表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

その18

最終回となります

「はぁ、はぁ…」


 遮二無二になって走り続け、気付けば僕は屋上にいた。

 遠くからチャイムの音が聞こえてくる。おそらくHRが始まるところなのだろう。


 そう考えるとさほど時間が経ってないのに、体がやけに重たい。

 フェンスへと背を預け、ズルズルと剥き出しの床へとずり落ちていく。

 やがて尻餅をつくのだが、伝わってくる冷たい感触が、少しだけ僕に冷静さを取り戻させてくれていた。


「なにやってるんだ、僕は…」


 教室で取った一連の行動。あれは悪手だとかひどいだなんてものじゃない。

 最悪も最悪。決して取るべきではない選択ばかりを選んで、最後には逃げ出したんだ。

 これで今更どの面下げて戻れというのだろう。


「陽葵がせっかく助けてくれたっていうのにな」


 自嘲するように零した僕の呟きは、眼下のコンクリートへと吸い込まれていく。

 陽葵の助け舟を袖にして、駆け出して。本当に僕は、いったいなにをやっているんだろう。


 こうしてひとり俯いていたところで、なにひとつ解決なんてしやしないのに。

 情けなさと不甲斐なさ。どうしようもない自分への苛立ちで、もう泣きたくなってしまう。


「くそ…」


 わかってる。全部が全部、僕が悪いんだってことは。

 下らない意地を張り、現実の自分と理想のギャップに妥協できずに、陽葵に勝手に劣等感を抱いてる僕が全部悪い。

 終いには彼女に勝てるところを探して上回ることができれば、きっと陽葵の隣に勝てるはずだと思い込んでいた始末。

 いつの間にか妥協点を作り出し、気持ちのすり替えまでしていたのだ。


 違うだろ。僕は彼女に勝ちたかったんじゃない。陽葵を守りたかったんだ。

 だというのに、勝てば守れる?違うだろ。



 僕が守りたかったのは、僕だ。

 僕は、自分のちっぽけなプライドを一番守りたかったんだ。

 僕が誰よりも大事だったのは、僕自身。


 それに気付いた、気付いてしまった。

 だから、僕にはもう―――





「こんなところにいたんだ、タケルちゃん」


 殻に閉じ込められた鳥のように蹲り、下を向いていた僕の足元に、ひとつの影が差し込んだ。


 同時にかけられる声。

 それは誰よりも聞いてきた声だ。

 誰よりも、それこそ今の今まで考えてきた、女の子の声。

 僕はゆっくりと顔を上げた。


「陽葵…」


「探したよ、急に飛び出すんだもん。びっくりしちゃった」


 そこにいたのは、陽葵だった。

 苦笑しながらも、僕を見る目はひどく優しい。


「なんで…授業、始まってるのに」


「タケルちゃんが心配だったからだよ。授業なんてどうでもいい。それに、たまにはサボるのもいいかもね」


 もちろん、タケルちゃんと一緒ならだけど。そう言って陽葵は笑う。

 それが本心からの言葉だとわかるから、僕は思わず泣きそうになる。


「陽葵…僕は」


「天気が良くて気持ちいいね、タケルちゃん。いっそこのまま街にでも行っちゃおうか。少しは気分転換になるかもよ」


 あんなことをしたというのに、陽葵は優しい言葉しかかけてくれない。

 なんで逃げたのとか、一緒に戻ろうとか。普通なら聞いてきたり、連れ戻そうとするだろう。

 責めるのも普通のことだ。当たり前のことのはず。


 だというのに、彼女はどこまでも僕に優しくしてくれるのだ。

 昔からずっと変わらないそんな陽葵が綺麗すぎて、眩しすぎる。


 そして同時に、どこまでも辛かった。

 こんないい子に、僕みたいな醜い男を付き合わせてしまっているという、途方も無い罪悪感が、心の内側へと津波のように押し寄せてくる。

 防波堤はとっくに崩れ落ちていた。なら、後はもう呑まれるしかなくて―――



「ほら、行こうよ。タケルちゃん」



 その差し伸べられた手が、トドメだった。






「陽葵…ごめん」


 気付けばそう言っていた。

 きっと絞り出すような声だったと思う。


「さっきのこと?それなら大丈夫だよ。後でみんなにも説明すれば―――」


「違うんだ…僕はその手を握れない、本当に、ごめん…」


 心の奥底に押し込んでいた汚濁。それが今まろび出ようとしている。

 必死に押し止めようとしていたけど、もう限界だった。


「え…なんで…」


「僕は、陽葵のことが好きだった」


 手を差し出したまま戸惑いを見せる陽葵に、僕は告白していた。


「ぇ………」


「ずっと、ずっと好きだった。小さい頃からずっと…僕は本当に、陽葵のことが誰より一番好きだったんだ」


 スラスラと、思いの丈を口にしていく。

 だけどそこに熱はない。むしろ真冬に降る雪のような冷たさが、僕の心を浸している。


「だから守りたいと思ったんだ。陽葵のことを、僕が守りたかった…ずっと一緒にいるために、そうしたいって誓ったんだよ」


 ずっと言いたかったことなのに、緊張もなにもなく、あるのはただの後悔だけだった。


「そう、なんだ…た、タケルちゃん!あの、私もね!」


「だけどごめん。もう無理だ」


 なにか言おうとした陽葵の言葉を、僕は遮る。

 彼女にはなにも言って欲しくない。これは僕の懺悔なのだから。


「僕じゃダメなんだ。僕じゃ陽葵に相応しくない」


 了承も取らずに始めた僕の回顧録。

 本当に僕はどこまでも身勝手で、だからこそ安堵できた。


「陽葵といると、辛いんだ。自分がどうしようもない惨めでダメなやつだと思ってしまう。どうしても君と自分を比べてしまう。そうするとわかってしまうんだ。自分の醜さというやつを、嫌っていうほど」



 陽葵を守ることもできない、どうしようもないやつだと、はっきり諦めがつくのだから。



「僕じゃ君を守れないんだ…だから、離れてくれ。もう僕に近づかないで欲しい」



 これを告げるのも自分のため。どこまでも僕は自分が可愛くて、だから彼女の手を取れるはずもない。


「ぁ…え?」


「もう僕から話しかけることもしないし、一緒に学校もいけない。そうしないと、僕は…」


 きっと壊れてしまうだろう。いや、きっともうとっくの昔に壊れているんだろうけど、それでも。


「さよなら…!」


 そう言うと、僕は駆け出した。

 過去の全てを置き去りにするようにして、僕は屋上から、陽葵から逃げていく。


 これが正しいはずもないことはわかってる。

 その証拠に僕の目から次々に涙が溢れて止まらない。


「くそっ、くそっ…!」


 だけど、これ以外にできることなんて思いつかなかったんだ。

 これで陽葵を僕から開放できるはずだと、そうすれば彼女を幸せにしてくれるやつが現れるだろうと、必死に自分へと言い聞かせる。


 誤魔化しだってわかってた。

 僕は好きな人も守ることができない、弱くてどうしようもない臆病者で。


 遠くで聞こえる女の子の泣いている声から、離れたくて仕方ないから、ただ逃げているだけなんだってことも。




 ―――泣かせたくなんて、なかったのに




 こんなことでしか自分と彼女を守ることしかできないことが、どうしようもなく惨めだった。


完結となります

陽葵視点も入れようかと思いましたが、蛇足になりそうでしたので…

バッドエンドとなりましたが、こういった終わりかたも好きだったりします。ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ホント好きこう言う叶わない恋って本当好きです [一言] 出来ればその後どうなったのか、いつか描いてくださると嬉しいです
[一言] 男としてのプライドなんて無駄なものだとおもってるから全く感情移入できなかったなー、好きって感情以外に大事なものってあるの?好きな人が自分を好きだったと言うことがどれだけ恵まれいるか理解するべ…
[一言] この幼馴染ちゃんと付き合ってると心がザクザクと傷つけられるだけだもんなー これはこれでハッピーエンドですよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ