6〜10
この作品はハーメルン及びpixivでも連載しています。
駱駝の話
皆さんは落語の『らくだ』という話を知っているだろうか。江戸時代で初めて駱駝を見たものが、あんな動物なんの役に立つのか、ということで、図体がでかい者やのそのそした奴をらくだと呼ばれていた。この話は、らくだと呼ばれるある乱暴者が亡くなってから話が始まる。らくだの兄貴分と屑屋(今でいうリサイクル屋)が、らくだの葬式を上げるために奮闘するというあらすじだ。苦労をかけられただけで、恩も何もないらくだに対して、渋る大家にらくだの死体でかんかんのう踊りをさせるという場面が見どころだろう。さて、私が聞き及んだ話にも、らくだのような話が登場する。その男は、まさしく乱暴者で図体がやたらでかく、らくだにでてくるらくだそのものだったという。ここではAと呼ばせて貰おう。Aは仕事仲間のBと、ある日大喧嘩をし、その拍子に、BはAを殺してしまった。Bは、自身がAを殺してしまったことを誰にもバレないように、Aの死体をどこかに埋めた。話はこれで終わらない。Bは、仕事仲間からAが何をしたどこにいたと目撃情報を聞く。しかも、Aが死んだ次の日からである。
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「駱駝ってさ、あいつらすげえよな。砂漠の中を水無しで何キロも歩けんだろ」
「なんか、コブに水を溜めてるらしいですよ」
今日も今日とて、いつものカフェテラス。あいも変わらず、無駄話に興じる自分と先輩とウサギ。
「ていうか、スイカちゃんなんかタバコ臭くねぇ?」
「西瓜です。さっき吸ってきたんで」
「やめてよー。オディールちゃんは繊細なんだか、残り香でも嗅がせるなよ」
先輩の彼女のペットの黒うさぎオディール。現在は、すやすやお休み中。
「オディールちゃんにもしものことがあったら、俺が彼女に殺される」
「いいざま」
「なんて?」
おっと、本音が。
「で?今日はまたなんで駱駝の話なんかしたんですか?」
「いやさ、この間教授と本場の落語を聞きに行ったんだけどさあ。江戸時代では駱駝って、ダメな感じのあだ名だったらしいからさあ。ちょっと、駱駝サイドで弁護してやろうかと」
「そうですか。ちなみに先輩は駱駝食べたことあります?」
「あるよ。くそまずかった」
「化けてでますよ駱駝」
「かんかんのう踊ってくれるかな?」
と先輩はケタケタ笑うのだった。
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BはAが生きているはずがないと思いながも、恐ろしくなり、Aを埋めた場所へと向かった。Bしか知らない薄暗い竹林の奥深く。そこで見たのはなんと、なんらかの獣に彫り戻され骨だけ食い残されたAの死体だった。Bの恐怖は安堵に変わる。Bは、今度は獣に掘り返されないような深い穴を掘り、そこにAの骨を捨て、穴を埋め直した。翌る日、人の混み合う道でBは見た。のそのそと歩く、図体がやたらでかい男を。Bはギャーと叫ぶと、人混みを掻き分けてAとは反対方向に逃げた。そういうわけでBは、縁もゆかりも無い私が当時出向いた田舎町に逃げてきたという訳だ。Bは、ここまで逃げてこられた安堵のためか。飲み屋で酔っ払い、隣に座っただけで初対面の私にそんな話をした。Bは、「あいつは昔から足がおせーから、簡単に逃げられた」と自慢げに話した。しかし、私はこう言った「でも、らくだはスタミナがあるからどこまでも付いてきますよ」と。ちょうどその時、店に図体がやたらでかい客が入ってきた。
『アレは本当に動物だったのか』
第七章 蘇ったアレ 一部抜粋
著者 梅咲東風
兎の話
『今夜は月が綺麗ですね』は夏目漱石が英語教師をしている時に、学生がI love youを「あなたを愛しています」と訳したところ、それは日本的ではないとして、そう訳させたという(諸説あり)。それに対する数多くの返しの中に『わたしもう死んでもいいわ』という文句がある。これはもうなんとも、月の兎を想わせる回答だと私は思う。飢えた人に対して、己が身を焼き捧げるような一種の人間的狂気が見える。さて、ここに月の兎を想わせる女がいた。女はいずれ有名な役者になる事を夢みる男のために身を捧げていた。朝晩とつかず働き、身体も売ったそうだ。しかし、男は女をただの金蔓としか見ておらず、いずれ役者として売れると女を平気で捨てたという。その男が女を口説いた口説き文句が、先程語らせていただいた『今夜は月が綺麗ですね』だった。隠して、月の兎はその献身が報われる事なく、病で死んだという。ちなみに女は昔、実家の庭に迷い込む獣によく餌をやっていた。
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「オディールちゃん、今日も可愛いねぇ」
嫌な顔をする黒うさぎの腹に顔を埋める東風先輩。今日も今日とて暇なカフェテラス。
「あんまり構い過ぎるのもストレスになるらしいですよ」
「しょうがないじゃん。明日にはお別れなんだから」
「え?」
「明日には彼女が帰ってくるんだよ」
「え⁉︎先輩の彼女ってイマジナリーじゃなかったんですか!」
「バカにしてんのか!」
こんな人にも彼女が出来るとは世も末である。
「彼女さんウサギ好きなんですね」
「いや、別に好きでも嫌いでもないらしいよ」
じゃあなんで飼ってるんですかというと先輩はケタケタ笑い、友達から譲ってもらったらしいと言った。
「なんか、沢山生まれたから貰い手を探してたらしいよ」
「ウサギって万年発情期っていいますもんね」
それは人間も同じだなとまた先輩はケタケタ笑う。どうも、彼女が帰ってくるせいか。先輩のテンションがいつもより高い気がする。この先輩の彼女が急に湧いてきた。
「なんで好きでも嫌いでもないのに貰い手になったんですか?」
「ああ、あいつ根っからの王子属性だから。困ってる女の子を放って置けないんだよ」
根っからの王子属性ってどんな彼女だよ。
「じゃあ、先輩が姫なんですか?どっちかっていうと道化師でしょ」
「褒めてんの?貶してんの?」
「道化師って褒め言葉なんですか?」
先輩は最後にまたケタケタと笑い。俺は月から帰ってくるかぐや姫を待ち望むさと言った。意味がわからないし、結局王子なの、姫なの、と思った。
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男は今日も酒場で見つけた女を口説いていた。「今夜は月が綺麗ですね」と言って、意味を伝え博識だの詩人だの言われることを期待して。今夜も哀れな女に言葉をかける。「今夜は月が綺麗ですね」と。するとその女は「だけど、月は欠けてしまうわ」と言って男を振り切った。男は唖然としてしまう。まあ、こういう事もあるかと今日は女と遊ぶのは諦めて自身の家へと帰る。次の日、満月夜。月は満ちたとばかりに、男の家が謎の放火にあった。焼け跡からは男の焼死体ととある女の子の焼死体の2体が出てきたという。それは、昔病死したはずのあの女だった。かくして、男と女は己が身を燃やしてようやく結ばれた。放火犯は分かっていない。ただ、焼けた庭には何かの足跡があったという。
『アレは本当に動物だったのか』
第八章 人を愛したアレ 一部抜粋
著者 梅咲東風
狼あるいは犬の話
送り狼という妖怪を知っているだろうか。地域によっては送り犬と呼ばれる事もある。山に入った者の後をずっと追いかけて、転んだ者に食らいつくという伝承が各地に残っている。送り狼は人を食らう悪き妖怪だが、転びさえしなければ山の危険から守り、安全に返してくれる良き妖怪とされることもある。さて、私の高校の同輩に送り狼と呼ばれる者がいた。たいへん女子に人気でいつも大勢の女子を引き連れていた。なぜ、送り狼と呼ばれるかというと、必ず全ての女子を安全に家まで送るからである。しかし、何ヶ月かに一度その中の女子が行方不明になる。当時、オカルト研究会に所属していた私の元に同輩はやってきた。同輩はいう、「昔から自分と遊んだ女の子を家までおくらないと、次の日その子は行方不明になる」。それは小学生から起こった現象だそうだ。この体質をどうにかしたいと泣きながら私に訴えてきた。
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「百合に挟まる男は死んでもいい」
いつもどおりどうでもいい話題をだしたのは東風先輩ではなく、自分だった。いつものカフェテラスではなく、居酒屋でのことだ。
「どしたのスイカちゃん」
「西瓜です」
今日は、東風先輩に誘われて居酒屋に飲みにきた。もちろん先輩の奢りである。先輩はタコワサと清酒、自分はきゅうりの一本漬けと柚酒で呑んでいる。
「百合の間に挟まる男は死ねばいい」
「より過激になってない?」
居酒屋に設置されてるテレビには連日騒がせている未解決連続殺人事件の犯人特番が報道されていた。遺体をまるで食い散らかしたような損傷を与えているため、ラ・ベートと巷で呼ばれている。しかし、今はそんなことはどうでもいい。
「どしたの急に」
「昨日百合モノだと思って表紙買いした本が、2人の女の子が1人の男を取り合うラブコメでした!チキショウ‼︎」
吐き捨てるようにいい柚酒を一気飲みする。
「あらすじ読んでから買いなよ」
「先輩はわかってない!表紙買いの冒険心を!それでも男ですか!」
「男だよ。彼女いるし、ほら焼き鳥きたよ」
すいません、林檎酒くださいと店員さんにいいねぎまのネギだけを食す。
「あと上げます」
「なんでネギだけ?肉食えよ!」
「肉は最近食べたんで当分野菜だけでいいです。すいません、パリパリキャベツください」
「普段どんな食生活おくってんの?」
林檎酒ときゅうりと届いたばかりのパリパリキャベツを味わいながらグチがとまらない。
「花は花だけで綺麗なんです。それに踏み入ろうとする男は害虫です。それを受け入れる花なんて花じゃない。ノミにタカられて喜ぶ雌犬だ」
「いいずきじゃね」
と先輩はまたいつものようにケタケタ笑う。しかし、フッと我に帰ったように真顔になる。
「花を花と名づけて愛でるのは人間だけだ。また、狼の亜種を家畜化して友にしたのも人間だ。毒の花は取り除かれて、人に噛み付いた犬は殺処分される。俺個人の意見だけど、犬は幸せなのかね?厳しくても孤高で美しい狼の頃の方が幸せだったんじゃないのかって。でも、まあ人に尻尾振ってる犬も可愛くて大好きなんだけどね。まあ、とにかく…」
かくも人とは度し難いと先輩は付け加えた。テレビではラ・ベート関連でジェヴォーダンの獣が紹介されている。
「そういう話をしてるんじゃないんですよ!百合の間に挟まる男は死ねばいいって話をしてるんです!」
「ん?そうだっけ、まあ俺もスイカちゃんもだいぶ酔ってきたみたいだからここでお開きにしようか。会計お願いしまーす」
店員さんがやってきて先輩が会計を済ませてから店を出る。
「じゃあ、俺彼女が待ってるから帰るね」
「お疲れ様です」
本当は自分も花になりたかった。虫なんかに産まれてきたくなんかなかった。だから、せめて花に擬態するハナカマキリのように生きようと決めたのだ。家路につこうとした時に見知らぬ男に声をかけられる。ナンパという奴だ。ほら、また虫が向こうからやってきた。
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アレには大きく大雑把に分けると2種類に分類できる。力の強いものと頭が賢いものだ。力の強いものはその有り余る力で人を蹂躙する、まさに暴力的な自然の化身だ。頭が賢いものはあらゆる手段で人を欺き、魅了し、利用する、美しくも恐ろしい自然の化身だ。どちらも人間に対して悪意を持っていることは変わりないが、後者は一見すると人に有効的な様に見せる習性がある。今回の同輩の件は後者が当てはまるとみて、私は捜査を始めた。そしてついに、同輩と遊び家まで送っていないにも関わらず行方不明になっていない女性を発見したのだ。現在、その女性は同輩とは違う学校に通っている中学生の同級生だった。彼女は語った、あの頃同輩はみんなの憧れの存在で人気者だったと。彼女はいけないと思いながらも同輩の持ち物を盗んでしまったという。「その日は後ろめたくて、いつものみんなと遊んでいる最中にこっそりと帰りました」とその女性は語った。その日の夜に事は起きた。彼女が夜中にフッと目を覚ますと、後ろに何がいる。はあ、はあというあらい息と獣の匂いがするそれはただジッと、彼女の後ろに居座り続けた。「私は恐くて、後ろを振り返ることができませんでした。そうしている間に朝になって、それはどこかに行ってしまいました」と彼女は語る。今思えばきっと自分の後ろめたい気持ちが募ってみた悪夢だったのだと彼女は教えてくれた。同輩から盗んだ持ち物は次の日こっそりと返して、それっきり同輩を避ける様になったという。果たして、本当にそれはただの後ろめたい気持ち産んだ悪夢なのだろうか。もしかしたら、彼女が助かったのは振り返らなかったからかもしれない。いなくなった者達は振り返ってしまったから助からなかったのかもしれない。しかし、飼い主に悪さを働いた者を懲らしめるような働きをアレがするとは思わなかった当時の私は、それらは関係ないとして同輩に彼女の名前を伏せて調べた事を報告した。同輩はやはり自分が悪いと思ったのか、次の日から女子を侍らせるどころか話すこともなくなった。今思えば、アレは女性を無意識に集める同輩に目をつけてあのような方法で狩りをしていたのかもしれない。同輩に後ろめたい気持ちを持った者のみを狙ったのは同輩への宿賃がわりだったのかもしれない。いや、それも同輩に迷惑をかけるためだけの悪戯だったという線もある。私が言えることは都会だからと言ってアレの脅威に触れないとは限らない。闇を好むアレらは光を嫌う。だが、どんなに明るい都会でも必ず闇はあるのだから。
『アレは本当に動物だったのか』
第九章 アレを飼っていた人間 一部抜粋
著者 梅咲東風
人間の話
落語家三遊亭圓朝作の真景累ヶ淵という落語では、心の病は全て神経の所為だとし、妖や霊の類は全て人のうちに潜むとされてる。人のうちには闇が潜む。アレは暗闇から産まれる。ならば人の闇からもアレは産まれるのだろうか。いや、アレらが人に明確な悪意をもっているのは人のうちの闇が原因なのかもしれない。ならばこそ、人の闇から産まれるアレは、どのような存在なのだろうか。豚から産まれた猫、鶏から産まれた蛇、古来より親とは別の種族で産まれた動物は災厄を呼び込むものだ。だとしたら一体、人間から産まれるのはどんな化け物なのだろうか。私から言えることは人間から産まれてくるのだ、鬼であれ、悪魔であれ、とびきり醜悪なものが産まれるに決まっている。
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「スイカちゃんおはよう」
「西瓜です」
といういつものやり取りを言ってみたが、いつものカフェテラスにいつもの席に東風先輩ではない人が座った。
「誰ですかあなた?」
新手のナンパかと思ったが、どうやら女性のようだ。ボーイッシュな見た目で一瞬勘違いしたが、美人さんだ。それに自分の匂いは同性にしか効かない。
「はじめまして、西瓜那月さん。僕は葡萄色庵。一様、東風の彼女をやらせてもらっている者だよ。敬意を持って庵さんと呼んでくれたまえ」
先輩の彼女だった。まじで存在してたんだ。イマジナリー彼女じゃなかったんだ。
「はじめまして、庵さん」
「はいはい、はじめまして。東風のやろうが最近かわいい子と仲良くなったって、抜かしたから釘を刺しに来たけど。よく見たら女の子じゃなくて、男の娘だったんだね」
「男の娘じゃないです、ジャンダーレスです」
意外と先輩の彼女は嫉妬深い方なのか。
「釘を刺すって、具体的に何するつもりだったんですか?」
「東風じゃなくて僕にしなよ」
いやどうなんだろうか。彼氏いるのにその彼氏にちょっかいを出そうとしている女をナンパする彼女が存在するのだろうか。存在した、目の前に。
「東風はやめといた方がいいよ」
何かまだ勘違いをしているのだろうか。自分の恋愛対象は女の子である。
「あいつ人間じゃないから」
「は?」
いきなり何を言っているんだこの人。
「人間じゃないって、その根拠は何ですか?」
「僕、男ダメなんだよね。性的な意味で」
初対面の人間に何を話しているんだこの人は。
「でも、東風とはできる。それはあいつが人間じゃないからだと思うんだ。確証はないけど女の感ってやつ」
「いや、東風先輩はどう見ても人間ですよ」
「えー、でもあいつ変だよ。ケタケタって笑うし」
たしかに先輩は変な人だが、先輩は人間だ。それは間違いない。
「東風先輩とは高校生の時から付き合ってるんですよね」
「あーうん、相談にのってもらったのがきっかけで、仲良くなって、そっから成り行き的に?あいつの前では大泣きしたことがあるから、いっかなって」
「どっちが告白したんですか」
「東風だよ」
「意外ですね」
先輩はこういう女性がタイプなのか。意外だ、相容れない。
「那月ちゃんってさ。僕と同じタイプでしょ。僕、匂いでわかるんだ」
「同じタイプ?」
「何でか知らないけど、同性を惹きつけてしまう匂いをだしてる。タバコ吸ってるのはその匂いを出来るだけ隠すため」
この人はどこまで知っているんだろう。場合によっては先輩には悪いがここで…。
「まあ、仲良くやろうよ。東風の友達なら僕の友達だし」
「…あなたはどっちですか」
さあ、どっちだろうねと庵さんは妖艶な笑みを浮かべていう。そして、立ち上がり「君は男の子だから送らなくていいね」と言った。
「最近、ラ・ベートとかいう殺人鬼が彷徨いてるらしいし」
「最後に一つだけいいですか」
「なんだい?長い付き合いになるんだから、一つと言わずに何個でも」
「先輩ってヒモっぽいですけど、実際どうですか?」
その質問に一瞬ポカンとした顔になった庵さんだが、すぐにあはははっと笑う。
「東風はヒモじゃないよ。授業料も自分で払ってるらしいし、何よりあいつ本だしてるから。あんまし売れてないけど」
「ああ、あの本名隠す気0のペンネームのやつですよね」
そうそうと庵さんはまたあははっと笑った。
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人のうちには闇が潜む。私の母親も大変な闇を抱えた人だった。最終的に一家離散する羽目になったが、本人は現在、別の家族と幸せな生活をおくっている。ならば、私も人間の闇から産まれた存在と言えるだろう。私がどうしようもなくアレに惹かれるのも同族を求めてなのかもしれない。では、私の子供はどうだろうか。もし、私に子供ができたならそれは一体どんな姿をしているのだろうか。という話を先日私の恋人にしたところ、「お前の遺伝子打消してでも、お前似には産まない」と言われてしまった。さて、話が逸れてしまったが、本題に入ろう。人に明確な悪意を持つアレらと共生することができる人間が存在する。私の恋人がその1人だ。そう言った人間にはとある特徴がある。それは、何故か他者を惹きつけるという魅力がある事だ。アレらの中にはそういった人間を利用して狩りをするものがいる。その見返りなのか、襲う人間は宿主に対して悪意や迷惑な感情を抱いている存在だけだ。そういった人間は稀だが、そのような行動をとるアレも稀である。もしかしたら、人間と共生できるアレは人間のうちから産まれたのかもしれない。
『アレは本当に動物だったのか』
第十章 人間から産まれたアレ 一部抜粋
著者 梅咲東風
深海魚の話
この世で最も深い暗闇はなんだろうか。それは宇宙だ。未だ、未知の存在が蠢いているかも知れない。それが宇宙というものだ。ならば、その次に深い闇とはなんだろうか。やはりそれは海ではないだろうか。海、大海、深海、なんとまた恐ろしく、神秘的な響きだろうか。人は昔から海に浪漫を抱き、海の彼方に何があるのかを知りたがった。やがて、星が丸いと分かると人間は深海を目指す。私から言わせてもらうなら海にもまだまだ謎があるというのに宇宙を目指知ろうとするのは早計ではないだろうか。さて、この星で最も暗闇が深いのは海だとするならば、やはり暗闇に潜むアレが最も多く生息しているのは深海なのかも知れない。こんな話がある。とある男が釣りをしているとこの世のものとは思えないほどの醜い魚を釣り上げた。男は妖怪を釣り上げたと思い、多くの人間にこの魚を見せたという。しかし、残念ながらそれは妖怪でも私の大好物なアレでもなく、ただの深海魚だった。
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「先輩って庵さんのこと普段なんて呼んでるんですか」
「アンちゃんって呼んでる。すげぇ嫌がられるけど」
いつもの大学での昼時、いつもカフェテラスにて、先輩との無駄話に興じる。
「どこが好きで告白したんですか?」
「なんだよスイカちゃん。恋バナしたいの?」
「西瓜です。いや、単純に自分とは女性の趣味がかけ離れているのでどこを好きになったのか単純に興味が湧いたので」
人はそれを恋バナというんだよと先輩はケタケタと笑った。
「アンちゃんの好きなところかあ。イケメンなところかな」
「先輩って乙女なんですか」
「いや、違うんだよ。アンちゃんは運動できるし勉強できるし仕事もできる。女子に気配りできるし、料理できるし、俺が遅く帰ってきても寝ずにまっててくれるし、口ではひどいこと言うけど根は優しいし、落ち込んでると励ましてくれるだよ」
「いや、もうそういう少女漫画のイケメンキャラ」
尚更、先輩みたいな一見クズひも野郎みたいな人と付き合ってる理由が知りたい。
「ああ、でも1番はギャップかなあ」
「ああ、実はかわいいものが好きとか、実は女の子みたいな格好したいけど、私には似合わないからとか思ってるそういうラブコメサブヒロイン的な要素ですか。設定盛りすぎでしょ」
「あの見た目でかわいいものが別にそんなに好きなわけでもないし、別にかわいい格好に憧れて無いところかな」
「それは果たしてギャップっていうのでしょうか」
いや、言わない。
「オディールちゃんも俺が名前つけるまでウサギとしか呼んでなかったし」
「先輩はイケメンが好きなんですか」
「いや、イケメンが好きなんじゃない。好きになった娘がイケメンだっただけだよ」
なんだそれ。先輩と相容れないと思ったことは何度もあるが、女性の趣味が1番相容れないかも知れない。
「庵さんは料理何作ってくれるんですか」
「なんでも作ってくれるよ。小アジの南蛮漬けが絶品でさあ。俺が好物だって言ったらあんまり作ってくれなくなったけど」
「先輩、小アジの南蛮漬けが好物なんですか」
「ああ、これでも小さい頃は港町に住んでたからね。暇つぶしに釣りしてたら深海魚釣り上げた事があってさ。あれはびびった」
「その深海魚そのあとどうしたんですか」
「俺の血肉となった」
つまり食べたんですね。この先輩の嫌いな食べ物ってあるのだろうか。ないかも知れない。食べれそうならなんでも食べ方を考えるのが人間だ。
「それにしても深海魚ってのはどうしてあんなにグロテスクなのかねー」
「まあ、光の届かない特殊空間で生き残るために進化した結果でしょうね」
まあ、そもそもが深海魚を醜いと感じるのは人間の勝手な都合である。人間のエゴというやつだ。
「また、スイカちゃんは浪漫がないこと言って」
「じゃあ、先輩はなんでだと思うんですか」
そんなの決まってるだろうと先輩はケタリ(ケタリ?)と笑って答えた。
「あいつらは見た目じゃなくて中身で勝負してんのさ。いうだろ、見えない方がよ〜く見えるって。だから味もいい」
結局食べるんですね。あと、よくは言わないだろう。と話しているうちに昼休みが終わる時間だ。
「そういえばスイカちゃんの女性のタイプって何?」
「西瓜です。ゆるふわ女子ですかね。あと、自分より身長が低い娘がいいです」
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この星で最も深い暗闇が深海だとすれば、暗闇を恐れる人が海から離れたのは当然というべきか。きっと、深海のアレは地上のアレとは比べ物にならないほど恐ろしいのだろう。しかし、暗闇を恐れる人間でも深海を目指す者もいる。なんとも恐れ知らずな者達だろうか。こんな話を教授伝いに聞いた。とある国の客船が太平洋のとある海域で行方不明となってしまったらしい。長年の捜索も虚しく客船は見つからなかった。しかし、捜索が打ち切られて数年が経った頃、船は見つかった。大西洋に属する無人島に打ち上げられていたそうだ。なぜ、太平洋を航海していたはずの船が大西洋の無人島で見つかったのか謎だが、見つかった船は生き物の生臭い体液がへばりついていたという。乗客は誰もいなかった。のちに復元された記録媒体には乗客の叫び声と何かが這いずり回る音が複数聞こえてきたという。きっと、海から何かが這い上がって来たのだろう。アレが関わっているのは間違いないだろうが、アレが複数で群をなしているのは聞くのはこれが初めてだった。やはり、まだまだアレを理解するのは難しい。広大な海の世界の深海のようにアレは未知で溢れている。
『アレは本当に動物だったのか』
第十一章 這い上がってきたアレ 一部抜粋
著者 梅咲東風
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