表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラ・ベート 〜アレは本当に動物だったのか〜  作者: 空即是色入りのかまぼこ
1/2

1〜5

この作品はハーメルン及びpixivでも掲載されています。

猪の話

 これは私がまだ幼い頃に父から聞いた話である。私の曽祖父、つまりは父の祖父は怖がりな人で、常に一人でいることを嫌がったそうだ。特に動物をとにかく怖がったらしく。散歩中の犬が前からやって来ようものなら、一目散にきた道を逃げ帰る人だったという。そんな曽祖父は結構な長生きで、私がまだ赤ん坊だった頃は多少ボケてはいたが存命だった。ある日、父が赤ん坊の私を連れて田舎に帰った時におきたことである。親戚一同が集まる中で、酒を飲み騒ぐ大人たちの片隅で、子供たちはその当時人気だったアニメ映画のビデオテープを観賞していた。大きな白い猪がでてきた瞬間に、いつも大人しい曽祖父が急に騒ぎ始めた。「俺はこいつを知ってる!アイツだ!海を泳いで来やがった!」そう叫ぶ曽祖父を「よく知ってんなあ!じいちゃん!」と酔っ払った叔父が茶化す、その間も曽祖父は「来た!みんな殺される!逃げろ!はやく!」と騒ぎ立てた。しかし、あまりにも鬼気迫る表情で騒ぎ立てるので、次第に幼い順に子供達が泣き出してしまう。それでも、なお一層騒ぎ立てる曽祖父に、これはただごとでは無いと祖父母が曽祖父を宥めにかかる。「お父さんテレビのお話ですから」と宥める祖母に曽祖父は「違うんだ!ほんとにいるんだ!」と叫ぶと「何がいるって言うんですか!いい加減にして下さい!」と祖母が叫び返した。その言葉を聞いた曽祖父はフッと我にかえった表情を浮かべ、あたりを見渡す。「そうか…そうか…」といいながら今度は泣きじゃくり始めた。その一部始終を見ていて、すっかり酔いも覚めた父母、叔父叔母たちはシーンと気まずい空気の中、ただただ謝りながら涙を流す曽祖父を見ていた。そんな中で赤ん坊の私だけがケタケタと笑っていたという。「だからお前の性格が悪いのは生まれつきだ」と父は花瓶を割って悪びれもしない私を叱りながら言うのだった。

 

*****

 

「ていう話なんだけど」

 

某県某市にある大学のカフェテラスにて、先輩はそう呟いた。

 

「うちのひいじいちゃんの話レポートにつかえる?」

 

「そんなん使えるわけないでしょう。『世界の宗教観でみた動物』のレポートですよ」

 

「相変わらず物言いがきついなスイカちゃんわ」

 

西瓜(にしうり)です。変なあだ名つけないでください先輩」

 

自分の目の前にいるのは大学院1年生の先輩で、梅崎東風(うめさきこち)という旧知でもなんでもない、今日あったばかりの赤の他人である。ちなみに自分の名前は西瓜那月(にしうりなつき)という普通の大学3年生である。

 

「先輩のひいおじいさんが幻獣の類なら話は別ですけど」

 

「いやいや、俺のひいじいちゃんはちゃんと実在するって、島育ちでね。釣りがうまかったらしい」

 

じゃあ尚更使えないでしょうが、というと先輩はケタケタと笑い出す。この先輩に出会ったのは、つい先程だいたい1時間前のことである。民俗学の研究室に立ち寄った際に教授から紹介された。いや、押しつけられたという方がまとを得ているだろう。この先輩、用もないのにあらゆる研究室に立ち寄っては無駄話をして、他人の時間を無駄にすることで有名である。仕方がないので、レポートのテーマの題材について何かいいのがないか聞いたところ、長々と自身の曽祖父の話をして終わった。本当に時間の無駄だった。

 

「スイカちゃんは猪たべたことある?」

 

「西瓜ですって、無いですよ。先輩はあるんですか?」

 

「うちは実家が九州の方だから、よく近所の人がとって来てくれたよ」

 

「島にも猪っているんですね」

 

「俺は島育ちじゃねえよ。ひいじいちゃんは島育ちだけど、ひいじいちゃんが若い時に島をでてからは帰ってないらしい。まあ、その島も実家からすぐ行ったところにある防波堤から見える位置にあるんだけどね。でも、猪は長い距離泳げるから島に泳いでいって鶏が全滅したなんて話も聞くけどな」

 

それからと話を続ける先輩。本当に無駄話が好きだな、この人と思いつつ。うむ、と考え直す。猪か、たしかに猪ならばレポートのいいテーマになるかもしれない。日本では伊吹大明神が白猪になって、倭建命と対峙したという話もあるし、中国でも最遊記や十二支で有名だ。西洋にも探せば何かあるかも知れない。先輩との話は無駄が多いけれどまあ、収穫はあった。自分が席を立つのを見て立ち上がる先輩。そういえばと思い、先輩に質問する。

 

「先輩は、ひいおじいさんの故郷の島に行った事あるんですか?」

 

「無いよ。ていうか、今無人島で許可が無いと入れないんだよね。なんでだろ」

 

「いや、知りませんよ」

 

こうして、自分と東風先輩との奇妙な関係が始まったのである。

 

*****

 

 曽祖父は釣りが趣味で、暇な時はよく釣りをしていたそうだ。だが船に乗るのも怖がったため、もっぱら陸釣り専門。しかも魚を怖がるので、誰か魚を釣り針から外す係が必要だったという。父は幼い頃、よく曽祖父に連れ出され、魚を釣り針から外す係に任命されていたらしい。だが、不思議なことに家から一番近く、さらに自信の故郷であるはずの島が見える防波堤では、一度も釣り糸をたらすことはなかったそうだ。父はそれが疑問で、「なんでじいちゃんはあの島が見えるところで釣りをしないの?」と一度曽祖父に尋ねた。曽祖父は声を震わせながらこう答えた。「あんなところで釣りなんかしたら、アイツに見つかっちまう。見つかったら食われちまう」と。父は「アイツって?」と聞くと曽祖父はこえぇ、こえぇと言うばかりで答えてはくれなかったそうだ。そんな曽祖父は私が3歳になる頃に亡くなった。最後は私の父に向かって泣きながら「あんちゃんごめん…俺だけ逃げちまってごめんよ…俺はビビりだから許してくれよ…こえぇこえぇよ…あんちゃん、あんちゃん…ごめんよ」という言葉を残したそうだ。「オラァじいさんが島を出るときに亡くなったじいさんの兄貴に1番似てるらしいから、死に際に勘違いしたんだろう」と父は語る。今でも父は昔を思い出して「じいさんはあの島にいる、何をそんなに怖がってたんだろうな」としみじみとしながらいう。ちなみに、曽祖父のいた島は波島としいい、別名鳴き島という。年に一度、一日の数秒だけ獣の鳴き声の様な音が島から聞こえてくるからである。そして、その日は曽祖父が島を離れた日であり、その島が無人島になった日である。あの島に住んでいたという人を私は曽祖父以外聞いたことがない。

       『アレは本当に動物だったのか』

       第ニ章 曽祖父が見たアレ 一部抜粋

         著者 梅咲東風


熊の話


 私は民俗学を学ぶ者として、それなりに各地をおもむき研究のための資料を探すことがよくある。私自身も旅好きということもあり、今まで数多くの場所に行き、見て、学んだ。旅の醍醐味の一つといえば、旅館やホテルで過ごすことも入ると私は思っている。これは東北地方に行った際に、泊まった女将から聞いた話である。

 昔、とある村が冬眠することが出来なかったヒグマに襲われたという。その時期にでる熊は穴持たずと言って、冬籠りに失敗したために、食料の不足した冬の山で過ごすことになり、気性が荒くとても危険だと聞く。また、人の味を覚えた熊はなぜか人間を積極的に狙う。男を最初に食べれば男に、女を最初に食べれば女に執着する。「その時の熊が最初に食べたのは、年端もいかない女の子で、その村はあたしの当時住んでいた村の隣だったから、あたしは毎晩怖くて怖くてね。熊が駆除されたって、聞くまでよく寝れなかったのを今でも覚えているよ」と当時のことを思い出してか、身震いしながら女将は語った。駆除されたヒグマは地元にある熊塚と呼ばれる祠に埋葬されたという。この辺では熊を信仰しているから、熊を殺しても決して食べずにその祠に埋葬する決まりだったそうだ。女将は最後に「熊が駆除された日から翌週ぐらいまで、その村のみんな喪服を着てました」と付け加えた。

 

*****

 

「パンダってさ、笹だけじゃなくてお肉も食べるらしいよ」

 

「らしいですね。所詮獣ですよ奴ら」

 

今日も今日とて、東風先輩との雑談が花開く大学のカフェテラス。パンダって美味いのかなとつぶやく先輩に、自分は絶滅危惧種食べないでくださいよという。すると先輩はいつものようにケタケタと笑うのであった。

 

「熊はなあ。食べたけど、ものによっては臭みがあるんだよなあ」

 

「ジビエはだいたいそうでしょう。そもそもなんで日本は熊を神格化してるのに食べるんですかね?アイヌとか」

 

「まあ、それは宗教観によるとおもうよ」

 

アイヌはとった獲物を無駄にしないってのがモットーだからという先輩。白い動物は神の使いだから殺してはいけないと聞く。牛や豚は神聖な動物だから食べない国がある。逆に羊は神聖な動物だから食べる国がある。馬は暮らしを支える友だからと食べない国がある。牛も豚も羊も馬も、みんな人間が家畜として育てているのに、それを食べる食べないで争う人間は、やはり傲慢な動物なんだろう。

 

「もし野生のパンダが襲ってきたらどうする?絶滅危惧種だから殺せないだろたぶん」

 

「先輩を囮にして逃げます」

 

「ひどいなスイカちゃん」

 

「西瓜です」

 

結局のところその違いなのかもしれない。人間に危害をくわえる動物を殺して食う。腹が減れば愛玩動物でも、人間でも食べるのが人間だ。所詮、人間も獣というわけだ。

 

「そうだ!パンダを増やすいい方法を思いついた!白熊と黒熊を交配させればパンダになる!」

 

「……馬鹿だコイツ」

 

「なんか言った?」

 

「いや、何にも。ていうか、それはパンダじゃないのでは?」

 

「おいおい、夢のないこと言うなよスイカちゃん」

 

「西瓜です」

 

「実際にはパンダじゃなくても、姿形がパンダならそれはもうパンダなんだぜ」

 

と言ってまたケタケタと笑う先輩。やっぱりこの人は馬鹿だ。あと黒熊ってなんだよ。

 

*****

 

 女将から話を聞いた翌る日に件の熊塚へと私は向かった。現在熊塚のある村には数人の村民がいるだけで、ほぼ廃村となっている。熊塚には村民から番人と呼ばれる高齢の猟師が常住していた。その番人に、昨日女将に聞いた話をすると、この村のものしか知らないという話を聞かせてくれた。「あの日、オラたちは今まで見た事もねえヒグマをとった。オラのほかに仲間が六人いた。ヒグマの腹を裂いて、食われちまった奴らの骨を拾ってやろうと思った。だが、ヒグマの腹の中からは人骨は見つかんなかった」と話す番人の顔は険しく、両手で猟銃に縋り付く様に握りしめていた。「なんでだ、この熊じゃなかったのかと、仲間たちと困り果てていると、アレがあらわれた」と番人はあの日を思い出してか、猟銃を握る力が強くなったように私は感じた。私は「アレとはヒグマですか」と尋ねると番人は「わからねぇ」と答える。「ヒグマだったのか、違う何かだったのか。アレはとにかく闇の中からオラたちを睨んでやがった。威勢のいいやつ三人がアレに向かって言ったが、しばらくすると悲鳴が聞こえてきた。一番臆病なやつがそれを聞いて逃げ出した。残りのオラを含めた三人もこれはいけねぇと思って村に走った。必死に走って村に辿り着いたが、一番足が遅かった奴が、いつのまにか居なくなってた。最初に逃げたやつも同等帰って来なかった。残ったオラともう一人とで、次の日あの場所に戻ったが、オラたちが獲ったヒグマの死体だけがあった」番人は山を睨みつける。「アレはまだこの山にいる。だから、山に入っちゃいけねぇ。オラはここでアレがこないように見張っていなきゃいけねえ」と言う番人の目には仲間の仇を討つと言う確かな決意が灯っていた。はたして、番人が見たという“アレ”とはなんだったのか。熊だったのか、それとも別の何かだったのか。山に入ることが許されなかった私には知る術はない。

 

 『アレは本当に動物だったのか』

  第三章 番人がいうアレ 一部抜粋

         著者 梅咲東風


狐の話


 私が大学生になって4年が経つか経たないかという頃、同じゼミに所属している同輩が『私の先祖を助けた狐』という論文を発表した。その内容は俗に動物の恩返しのような昔話のそれだった。山で罠にかかった狐を助けたことから物語は始まる。先祖の名前は米吉(こめよし)といい、大工をしていた。性格は寡黙で真面目な男で、いかにも職人肌な人間だったという。そして、彼は隠れキリシタンでもあった。ある日のことである。米吉は大工であり、同じ隠れキリシタンだった仲間達と遠出の仕事を終わらせた帰り道で、キリシタンであることがバレ、役人に追われたそうだ。逃げる途中、米吉は他の仲間に先に行くようにというと、役人にわざと見つかり、仲間達がいる方向とは真逆に逃げ、仲間達から役人を引き離した。仲間達はたいそう米吉を心配したが、米吉はものの数時間で皆の元へと帰ってきた。米吉曰く、今朝助けた狐が俺の前に現れて、俺に化けてかわりに役人に捕まってくれたと仲間達に話した。米吉は続けて「あれはきっと神様が俺たちを助けるために使わしてくれた狐に違いない」と言った。仲間達はそうだ、そうに違いないと喜んだ。翌る日、一人のキリシタンが火刑に処されたと聞き、米吉と仲間達はなお一層、狐と神に感謝したという。故郷に帰った米吉達は家族にこの事を話、身代わりになってくれた狐に感謝し、祝宴をあげた。米吉は人が変わったように陽気に騒いだという。そんな米吉は数年後に故郷とは遠く離れた場所で、大事故に巻き込まれ生涯を終えた。家族には遺灰だけが届けられた。

 

*****

 

「狐ってさあ、悪者にされやすいよね」

 

と唐突に話題を変える東風先輩。今まで、昨日起きたとある新興宗教団体絡みの事件の話していたのに、ころころと話題が変わる人である。

 

「確かに九尾の狐を筆頭に、あまりいいイメージはないですね。どちらかと言うと悪戯好きの悪役よりですね」

 

「まあ、その一方で日本には稲荷信仰があるから、どちらとも言えないよね」

 

ちなみに狐はカレーで食べたことがあるよと先輩はケタケタと笑った。日本人と狐との関係は深い、稲荷信仰にしかり、昔話でもよく狐が登場する。狐は時に人に化け、人間を化かす天才として知られる。数多くの話があるのは、それだけ日本人にとって狐は身近な動物だったのだろう。

 

「先輩は伏見稲荷に行ったことありますか?」

 

「あるよ。祐徳稲荷にも言ったよ」

 

「狐って美味しいんですか?」

 

「下処理をちゃんとすれば美味しいよ」

 

というか、この先輩はなぜいつも動物の話をする時に味の話をするのだろう。まあ、気にわなるけど。

 

「なんか狐の話してたら、狐うどん食べたくなったな。おススメのうどん屋があるんだけど一緒にいく?」

 

「奢りですか?」

 

「もちのろん」

 

「一番高いの頼もう」

 

「意外とがめついねスイカちゃん」

 

「西瓜です」

 

こうして、先輩と自分はカフェテラスからうどん屋に移動したのだった。うどん屋では、連日流れているとある新興宗教団体のニュースが、また流れていた。信者を洗脳し、金を巻き上げ、暴行し死に至らしめたとして、教祖と幹部たちが逮捕された事件だ。ちなみに奢ってもらったうどんはクソまずかった。

 

*****

 

 とある地域にこのような昔話が語られている。掻い摘んで話すと、ほかの村からやってきた大工達が大事故を起こしたというものであった。その大工のうち一人を火葬したところ、炎の中からカカカッという笑い声が聞こえて来た。燃え残った骨は人間のものとはかけ離れており、どう見ても何らかの四足獣の骨だったという。火葬場にいた人々はその骨を粉々にし、骨壺におさめて供養し、家族のもとに送ったらしい。私はこの話を知った当時、真っ先に同輩の先祖、米吉が頭に浮かんだ。これが、米吉の事を言っているのだったら仲間の元に戻ったのは、本当に米吉だったのだろうか。知る術はない。同輩も今は大学を去っている。ちなみに今、その同輩は狐を救い主の御使とする新興宗教団体の教祖を父親から継いだと風の噂で聞いた。

 

 『アレは本当に動物だったのか』

  第四章 家族は知らないアレ 一部抜粋

         著者 梅咲東風


虫の話


 私がゼミの手伝いで、とある図書館の児童文学コーナーの整理を頼まれたの時の話である。夏休み真っ只中であったためか、小中学生の姿がひらほらと見える中、私はせっせと児童本を運んでいた。すると、小学生のグループからひそひそ話が聞こえてきた。「今日の夜、昆虫おじさんの家に忍び込もうぜ」という今では珍しいガキ大将のような少年が、皆を仕切っている。私はその話がなぜだが気になり、その小学生達に話しかけた。「昆虫おじさんの家って何?」と聞くと小学生達はビクッとしてこちらを見た。すると件のガキ大将が「ここの近くにある空き家だよ。昔、虫をたくさん飼ってたおじさんが住んでたから、みんな昆虫おじさんって呼んでたんだって」と元気よく答えてくれた。「なんでそんなところにいくの?」と私が聞くと、どうやらそこは地元で有名な心霊スポットである事がわかった。私は好奇心から、もっと詳しい話を聞きたかったのだが、そこで図書館の職員に見つかり怒られてしまった。ちなみに小学生達も怒られた。昆虫おじさんの家は、今にも倒壊しそうな危険空き家のため立ち入りが禁止されているらしい。こっぴどく怒られた私は仕事に戻り、小学生達はとぼとぼと図書館から去っていった。

 

*****

 

「人間がこの世に産まれた時に泣くのはこの道化どもの舞台に引き出されたのが悲しいからじゃ」

 

「リア王ですか、あんたは」

 

と東風先輩が自分に話しかけてくる。大学のいつものカフェテラス、正午のことである。

 

「実際問題、赤ちゃんは何を思ってあんなに泣くんだろうね」

 

「いや、あれは産まれて初めての呼吸をしているだけで、泣いてるわけじゃないらしいですよ」

 

「夢のない事を言うなよ。それでも文系かい?スイカちゃん。ちなみに俺はこの世に絶望して産まれてきました」

 

「はいはい、あと西瓜です」

 

ちょっとスルーしないでよと、いつものように先輩はケタケタと笑うのであった。まったくこの世に絶望している人とは思えない。逆にこの世を間違いなくエンジョイしている。まあこの人、聞く話によると一家離散とかしてるらしいから闇抱えてそうだけど。まあ、捨て子で孤児院育ちで、養子の自分の方も人のことは言えないのだが。

 

「いかんよスイカちゃん。文系たるもの1を知って100を妄想しなければ」

 

「西瓜です。自分、本を読むのは好きですけど創作はちょっと苦手なんですよね」

 

供給だけ求める本の蟲なので、自分。昔から、人と馴染むのが苦手で、人に擬態しきれないのが自分という本の蟲だ。

 

「読書はいいですよ。心もお腹も満たせますから」

 

「いや、お腹は満たせないでしょ。ボケ担当は俺だからね」

 

何言ってんだこいつと思いながら、時間を見るとそろそろ午後の講義が始まる時間である。ということで、席を後にする。そうすると、先輩も席を立つ。なんでついてくんだこいつ。

 

「さっきの話ですけど、赤ん坊が泣く理由ですけど」

 

「なになに?どんなの?」

 

「暗い腹の中で、光求めて、這いずり出て、やっと出たその世界があまりに美しくて、感動して泣いたんだと思います」

 

「意外とロマンチストだねスイカちゃん」

 

「西瓜です」

 

*****

 

図書館の手伝いの休憩時間に先程叱られた職員に昆虫おじさんについて話を聞いてみた。すると、職員は最初は嫌そうな顔をして断ったが、好奇心が抑えられなかった私は食い下がらなかったためか、職員はポツリポツリと話始めた。「私が小学生の時に昆虫おじさんと呼ばれる人がいました。もう20年も前のことです。昆虫おじさんは虫の捕まえ方や育て方を近所の子供達に教えていました」と昔を懐かしむような顔をしている。「私たちにとっては優しいおじさんでした。ある日、おじさんは私たちに長年育ている芋虫が蛹になったので、もうじき羽化すると嬉しそうに話していました」職員の顔はみるみると青白くなってきた。「その数日後、おじさんは亡くなりました」と語る身体は震えていた。「そのおじさんの死に方がとても猟奇時なもので、おじさんは虫を口いっぱいに詰め込まれて、窒息死していました。さらにおじさんの近くには四肢を切断された12歳ぐらいの女の子の死体があったそうです」そこまでいくと職員の顔は恐怖の色で染まっていた。「女の子は腹部が裂けており、そこには大量の虫が引き詰められていたと言います。そして、女の子は妊娠していた形跡があったそうです」今にも吐きそうな顔で、職員は話を続ける。「子供は見つかりませんでした。ただ、何かが引きずり回ってできた血の跡が、外に繋がっていました」職員はその後の事は何も言わなかった。男は一体何をつくっていたのか、少女は一体何を生まされたのか、産まれた子供は一体どこに行ったのか。それは誰にも分からない。

 

 『アレは本当に動物だったのか』

  第五章 行方の知らないアレ 一部抜粋

         著者 梅咲東風


金魚の話


 私が小学生の頃の話である。私の小学校には生き物係があって、私の所属する教室にも金魚が三匹かわれていた。ある日、私の友人が誰も知らない四匹目の金魚がいると、こっそりと私に教えてくれた。その金魚は恥ずかしがり屋で、水槽の隅にある小壺の中に常に隠れているという。生き物係である友人が餌をやっても、出て来る事はなく暗闇の中、目だけこちらを向いているという。しかし、何故だか水槽を掃除する時に小壺の中を見るといなくなっており、改めて金魚を数えても三匹しかいない。しかし、再び水槽に水を入れるとやはり四匹目の金魚が小壺の中からじっとこちらを見ているという。友人は、毎日のように四匹目の金魚に話しかけていた。その姿は誰が見ても異質そのものだった。

 

*****

 

「見てこれ、かわいいだろ」

 

そう言って、東風先輩はケージの中から黒いウサギを取り出した。いつもの大学のカフェテラスである。

 

「どうしたんですかそれ、たべるんですかそれ」

 

「食べねえよ!彼女が旅行に行くから、その間世話を頼まれたんだ。名前はオディールちゃん」

 

「黒鳥ですか。たしかにウサギの数え方は羽ですけど、鳥じゃないですからね」

 

ん?ていうかさっきこの先輩なんか変なこと言わなかったか。

 

「え⁉︎先輩、彼女いるんですか!」

 

「いるよ。高校の時から付き合ってるよ」

 

「あんたみたいなのにも彼女ってできるんですね」

 

どういう意味だよ。と先輩はまたいつものようにケタケタと笑う。

 

「でも最近あんまりかまってくれなくてさあ。ウサギは寂しいと死んじゃうっていうけど、俺も寂しいと死んじゃうよって彼女にいったらさ。『東風は死んでもいいから、オディールちゃんはちゃんと面倒見てね』って言われたよ。ひどくない」

 

「彼女さん辛辣ですね」

 

「基本的に女の子の方が好きだからね。あの子」

 

どういう経緯で先輩と彼女が付き合うことになったか、気になるところだが、それよりもやらなければいけない事があるので自分は席を立つ。

 

「あれ?どこ行くのスイカちゃん」

 

「西瓜です。ちょっと、図書館に。金魚繚乱という本を読んでレポートを作成しなければいけないんですよ」

 

「金魚繚乱か。ひとりの女を思って、金魚を育てる男の話ねー。俺もオディールちゃんを彼女と思ってお世話しようかなあ」

 

オディールちゃんは、ちょっと嫌そうに先輩に掴まれている両手の中で身じろぎしている。

 

「そういれば、昔小学校で金魚飼ってたな」

 

「ああ、自分のところはメダカでした」

 

自分は生き物係では無かったので、そんなに世話をしていなかったが、ある日メダカが全滅した時は生き物係の子がわんわん泣いてたっけ。と思い出しながら、自分は先輩を置いて、図書館に向かうのであった。

 

*****

 

 事件は突然起こった。クラスの女子が水槽の中にある小壺をわざと落として割ったのである。その女子は友人のことを密かに思っていた。しかし、友人は金魚ばかりに目を向けるため、彼女は金魚に嫉妬し、友人が一番可愛がっていたいない筈の四匹目が住む小壺をわざと割ったのだ。これに友人は激怒した。友人は普段おとなしい性格のため、あんなにも怒った彼を見たのは初めてのことだった。友人は徐に鉛筆を取り出し、女子の右目に向かって突き刺した。教室が、女子の悲痛の叫びとクラスメイトの動揺の叫び声で大騒ぎになる中。友人はひとり、割れた小壺の破片を涙を流しながら拾っていた。いったい、彼の何があんな行動を引き起こしたのか。当時の私は、幼さ故か分からなかった。しかし、今考えてみれば彼はもしかしたら、あの四匹目の金魚に恋をしていたのかもしれない。では、彼をそこまで魅了した四匹目の金魚とはいったい何だったのか、今では知る由もない。その後、友人も目を刺された女子も別の学校へと転校して行った。今日まで、その友人とは会っていない。しかし、確実に言えることは、今でも彼は金魚を愛でているのだろう。

 

 『アレは本当に動物だったのか』

  第六章 友人が見たアレ 一部抜粋

         著者 梅咲東風

誤字脱字などがあればお知らせください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ