第三十五話 地下五階層
生首ハームに道案内をさせ、俺達は学生の最高到達階層であった地下四階層を乗り越え、無事に目的階層であった地下五階層へと到達した。
地下五階層は王国騎士団の調査隊の最高到達階層でもある。
元々そこまで本腰を入れて調査に出ていたわけではないだろうが、それだけ注意すべき階層、という点には変わりない。
この階層に入ってから、大鬼級の魔物が次々に現れるようになった。
「オオオオオオオ!」
今も俺達は、三メートル以上はある巨体の大鬼、三体のオーガの群れと交戦していた。
丸太のように太い真っ赤な腕の先には、刃の如き巨大な四つの爪がついている。
「群れる魔物ではないはずだが、運が悪いな。二体は引き受けるから、そっちの奴は任せたぞ」
俺は片手でハームの帽子を掴んだまま、刃の折れた剣を逆の手に構える。
「ヒ、ヒヒ、そんな武器で、オーガを二体同時に? 確かに君は強いけれど、慢心があまりに過ぎるようだ。その程度の警戒心じゃ、あの御方の許へ辿り着くことも……」
俺は跳び上がり、片方のオーガの頭部をへし折れた刃の断面で抉るように殴りつけ、もう片方のオーガの頭部をハームの生首でぶん殴った。
「ヒィイイイイイ!?」
ハームの絶叫が周囲に響く。
頭に衝撃を受けた二体のオーガは、焦点の合わない目で身体をふらつかせる。
俺はそのまま刃とハームを手放し、二体のオーガの頭部に手を添えて倒立の姿勢になり、腕を交差して打ち付けてやった。
オーガの硬い頭蓋が砕ける音がした。
俺は宙返りしながら地へと降り、先に手放した刃が落ちる前に回収した。
ハームの頭が地面に激突した。
「アガァア!?」
苦しげにびたんびたんともがくハームの帽子を掴み、再び宙へと持ち上げる。
ハームは俺と目線を合わせると、額に皴を寄せて睨みつけてきた。
「化け物め……。君、武器いらないんじゃないのかい?」
「馬鹿なことを言うな。俺はこれでも、剣の扱いの器用さで評価されていた。魔剣の扱いと、剣技には自信がある」
素手同士ならば確かめるまでもなく〈名も無き二号〉が一番強い。
十回戦わされても一度も勝てないだろうという確信がある。
もっとも〈名も無き二号〉相手に十回も殴り合いをしたら、その時点でまず生きてはいないだろうが。
「ああ、そうかい……」
俺は折れた刃に染みついたオーガの体表や血、脳漿を、軽く振って飛ばし、ルルリア達を振り返った。
「アーイーンー! 軽く言って任せてくださいましたけれども! 私達がオーガなんて倒せるわけないじゃありませんの! 大鬼級は騎士殺しって呼ばれていますのよ!?」
「逃げんじゃねえヘレーナァ! 戦力が減ったら、勝てるもんも勝てねぇだろうが! たまにしくじった奴が大鬼級に狩られるってだけで、このくらいの魔物ならあっさり仕留められる騎士の方が遥かに多いんだよ!」
弱音を吐いているヘレーナが、ギランに怒鳴りつけられていた。
「でも! 私達! まだ騎士じゃありませんもの!」
「騎士見習いと騎士の違いなんざ、王国に認められてるか認められてねぇか程度の違いだろうが! んなもんに実質的な意味はねぇよ」
「大アリでしてよ!? 馬鹿じゃありませんの!?」
ルルリアは汗と土塗れになりながら、地面を駆け回ってオーガに魔弾を撃ち続けている。
ギランもヘレーナに文句を飛ばしながらも、どうにか魔弾に気を取られたオーガの隙を突いて、足や腕を浅いながらも斬りつけていた。
「落ち着いてください、ヘレーナさん! アインさんが私達に任せてくださったということは、対応しきれると判断してのことなんです! ですからヘレーナさんも手を貸してください!」
ルルリアがヘレーナへとそう叫ぶ。
俺はその様子を見て、唇に手を触れた。
「……やっぱり大鬼級は厳しいか?」
「アインさん!?」
ルルリアが悲鳴のような叫び声を上げる。
正直、ギランと同じ考えだった。
大鬼級はだいたい〈銅龍騎士〉と同等の戦闘能力を有していると、学院でそんなことを耳にしたのだ。
オーガ程の膂力を持つ〈銅龍騎士〉がいるとは思えないが、魔物には技術がないため、その辺りを考慮した考え方なのだろう。
騎士学院の上位ならば、平均的な新人騎士とそこまで差はないだろう。
人数もいるので、〈銅龍騎士〉相当のオーガくらいならばギリギリどうにかなるのではないかと思ったのだが、そこまで単純に考えるべきではなかったかもしれない。
「ルルリアはアインを過大評価し過ぎですのよ! 正直アイン、ちょっとズレてることの方が多いんですから! アイン、早くこいつの相手をしてちょうだい!」
「……いや、悪い。ただ、オーガくらいどうにかできないと、やはりここで先に戻っておいてもらった方がいいかもしれない」
地下五階層を三人で行動できないとなると、かなりできることが限られてくる。
元々危険は承知の上で、それでも人手は確かに必要だということでついてきてもらっていた。
ただ、オーガにも対応ができないとなると、言い方は悪いが単に足手纏いになってしまう可能性の方が高い。
俺も覚悟を決めているとは言われても、三人を犬死させるような選択を取れるわけもない。
マリエット達を助けに行って三人の内の誰かが死ねば元も子もない。
「ルルリアァ! ヘレーナァ! 死ぬ気でオーガをぶっ殺すぞ!」
俺の言葉を聞いて、ギランが声を荒げて叫ぶ。
「あまりここで消耗されても困るし、時間を掛けるわけにもいかないんだが……」
特にギランには、ここで消耗の激しい〈羅刹鎧〉を使われるわけにもいかない。
「死なねえ程度に死ぬ気でやるぞ! ヘレーナァ! 次無様に下がったら、魔物が殺さなくても俺がテメェをぶっ殺してやるからな!」
「ひいいいいい! 昼間は和やかに剣の修練を行っていただけでしたのに、どうしてこんなことに!」
「喜べヘレーナァ! 結局人間、追い詰められたときくらいじゃねぇとまともに成長しねぇんだよ! 特にお前みたいな奴はな!」
ヘレーナが半泣きの表情でオーガへと斬り掛かっていく。
「恐らく三人共、実力不足というより、巨体の魔物の相手をした経験がないから警戒しすぎているんだ。ギランも後半歩踏み込んでいい。ルルリアはいいんだが、後を思うと無暗に撃ち過ぎだ。もう少しギランとの連携を意識して、数を絞った方がいい」
ギランの言う通りといえば言う通りでもある。
彼らに戦力になってもらうためには、実戦で巨大な魔物との戦闘にどうにか慣れてもらうしかない。
一度や二度の戦闘経験で大きく変わることはないが、ゼロと一では全く違うのもまた事実だ。
「アイン! 私は! 私には何か助言はありませんの!?」
「……さっきやった、両手を思いっきり伸ばして振り回す技は、多分もうやらない方がいい」
ヘレーナの家流剣術には敢えて隙を晒すような動きが多い。
手の位置もちぐはぐだが、実戦になると意外と理に適っていることが多かったりする複雑な剣技だ。
ただ、あの動きは人間とリーチの異なるオーガ相手には絶対通用しない上に、下手したらそのまま殺されかねないので封印するべきだ。
「腰が引けているだけで、技でもなんでもありませんわ! 申し訳ございませんでしたわね!」