第29話 模擬試合
生存報告―生きてます。
分家の奴らと模擬試合の約束を取り付けた後は、学校へ行く準備をしたり、ムーを撫でで和んだり、お菓子を作ったり、真里菜姉ちゃん達と遊んだり、アホ親父と喧嘩したり、そしてお母さんにアホ親父と一緒に怒られたり。
そんな平和な日常を過ごしているうちに1ヶ月が過ぎ、約束の日となった。
この1ヶ月は本当に何もなく、分家の奴らが何か仕掛けてくるかと思い山の中をムーと一緒に探索してみたが特に何もなく、見張られている様子もなかった。おそらく本当に脅威ではないと判断されたのではないたろうか。
正直、俺のことを仮面の奴だと思い込むかな?と思ったんだが気にし過ぎだったのだろうか?
それとも俺のことを仮面の奴であると仮定していても、1ヶ月前にわざとボコボコにされといたことによりお母さんの目は節穴であるため、仮面の奴も簡単に倒すことができ、お母さんに恥を掻かすことができると考えているのだろうか?
一応、俺が参加した作戦の記録は海軍のデータベースに保存されているので海軍の各所に就いている分家の者達なら閲覧することはできるはず。それで仮面の者の力量がある程度分かるはずなんだが……調べていないのかな?それとも嘘の報告が記載されているとでも思ているのかな?
……どうでもいいか。
お母さん達には遠慮なく、と言われているからボコボコにするだけですし。
―チリンチリン―
というわけで私は今、しっかりと準備を終え腕試しならぬ模擬試合の会場にやって来て、―いえ既に立っております。
模擬試合を行う会場があるのは神護の御本山―神護の山―の麓で栄えている市街にある闘技場。
この世界、スポーツの一種で能力を使った異種試合がある。これがかなりの人気でよく小さな大会から国際試合まで開かれ市民の娯楽となっている。
で、この闘技場は所謂コロッセオ、円形闘技場であり高い位置に客席がある。客席はすり鉢状の360°、すべての位置から見ることができる。闘技場といえばこれ!というような闘技場。
そんな闘技場に俺は持ってきたトランク―この身体では大きい代物―を横に置き、今立っているわけですが……。
ワイワイ、ザワザワ、ガヤガヤ
観客がいます。しかも満席です。
てかなんで観客がいるの?
だってそうでしょ?この模擬試合は分家の奴らが俺こと仮面の者の実力を知るためのものだもの。
見世物でもなんでもないのだから、観客が入る意味がない。
しかもなんかテレビ局なのか新聞社なのかテレビカメラや一眼レフカメラを持っている人達もいるし…。
おそらくではあるがあの分家の奴らの事だ、観客に神護本家直属の仮面付きを分家の者が倒す場面を見せれば神護本家に何らかのダメージを与えることができると考え、今回の模擬試合の事を宣伝し観客を入れたのだろう。
その宣伝に気付いていない俺達も問題だろうけど。
……いや、知らなかったのは俺だけの可能性がある。
姉さんや佳枝さんの2人がこの1ヶ月なんかニヤニヤしていたし、お母さんもこの数日悪い顔をしていましたし。
そう思いながら、俺はお母さん達がいる席の方を見上げる。
見上げた先にはお母さん達は席に座りこちらを見ていた。
客席に来ているのはお母さんとアホ親父、そして2人の間にいる者の計3人だ。
他の皆はいない。多分それぞれの家にでもいるんだと思う。昨日も今朝も家に来ていないし。
そんな本家の3人の隣には分家の奴らがワイングラスを片手に、飲み物―おそらく高級品―を口にしながらこちらを見下ろしている。
彼らの中には横目でお母さんの方を見てはこちらを見たりと観察している者もいる。十中八九、見定めていんだろうな。
お母さんとアホ親父の間に座っている俺を見て仮面の者の正体が俺ではないということを。
まぁでも、警戒はするか。
急に猶子として子供が神護家に招き入れられたと思えば、その次は神護家直属の駒として、白い仮面を付けた者が現れたのだから。しかも身長的に子供の。
その猶子としてやってきた子供が、仮面の者だと考えるのは至って当然な事だ。まぁ正解なんですけどね。
でも今回の模擬試合でそれは間違いだと思うはず。多分、きっと、そうだといいな。
いや絶対そう思うだろう。だって客席に俺がいるのだから!
―チリン、チリン―
春の暖かな風が吹き、結った髪を揺らす。
今も後ろ髪は肩甲骨まで伸ばしたままなので邪魔にならないように後ろで結っている。髪型については詳しくないのでこの髪型、というか結い方については分からないがただ、これだけは言える…これは…ポニーテールではないと!!……たぶん。
まあそれはいい。で、今髪を束ねている物は無事に帰ってきたお祝いとしてくれた鈴付きの組紐。組紐は橙と白の2色で編まれており、両の先に金色の鈴が1つずつ付いている代物。その鈴が風が吹くたびに結った髪と一緒に揺れ、綺麗な音を奏でる。
そんな音に耳を傾けながら俺は審判と2人しかいない会場に立ち続け、再び周りを眺め暇を潰す。
分かるとは思うが、対戦相手は目の前にはいない。絶賛遅刻中だ。
いや~、普通遅刻しますかね?あっちから時間、場所を指定していたはずなのに遅刻するってどうなんですかね?というか分家の奴らが来ているんなら一緒に来ているはずだよなぁ!?なのになんでいないんだよ!意味が分からん!!
なんてぶつくさ考えていると向かいの入場口に人影が現れた。ようやく今回の対戦相手がお出ましのようだ。
約束の時間から10分ほど遅れてな。
対戦相手が出てくると、時間に遅れているというのに観客席から大歓声が上がる。
まぁ歓声という名の黄色い声なわけだが。
やはり出生率が違うためか観客の多くは女性。
男性もいるにはいるが、女性の数と比べると圧倒的に少ない。
さてそろそろこちらに来ている相手に意識を向けるとしよう。
対戦相手は男が5人。そのうちの3人は例の3人組。
残りの2人は3人組と同じくらいの年齢のようだ。しかもこれまた整った顔立ち、将来はさぞ立派なイケメンへとなることでしょう…………ケッ。
……あれ?俺1人なのに相手は5人?あ、ふーん。
まぁ条件とかは何も言っていなかったからこの事を問い詰めても意味は無いだろう。
そういえば今の時期、男の出生率は低いはずなんだが分家の奴らの所は男が多いような気がする。たまたまなのだろうか?……今はそんな事を考えるのはやめておこう。気が散る。
俺は再び5人に意識を向け、観察する。
5人の得物は全員刀。
だがリーダーであろうヤズク―名前はお母さんから教えてもらった―の刀は他の4人とは違い、柄の部分が何か物凄く成金のようなこてこての装飾されている。
そんな刀を持っているヤズクはニヤニヤといやらしい表情でこちらを見ながら近づいて来る。
開始位置まで来る頃には先程の表情は無く、すました顔に変わっていた。
「まったくうるさい。耳が痛くなる」
「それは仕方のない事かと。 ヤズク様は神国で今一番話題の、いえこの先も話題の中心となる人物なのですから」
「その証拠に大手のテレビ各社に新聞社、出版社など多くのメディアが集まっております」
「ハァ。こんな大ごとにしなくとも結果は決まっているというのに父上ときたら……。まぁ仕方ない、さっさとこんなふざけた催しは終わらせるとしよう」
そう言い終わり、ヤズクは俺の方へ目を向ける。
すると彼はたった今俺のことに気付いたような驚きの表情になると、今度は優しい表情へと変わった。
なんともよく変わる表情だ。そしてわざとらしい。
「まさか君が例の仮面の者だったなんてね。あの時は油断していたが今回はあの時のようにはいかないよ」
「そんな事より時間に遅れたことを謝るべきでは?本当なら時間通りに来なかった貴方達の不戦敗としてこの模擬試合は既に終わっているのですが?」
「そんなことは関係ない。この試合は正式な試合ではなく模擬試合。つまり練習試合なんだから時間に遅れても何もない。しかもこの模擬試合はキミの力を見るためなんだから時間に遅れたからって終わるわけないじゃないか。キミは馬鹿だね。まぁでも、準備に時間が掛かったのは事実だ。舞台や見世物には主役は必要だもの。しかも主役は完璧な状態で出ていかないといけないし、主役は遅れてやって来るっていうから問題ないよね。ああもちろん主役はこの僕だよ。分かるよね?すでにこの試合の結果は分かりきっているんだからさ。相手がキミなら尚更、ね」
俺は審判員(女性)を見ると彼女は申し訳なさそうにして首を振った。
どうしようもできないということかな?
ま、たしかにこれは正式な試合ではなく分家の奴らが仮面の者の実力が如何ほどか見るために行われるものだから不戦敗なんてものがあるわけないよな。だがこの一戦を見世物として扱って、約束の時間に遅れていい理由にはならないと思うが。
「まったく僕はこんな事をしている暇は無いというのに……そうだキミ、降参しなよ」
………
「僕は寛大だからね。今なら降参を許してあげる。そうだな、その仮面を外して素顔を見せて、衣服を全部脱いで裸で土下座をしながら僕の靴を舐めて『これからは“最強”のヤズク様の奴隷となります』と言ったら降参を許してあげる。それとこの前の事も許してあげよう」
…………
今日の晩御飯どうしよかな?
昨日は魚系だったから肉系がいいだろうか?多分姉さん達も来るだろうし…揚げ物か?そう言えば鱚を貰ったんだっけ?なら天ぷらかなぁ―。
「―特別に教えてあげるけど僕はこの国で2番目に強いんだ。脳波も9000Pw以上でゼノに近いし、能力も複数持っている。この前会った時は油断していたし、まったく本気ではなかったからあんなみっともない姿を晒してしまった。けど、今回はあの時のように出来るとは思わない事だ。あぁ、あと―」
あぁまだなんか言ってたんだ。
へ~。9000とはなかなか人材だなぁ、勿体ない……。
……ん?液晶モニターにロックオン表示?補足しているのはヤズク?……俺何もやっていなんですけど。
となると彼にロックオンしているのは……
「ちょっとアウラさん?」
彼らそして審判の女性には聞こえないくらいの声量でアウラに問いかける。
「なんでしょう?」
「彼にロックオンしたの貴女?」
「はい」
「なにやってんの!てかロックオンしてどうするの?」
「狙い撃とうかと」
「あらやだ、ストラトスやん。ではなくて、え?何?何を撃つ気なの?」
「ミサイルです。正確には言うと対艦ミサイルです」
「やめてよ。しかしどこから撃つつもりで?御影には搭載していないよね?」
「はい。御影にはまだ搭載しておりません。ですので海軍の方から―」
「おいこらまて。まさかクラッキングしてんの?」
「いつでも撃てますよ!」
「『撃てますよ!』じゃないんだよ!クラッキングするのを今すぐ止めろ!それから絶対撃つなよ!!」
「……ふりですか?」
「んなわけあるかい!本気だよ!でもなんでロックオンしたんだよ」
「そんなのご主人様のことをバカにしたからですよ」
あぁ、そうだった。アウラは俺のことを第一に考えているんだった。
嬉しくあるけど時々暴走するんだよな。
俺がアウラとコソコソと話している間にヤズクの話はすでに終わていたらしく俺が降参するのを待っていたらしい、しかし降参する気が無いと理解したのか、彼はやれやれと両手を上げ、首を振った。
「はぁ。まったくキミは僕との実力の差が分かっていないみたいだね。仕方ない、弱い者いじめは嫌いなんだけど……身の程を知るがいいよ」
ようやく試合が始まるか。長かった。
しかし弱い者いじめは嫌いと言ってはいるけど、ニヤニヤしているんだよなぁ。
如何にも“弱い者いじめ大好きです!”って言っているみたいなんですが?
「それでは両者共これを」
審判からある物が渡された。それはイヤーカフ。
これは殺傷性のある能力を使おうとした時の脳波を検知するための物であり、審判にへと報せる装置。
もし報せが来た場合、審判はそのイヤーカフの装着者を即刻反則負けにするのだ。つまり“スポーツマンシップに乗っとり試合をしてね、でも熱くなり過ぎでヤッちゃわないように一応付けといてね”ということ。
しかし、この試合は正式なものではないから…と、先程の理由のようにこれを用意していないだろうと思っていたが、流石に衆人環視の中で大怪我や死人が出たら評判が悪くなると考えたのか用意していたか。
そんなイヤーカフをお互い付け、決められた立ち位置に移動し準備ができたことを確認した審判は片手を上げて試合開始の宣言をする。
「それではこれより模擬試合を始める。この模擬試合の目的は神護家直属の駒、コードネーム白面の実力を見極めるためである。ルールは即死もしくは大怪我に至るような攻撃以外は何でもありの時間無制限。どちらかが降参の意思を示した場合、もしくは気絶や第三者の介入により試合の継続が困難となった場合のみこの模擬試合を終了とする。それでは両者、模擬試合でも本当の試合と思い正々堂々と己の能力を出し切り、女神に恥じぬ試合を行うように。それでは…始め!」
審判の開始の合図と同時に、岩が飛んできて横に置いておいたトランクを吹っ飛ばされた。
そして足元に穴が開き、俺はその穴へと落ちていった。
生存報告のついでで一話投稿しました。
半年以上も空けてしまい申し訳ない。
自分の想像以上に書く暇がなく、話も思いつかない状態でここまで来てしまいました。
もしかしたらまた更新が再開するかも、と期待した方がいるなら本当に申し訳ない。
来年のこの時期まではほぼ今と同じ状態になると思うので期待しないでください。
失踪するつもり毛頭はありません。死なない限り。
追伸、コロナにかかりました。皆さんもお体には気を付けて日々をお過ごしください。
ではまた次にお会いする時まで。




