第3話 シルバは家族
神様がいなくなってからしばらく呆然とドキドキする心臓に手を当てていると
「主、我に名前を付けてくれ。」
とフェンリルがまたパタパタと尻尾を振って擦り寄ってきた。
「んー…じゃあシルバはどうかな?あなたの毛並みは銀色でキラキラしていて綺麗だから。」
「うむ。では今から我はシルバだ!」
名付けた瞬間、2人の体が光の粒で包まれ、すぐにその光は消えてしまった。
「何だったの?」
「我と主に繋がりができたのだ。我は風の精霊と光の精霊の加護を得ている。主も使えるぞ。」
「え?それって魔法が使えるってこと?」
「うむ。」
「それは面白そうだね。あ、私のことはアナでいいよ。シルバと私は今日から家族だから。主じゃなくてアナって呼んで。アナスタシアは長いしね。」
「家族か!了解した、アナ!我が近くにいる限り、アナが倒れることはもうないぞ!」
シルバがサラッと話したことは、重要なことだった。
この世界には精霊界と言うものがあり、精霊はこの世界で気に入った人間がいれば加護を与えると言われている。もちろんもふもふの加護のように直接創造神である神が与えることもあるが、精霊からの加護の方が全員が得られるわけではないが、一般的な加護だ。
その中で風を自由に操れるように風の精霊の加護、そして治癒の力を持つ精霊界の長である光の精霊の加護を得たと言うことは聞き流せるレベルの話ではないのだが、アナにとってはそれよりももっと重要なことがあった。
「…シルバ。」
「なんだ、アナ?」
「もふもふしてもいい?」
神妙な面持ちで何を聞くかと思えば、アナはずっとシルバの美しい毛並みに触れたくて仕方がなかった。シルバは床にゴロンと腹を見せるように寝転がった。それは自由にして良いという意味だ。
「シルバーーー!!!!!もふもふ!ふわふわ!!」
「ふふふ、フェンリルの我の毛並みはそこらの犬とは違うだろう。アナは家族だからな、特別だぞ。」
「ありがとう!シルバが家族になってくれて嬉しい!神様に感謝しなきゃ!」
本来神様に感謝する点はそこ以上にもっと沢山あるのだが、アナにとってはシルバを好きなだけもふもふできるようになったことが最大の喜びだった。
「は〜…あったかい…。」
「…む?アナ?……病み上がりだからな、仕方ないか。」
すやすやと寝息を立て始めたアナにシルバはそっと尻尾が被さるようにした。
フェンリルとして生まれ早100年余りが経っただろうか。精霊達が大切にしている森を守ることが役目だと言われ、森を荒らすものがいれば駆除して生きてきた。シルバーウルフ達の群れと行動をしたこともあったが、それは家族ではなく尊敬と畏怖の対象として扱われ、アナのように身体に触れようとするものなどいなかった。
良くも悪くも慣れ親しんだ穏やかな生活だった。
そんな中で初めて目にした創造神。1人の人間を守るよう頼まれたのは驚きもあったが、依頼を受ける代わりに光の精霊からも加護を得られた。悪い話じゃないと思い受けたが、「家族」という言葉の響きがこんなにも暖かい気持ちにさせてくれるとは。
シルバはこの依頼を受けて良かったと改めて感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
♢
「アナ、日が暮れてしまったぞ。」
「う〜ん…シルバ…おはよう…。」
シルバに起こされ目を開けると、部屋の中はすっかり暗くなっていた。
「もう夜だ。食事を取らなければ。」
「ん〜、でも神様が作ってくれたご飯はもうないし、食べる物はないんだよね。シルバのご飯は?」
「我は森の中のモンスターを食べる。アナは食べられないか?」
「モンスターかぁ。どうだろう。」
「とりあえず我が狩ってくるからここにいろ。」
「早く帰って来てね。」
「任せろ。」
シルバは颯爽と小屋を飛び出し暗い森の中に消えてしまった。
灯りのない暗い小屋の中、月明かりだけを頼りにアナはシルバの帰りを待った。
シルバは1時間も経たない内に何かを咥えて帰って来た。
「アナが食べられそうなものはないか?」
正直よく見えない。どれが何かも分からない。だが1つ言えることは、調理もせずにこれらを食べることは無理だ、と言うことだ。
「う〜ん…今日はやめておく。」
「その持っている魔法道具にはもう何も残っていないのか?」
「魔法道具?そんなもの持ってないよ?」
「ポケットに入れているだろう。魔力を感じるぞ?」
「え…この指輪のこと?」
アナがミカエルからもらった指輪を取り出すとシルバは頷いた。
「それは精霊の力を纏った魔法道具だろう?人間たちが使っているのを見たことがあるぞ。」
「どうやって使うの?」
「魔力を流せば良いのだろう。アナは我の魔力を使えるから問題ないだろう。」
シルバの言っている言葉の意味は半分も理解できなかったが、とりあえず指にはめてみる。すると明らかにブカブカのサイズだったにも関わらず、指輪はピッタリとアナの指にハマった。
「その指輪に魔力を集めてみろ。」
「魔力を…」
アナは分からないながらに、今日神様からやる気を返してもらった時を思い出し、身体の中をめぐる暖かい何かが指に集まるように集中した。すると指輪にはまっていた石が、ピカッと光り、宙に文字浮かび上がった。
「わー!ポップアップウィンドウみたい。」
神様地球のこういうの好きって言ってたからな、と思いながら、表示されている文字に目を通した。
・パン 10個
・ミルク瓶 3本
・クッキー 5枚
・りんご 5個
・塩 1瓶
・砂糖 1瓶
「食べ物が入ってる!」
追い出されるアナのためにミカエルが急いで厨房からくすねたのだろう。厨房に常備されていたであろうものが入れられていた。
「押せばいいのかな?…あ、個数を選んで、タッチっと。」
アナが画面を押すと、宙からパンとミルク瓶が現れた。
「お兄様、ありがとうございます。…シルバ、一緒にご飯にしよう。」
「うむ!」
その日は月明かりの下、シルバと2人夕飯を楽しんだ。
夕飯を終えれば片付けもせずに小屋へと戻り、またシルバ毛布に包まれながら夢の中へと入っていった。
「シルバ…もふもふ…おやすみなさい。」
「うむ。ゆっくり休め。」