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甘くてしょっぱい、しょっぱくて甘い

 冬の寒さが厳しい時期だが、私の体はとても熱かった。

 風邪をひいているわけではない。太陽の光に照らされているわけでもない。緊張による生理現象によって体温が上昇したのだ。


 授業後の学校の裏庭は閑散としていた。

 遠くからはバットやラケットの打球音が聞こえてくる。私は日常の音を聞きながら持っているチョコレートを眺めた。


「相川っ!」


 すると、見知った声が音に被さってきた。私はドキリとして、持っていたチョコレートを思わず落としそうになった。慌ててもう一方の手を添え、落とさないようにしっかり両手で持つ。


「急に呼び出してどうした?」


 彼は私の行動に何も言うことなく、目の前にやってくる。

 私よりひとまわり大きい高身長。黒い跳ねた髪に、整えられた容顔、シミひとつない綺麗な肌。それに加えて気の利く優しい性格の持ち主。こんな人を好きにならない女性なんていないだろう。


 桐生きりゅう 翔真しょうま。同じクラスの男子生徒だ。

 用件を聞いてくる彼だが、私の手に持ったチョコレートの存在に気づいて大体は察してくれているだろう。クラスでたくさんもらっていたのを見ていたから。


 今日はバレンタイン。女子が男子にアプローチしやすい特別な日。


「急にこんなところに呼び出してごめんね。実は桐生くんに渡したいものがあって。これ」


 私はそう言って、赤い包装紙に包まれたチョコを渡した。


「まさか、相川からもらえるなんてな。ありがとう」


 桐生くんはハニカミながら私の持っていたチョコレートを受け取る。彼にお礼を言ってもらえて素直に嬉しかった。でも、今日はこれだけじゃない。


「それとね、実は桐生くんに伝えたいことがあって」


 私はチョコレートを受け取った彼の表情を注視する。今にも緊張で逃げ出しそうな自分に対して、胸に手を当てながら落ち着かせる。まだ結果も出ていないのに、目頭が熱くなるのを感じた。


 早く言ってしまおう。私は口をゆっくりと開きながら、彼に告白をした。


 ****


「はぁーー」


 校門を出ると、胸に抱いていた気持ちを吐き出すようにそっとため息をついた。


「その様子を見ると、うまくいかなかったみたいだな」


 不意に言われた言葉に、思わず息を止めた。見ると校門の前で馴染みのある人物が座り込んでいた。黒色の短髪に、一重の細い目。桐生くんとは違い、若干荒れている肌。格好良くないわけではないが、先ほどの彼を目にした後だと、劣って見えてしまう。


 石上いしがみ 龍太りゅうた。幼稚園からの幼馴染だ。


「びっくりさせないでよ。こんな所で何しているの?」

「ここで待ってたら、誰かしらバレンタインのチョコをくれるかもしれないと思ってな」

「結果は?」

「ゼロ」

「寂しいね」

「同感だ。顔も心もイケてる方だと思ったんだけどな」

「自分で言うあたり、まったくイケてないよ」

「違いない。まあ、そう言うわけで寂しいもの同士仲良く帰りましょうや」


 龍太はそう言って立ち上がると、お尻についた砂を手で払う。

 正直、龍太がいてくれて助かった。きっと一人で家まで帰ることになったら、途中で自暴自棄になっていたかもしれない。


 あの後、桐生くんに告白したものの「好きな人がいる」と言う理由で断られてしまった。断られた時、ガッカリした自分とホッとした自分がいたことになんだか不思議な感覚を抱いた。とはいえ、今はガッカリした自分がだいぶ強めになっている。


 私たちは二人並んで歩いていく。家は高校の近所にあるため、電車を使うこともなければ自転車を使うこともなかった。二人して歩くが、特に何か話すわけでもない。気まずいわけではなく、これがいつもの私たちだ。互いに気を遣う性格であるから、二人の時は気を遣わずにいることにしている。


 ほどなくして龍太の家に着いた。何度も見た光景。だからこそ安心感がある。


「じゃあ、これで。それと、はい!」


 彼はバッグから何かを取り出すとそれを私に差し出す。


「じゃがりか? 何これ」

「俺からのバレンタイン。今年の結果はマイナス一個だな」

「何それ。馬鹿だなー。バレンタインは女性から男性へだよ。それに相場はチョコだし」

「まあ、気持ちがこもってれば何でもいいだろう」

「それもそうか。ありがとう」

「気をつけて帰れよ。明日また元気で会えるのを楽しみに待ってる。じゃあな」


 龍太はじゃがりかを渡すと後ろを振り向き、自宅の門戸を開けた。そのままこちらを見ることなく家に入っていった。

 私は帰路を向くと、じゃがりかの蓋を開けながら歩いていく。一本取り出して口に入れる。味はいつもよりしょっぱかった。


 その瞬間、自分の頬から涙が流れていくのを感じた。

 この涙が、嬉しいからか、悲しいからか、私には分からなかった。

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