた頃、

意を決してバスに乗り込む。

 僕は絶対に元の世界に帰る。君とのハッピーエンドの為に――

 前途多難な道のりを少年少女を乗せたバスはひた走るのであった。

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