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第5話 はじまることなく



 彼の部屋での仕事を久しぶりに任された。


「最近、貴族の中で強い権力を持つようになった侯爵家との縁を持ちたいと兄上に頼まれたんだ――まだ、断れるかもしれない――だけど断ったら兄上の治世に影響が出てしまうかもしれない――でも私は――」


 政略結婚が決まりそうだと、慌ただしくなったアイゼンと久しぶりに出会った時に、ぽつりぽつりと彼が話しかけてきた。

 彼の水色の瞳は精彩を欠いて見える。


(アイゼン様は、お兄様である皇帝陛下のことを慕っていらっしゃる。ただでさえ、殺されたイグニス様のこともあるのだから、お兄様の命に反発はしたくないのだわ……)


「ルビー……私は――」


 気づけば、わたしは彼に抱きしめられていた。


 苦しそうな表情で、わたしに声をかけてきたアイゼン様。

 彼の辛そうな声を聴くだけで、胸が軋むようだった。


 その時――。


「ルビー……」


 アイゼン様がわたしの名を呼んだかと思うと――。


 わたしの上唇を、彼の唇が甘く食んできた。


「アイゼン様――」


 キスをされたのだと、気づくのにしばらく時間がかかる。


「ルビー、兄のように思ってくれなんて言ったけど……あれは言葉のあやで……僕が苦楽を共にして生きていきたいと思うのは――」


 そうして身体を抱き寄せられる。


(わたしもアイゼン様のことを――? 身分違いも甚だしい気持ちを、わたしは抱いているの――?) 


 彼の背に、手を回したい。


 いっそ彼に身を委ねてしまいたい――。


 そんな抱いてはいけない気持ちが、頭をもたげてくる。



「だけど私には――皇帝の弟としての責務もある……私はいったいどうしたら良いんだ……」



 苦悩する彼を見るのは辛い……。


(彼は皇弟……だけど、わたしはアイゼン様の城で働くただの使用人……)


 気づけば――。


 わたしは彼の身体を突き飛ばしていた。


「アイゼン様の奥様にも、誠心誠意努めてまいりますわ――」


 無理に笑顔を作って、彼にそうとだけ告げる。


「ルビー……! 待ってくれ! いかないでくれ、ルビー!」


 アイゼン様は必死にわたしの名を呼んでいた。


 だけれど、走って追いかけてくることなどはなかったのだ。

 


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