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虐待児童保護施設

 虐待児童保護施設。政府主導で作られた親に虐待を受けている児童を保護する施設だ。


「今日からよろしくね。職員の矢田よ」


 私は本日から入所する小学3年生の児童に向けて挨拶をした。頬には湿布が貼られ、夏場だと言うのに長袖長ズボンを着ている。おそらく体に複数の痣があるからだろう。


 彼は俯いたままの状態を貫き、反応をしてくれず、目も見てくれなかった。これは、最初に来たときには皆がする行動だ。


 仕方がない。1番信頼している人からひどい仕打ちを受けたのだ。すぐに打ち解けられるほど人を信じることができないでいる。


「優奈。施設の案内をお願いしてもいい?」


 私はリビングで子供達と遊んでいた年長さんの優奈に案内を依頼した。


「はーい、分かりました!」


 優奈は嫌がることなく素直に返事をする。彼女は施設で6年間暮らしている中学2年生の児童だ。今は明るく振る舞っているが、初めて来たときは目の前にいる彼と同じ状態だった。だからこそ、彼の大きな理解者になってくれるに違いない。


「花瀬 優奈です。名前は何ていうの?」

「……吉田 淳」


 彼は彼女の陽気な笑顔に惚れたのか、頬を赤く染めながら小さく名前を口にした。まだ幼いからか非常に分かりやすい子だ。


「淳くんか。今日からよろしくね!」


 優奈の言葉に淳くんはゆっくりと頷く。2人の様子を見る限り、これからうまく打ち解けていけるだろうと安堵の気持ちを抱いた。


「そうだ。淳くん、何かして欲しいこととかあるかしら?」


 初めて施設にやってきた子に対して、私はいつもこの質問をすることに決めている。

 今まで精神的な苦痛を与えられてきたのだ。その見返りとして、何かして欲しいことがあれば、叶えてあげたいと思った。


 淳くんは困ったような表情で優奈に視線を向ける。今はまだ聞く時ではないようだ。優奈に顔を向けて合図を送ると、彼女はにっこり微笑んで彼を中へと連れていった。


 淳くんが入所して1ヶ月が経った。

 彼が施設に慣れるのは早かった。施設の子が快く淳くんを迎え入れてくれて、一緒になって遊んでくれたからだろう。


 それによって、少しずつ他人に心を開き始めた淳くんは、児童だけでなく職員ともよく話すようになった。きっと彼の本来の性格は社交性に優れていたに違いない。


「矢田さん、ただいま。ねえ、これ見てよ」


 リビングで幼児の子たちと折り紙で遊んでいると、学校帰りの淳くんが私の所へとやってきて1枚のプリントを見せてきた。


「お帰りなさい。なになに〜?」


 私は淳くんの差し出したプリントに目を通す。プリントの上部には『全国統一小学生テスト3年生算数』と書かれており、その横には『100』の文字が赤色で刻まれていた。


「すごい。満点。今日はお祝いに淳くんの好きな唐揚げを作ってあげなきゃだね」

「本当っ!? やったー!」


 淳くんは喜びのあまりその場で小さく踊った。彼の姿に私は頬を緩ませた。1ヶ月前は全く口を聞いてくれなかったのに、よくここまで心を開いてくれたものだ。


「ねえ、淳くん……」


 私は少しトーンを落として彼に問いかけた。彼は申し訳なさそうな表情で私を見る。ドタバタしたため怒られると思ったらしい。


「最初にここに来たときに『何かして欲しいことある?』って聞いたの覚えている?」

「あ……うん。覚えているよ」


 説教ではないなと安堵したように答える。


「良かった。ねえ、今だったら言える?」

「えっとね……うーんと……」


 淳くんは考える素振りを見せる。しばらく2人の間に沈黙が走る。熟考の末、結論が出たのか私の目を再び注視する。先ほどまでの陽気さとは打って変わって、しんみりとした表情を見せていた。


「お母さんに会いたい……」


 彼は切実な様子でそう言った。おそらく本心から出た言葉だろう。だからこそ、私は彼の言葉に酷く心を揺さぶられた。


 よくあることだ。ここに来るほとんどの児童が何かして欲しいことはあるかと尋ねると『親に会いたい』と答える。あれだけ虐待を受けていたにもかかわらず、彼らは親のことをそれでも愛しているのだ。


 家族というのはどれだけ距離を離しても、心の中では決して離れることはできない存在なのだと改めて思い知らされた。


「そっか……ごめんね……それだけは叶えることができないんだ……」


 私は彼の目の前に行き、強く抱きしめた。

 親には会わせられない。だからせめて自分が彼の親のように在りたいと心から願った。

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