第12話 案内
「へー、ここが艦橋ね。本当に何もないわね」
優香さんはそう言いながら窓際まで行くと外を眺めながら「おぉ~」と何やら感心しているような声を出している。外はまだ暗く探照灯に照らされているだけで周りは余り見えないはずだが。
現在自分は御影の艦内を神護夫婦に案内している最中である。
あの後子供用の服や下着は無いので優香さんからカッターシャツを貸してもらった。所謂裸Yシャツである。誰得と思ったがこの世界は貞操観念が逆転しているため女性からの受けが良いらしい。移動中すれ違った女性水兵からはガン見された。普通ならもっと大人になっている方が良いと思うが現在彼女たちは禁欲状態なので男なら何でもいいようだ。
女性から厭らしい目で見られるがそれでも念願の衣服だ。タオルよりはマシなのでいいが下着も早く欲しい。あとシャツを貸してくれた優香さんが、鼻息を荒げながら「返す時は洗わなくてもいいからね?ね?ね?」と念押しをしてきて、再び正彦さんにハリセンで叩かれていた。
御影に渡る際、杜宮さんや優香さんの部下―取り調べの初めに優香さんと一緒に入ってきて、鼻息を荒げていたもう一人の女性―である副官の神崎さん―眼鏡をかけており胸は控えめ、すらりとしたスタイルで美人秘書みたいな人―も同行を申し出たが特一級機密扱いと自分と御影はなっているらしく神護夫婦以外はダメと元帥閣下から言われているらしい。
優香さんは責任者として、正彦さんは優香さんの夫であることと、かなりの信頼をされているらしく特別にいいらしい。機密とはいったい。
ついでに御影や自分を見た精鋭の海兵隊や艦隊の皆さんにも厳重な箝口令が敷かれたらしい。
特一級機密が何なのか訊くと
「簡単に言うと特大の面倒事だね」
なんとも分かりやすい説明を正彦さんはしてくれた。
「それにしてもここの艦橋はやけに広いね」
正彦さんが言う通り、ここ第一艦橋はモニター付きの椅子以外は何も無いため広く感じるというのもあるが、支柱がかなり細くその内部にエレベーターが通っている筒状の構造になっているためかなりのスペースがある。しかし、四、五人乗りのエレベーターが収まるくらいの細さの筒状の支柱で艦橋全体の構造を支えられるのか不安だった。大和型の構造的には中心部の二重の筒で艦橋全体を支えており、構造支持の内筒の内部には電線や配線が通り主砲射撃装置を支え、内筒と外筒の間に階段とエレベーターが通っている構造と比べ御影に問題は無いのかアウラに以前訊いたところ≪全く問題ありません。絶対に折れないので≫と自信満々で、しかもドヤ顔を表示させて答えてくれた。三発の核に耐えられるのだから大丈夫なのだろう。現に艦橋全体の構造支持に問題はないようだし。
「さぁ、次に案内して頂戴っ!」
優香さんに急かされて次の場所へと案内し、食堂、大浴場、休憩スペース、医療室といった自分もアウラに案内してもらった施設、部屋を案内していく。さすがにアウラ本体のいる司令塔部分や機関がある場所、自室には案内していない。というか出来なかった。
自室のことは自分が省いたので案内をしていないが、他はアウラが気を利かせてくれたのか機関室や司令塔部分に繋がる扉が開かなかったためである。二人には他にも自分も未だに行けない区画がある事や、この艦を動かしている本体らしきものが何処にあるのかは自分も知らないという説明を行い納得してもらった。実際にまだ入れてもらっていない部屋、施設はある。アウラ曰くまだ早いらしい。何が早いのか教えて欲しい。
太陽が水平線から顔を出し始めた頃に案内は終了した。大体一時間ほどで案内は終了し二人は旗艦の長門に戻るため長門と御影に掛けているタラップへと向かう。
自分は御影に居ていいのかそれとも長門に居るべきなのか、どうするべきなのかを訊こうとすると何やら優香さんの様子がおかしい、タラップ前で止まって俯き、表情が見えない状態になっている優香さん。
タラップの途中まで渡っていた正彦さんも優香さんの様子に気付いたみたいだがすぐに溜息をついて長門側で待っていた杜宮さんに何か指示を出している。何か指示を出されたらしい杜宮さんは長門へと入っていった。
今更だが優香さんが艦長をしている旗艦の長門の全容が明るくなったのでようやく見ることが出来た。名前から想像できるように第二次世界大戦時の大日本帝国海軍の連合艦隊旗艦を最も長期にわたり務め、日本海軍の象徴として長く国民に親しまれた戦艦。史上初めて41センチ砲を搭載した戦艦『長門』がそのままの姿であった。
そんな長門の姿が目の前にあることに感動していると、優香さんがこちらに振り返る。その目はとても真剣なものであったため自分も自然と背筋が伸びる。
「ねえボク」
「はい。なんでしょう」
とても真剣な声だった。もしかして御影を見てやはり危険だと判断されたのだろうか。そうなれば今この状態は非常に拙い。御影の中に居れば安心安全だが今は御影の外、格闘もやったことがなく今は子供の身体の自分ではすぐに拘束されてしまう。拘束された後、アウラに御影で暴れてもらい、隙をみて脱出。というのも難しいだろうし。どうすんべ?と考えていると優香さんは
「私をこちらに乗せてくれない?」
「……はい?」
とても、真剣な、声だった。
「うれしい!乗せてくれるのね、ッ?!」スパーンッ
優香さんが言い終わると同時に気持ちいい音が響く。音の先には正彦さんがおり手にはハリセンが持ってあった。そのハリセンでまた優香さんの頭を叩いたらしい。
「いったーい!何するのよ!」
「君は何を言っているんだ!」
「質問を質問で返さないでくださ~い」
スパーンッ、再びハリセンの綺麗な音が甲板上に響き、優香さんは頭を押さえ丸くなる。
「本当にごめんね。どうせ大浴場があるからのんびり入りたいだとか、休憩室のバーでお酒を飲みたいとか、そのキュピルをもっと近くで見たいだとか、そんなことで君の艦に乗せて欲しいと言っているんだと思うよ」
正彦さんがそう言うので優香さんに目を向けると、屈んだまま何故かムカつく笑みを浮かべ左手の親指を立てグッドサインを出している。どうやら正彦さんの言う通りらしい。
そんな優香さんを見たためか、また正彦さんがハリセンで優香さんの頭を叩き今回一番いい音が甲板上に響き渡る。
優香さんは再び頭を押さえ「ほぉぉぉ」と言っている。どうやらあのハリセンは大きな音の割に痛みや怪我をもたらさない工夫がされている従来のハリセンではなく、大きな音程痛みをもたらすようなハリセンの様だ。そんなハリセンで叩かれて痛がっている優香さんから目線を外して
「自分はどちらに乗ればいいですか?」
御影に乗ていてもいいのか、一様保護の様な扱いの為長門に乗る方がいいのか、よくわからないので尋ねてみる。
「そうだね。普通なら旗艦に乗ってもらって君の艦は優香の部下たちが操縦するんだけど、君がいないと動かないよね?」
「いえ、一様遠隔操作は出来ますよ。この端末から指示をすればこの艦は動きます。10km 範囲でですけど」
「へぇ、それはすごいね。それなら長門…に…」
「?」
正彦さんが言葉を途中でやめ、こちらに向けていた視線を後ろへと向ける。自分は不思議に思い正彦さんが向けている後ろ―長門―に視線をやると
「ヒッ」
長門の艦橋や防空指揮所、見張り台、艦橋内に出入りする扉、外が見えるすべての場所に女性水兵、海兵さん達がいた。見物客みたいにただ見ていればただ注目されているなぁとしか思わず、小さくても悲鳴なんかは上げない。ではなぜ悲鳴を上げたのか、それは彼女たちの目がキラキラを通り越してギラギラしており、まさに肉食獣の様な目をしていたから。しかもその目標が自分だとわかるくらいの目力でこちらを見ており――中には窓に張り付いている人までいて――大変怖い。今思えば御影から長門に案内された時に起きた事故後の女性海兵達の目、取調室の時の優香さんや部下の神崎さんの目もあんな感じだったと思い出す。自分がしでかした事―興奮していた女性海兵達に微笑んだ事―を思い出し、いくら気が動転していたからといってヤバイ事をしてしまったと今更ながら気付く。
「…だいじょうぶかい?」
正彦さんが尋ねてくる。その声は憐れんでいるような、でも疲れているような声だった。
気付けば自分は数歩下がっていた。圧におされてか、それとも引いてなのかは分からない。しかしこな事で引いていたり臆していたりしては周囲を翻弄したり、女性を手玉に取るような男にはなれないと思い「フンスッ」と気合を入れる。
すると同時に長門から女性の歓声があがる。…どうやら心の中で気合を入れたつもりが出ていたらしい。恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じながら正彦さんを見ると微笑ましそうにこちらを見ていたのでジト目になって正彦さんを見ていると、こちらの視線に気づいたのか苦笑いしながら
「あぁ、ごめんごめん。で、どちらに乗るかだったね。まぁ逃亡するつもりもないようだし君の船に乗ったままでいいかな。もちろん武装はロックはしてね。あんな状態の船には乗りたくはないだろ?」
と後ろ指で指さす。すると長門、優香さんからブーイングが浴びせられる。どうやら長門の女性水兵さん達は甲板上での会話を拾って聞いているらしい。機密事項は何処に行った。
正彦さんは額に青筋を浮かべブーイングを浴びせている優香さんに近づき耳元で何かを話し出した。すると元気よくブーイングをしていた優香さんの声はみるみる小さくなり、次第に青くなりガタガタと震えだす。
正彦さんが離れると優香さんは立ち上がり、長門で正彦さんに向けてブーイングを浴びせている女性水兵達に向かって何やら身振り手振りで伝えだす。すると水兵さん達はそのジェスチャーを理解したのかすぐに静かになり、迅速に持ち場に戻って作業を始めた。
優香さんはこちらに向き直して綺麗な敬礼をし、すみやかに長門へと戻っていった。
「……優香さんに何を言ったんですか?」
「はっはっはっ、それじゃあ長門の後に続い来てね」
正彦さんは詳細を話さずにスタスタとタラップを渡り長門へと戻っていった。
自分は御影の甲板に取り残され、長門と繋いでいたタラップが回収されるのを眺めていた。
回収していたのは自分を長門の取調室まで案内してくれた女性海兵さんの二人だった。二人はこちらに気づいていたらしく微笑みながら小さく手を振っている。なので自分も微笑みながら手を振り返し御影に戻った。
「…手を振り返してくれましたね隊長」
「えぇ、そうね」
「あれはもう脈ありというやつでしょうか?」
「そうかもしれないわね」
「…私また濡れてきちゃいました。さっき着替えたのに」
「…私もよ」




