第二十六話 フィーアの手紙
俺達〈Eクラス〉の寮は大部屋である。
クラス十六人中、男は十一人になる。
広い部屋とはいえ、十一ものベッドが並べばかなり狭くなる。
俺はベッドの上に座り、俺宛てに届いた手紙の封を切っていた。
封筒には『親愛なるアイン兄様へ』と書かれており、送り主の代わりに数字の四が記されていた。
ということは……〈名も無き四号〉からか。
もっとも、〈名も無き二号〉も〈名も無き三号〉も、俺が消えたからといってわざわざ手紙を送ってくることはないだろう。
ネティア枢機卿も忙しい御方だ。
「誰からだァ、それ?」
ギランが声を掛けてくる。
「教会で一緒だった子からだ。俺を実の兄のように慕ってくれていたよ」
「ほう、アインの妹分か。俺は一人だし……母親も、病気で死んじまってもういねぇ。親父も、手紙なんか送ってくるような奴じゃねぇから、ちっと羨ましいぜ」
ギランはそう言って、自身のベッドの上に寝転がった。
俺は取り出した手紙を開き、文面へ目を落とした。
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拝啓
学院での生活は、不自由をなさってはいらっしゃらないでしょうか?
不慣れな集団生活の中とは存じますが、兄様がお元気に過ごされていることを祈っております。
本当はもっと早くに手紙をお送りするべきだったのですが、任務明けで帰ってみれば、突然兄様が三年は〈幻龍騎士〉に戻られないと聞かされて動揺してしまい、このように時間が開いてしまいました。
お許しください。
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間違いなく〈名も無き四号〉のものだった。
「どんな奴なんだ?」
「そうだな……優しくて、ちょっと怖がりな子だ。ううん、言葉にするのは難しいものだな」
「そうじゃなくてよ、強いのか、そいつは? アインの妹分なんだから、ちっとは戦えるんじゃねぇのか?」
ギランが妙に興味津々だと思えば、また戦いのことを考えていたらしい。
俺は軽く笑ってから、顎に手を当てて考える。
強いか……と聞かれると、比較対象がないので何とも言い難い。
「まぁ、俺より強いんじゃないか? 訓練でしか戦ったことがないから、何とも言えないけどな」
「ハッ! アイン以上か! 面白そうな奴じゃねぇか」
ギランはそう言って笑ってから、顔を青くした。
「……さすがに冗談だろ、オイ。アインみたいな奴が同世代にゴロゴロいるんだったら、俺が今まで十五年間に見てきた世界はなんだったんだ」
「難しいな……。お互いどこまで本気でやるか、という話にもなる。意味のない仮定だ。まあ、魔法型だから、距離があったら間違いなく彼女の方が上だろう」
何せ〈名も無き四号〉は、世界で唯一の七重属性だ。
表に出れば、間違いなく世界最強格の騎士として名を刻むだろう。
一対一より、多対一でその真価を発揮する。
千の兵が〈名も無き四号〉に挑んでも、ただの歴史的大量自殺にしかならないと断言できる。
「ハ、ハハ……アイン、お前は真顔で冗談を口にするときがあるから、ちっと分かり辛いぜ」
ギランはぎこちなく笑った。
確かに冗談は得意ではない。
ネティア枢機卿よりいただいた〈アイン向け世俗見聞集〉の冗談の項目を何度も読んではいるが、ヘレーナの常日頃の言動と冗談の差があまりわからない。
冗談だと思って笑っていたら、ヘレーナから涙ぐんだ目で睨まれたことがある。
俺は手紙の続きへと目をやった。
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兄様が私に何の相談もなく、三年間を学院でお過ごしになられることにはなりましたが、別に私は怒ってなどおりません。
そこには深い事情があったことだと存じております。
私も当時は聖都セインにはいませんでしたし、突発的に決まったことであり、入学試験まで時間がなかったことも既に伺っております。
なので別に私は怒ってなどおりません。
特に〈名も無き二号〉は「オレを裏切って王都でぬくぬくと暮らしているあいつは、四肢を落として首を刎ねてブチ殺してやる」と口にしていましたし、私もそれに少なからず同意いたしましたが、別に私は怒ってなどおりません。
兄様は戯れでこのようなことをなさっているわけではなく、ネティア枢機卿より与えられた大事な任務として王立レーダンテ学院に入学なされたことは存じておりますし、そう自分に言い聞かせております。
なので別に私は怒ってなどおりません。
私に宛てた置手紙や言伝が一切なかったことも、別に怒ってなどおりません。
急な入学準備のため、さぞお忙しかったことと思います。
私のためにほんの僅かな時間さえ割く猶予もなかったこと、深く理解しております。
なので別に私は怒ってなどおりません。
その後一切、それらを詫びるお手紙が兄様より送られてこなかったのは残念でなりませんが、慣れない学院生活の中で忙殺されているのではないかと、私は心配しております。
なので別に私は怒ってなどおりません。
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俺は手紙を見たまま硬直していた。
「どうしたよ青くなって。変わった近況でも書いてあったか?」
ギランが軽く笑いながら声を掛けてくる。
「かなり怒っているようだ。殺されるかもしれない」
「はぁ……?」
元々俺はネティア枢機卿と〈幻龍騎士〉の四人以外の相手とまともに話をしたことはない。
人付き合いなど不要であると、そう言われてきた。
手紙を送ったこともない。
稀に〈名も無き四号〉と長く会わない際に、彼女より手紙が送られてくるくらいだったが、それにもまともに手紙を返したことはなかった。
ただ、今回ばかりはそういうわけにはいかないかもしれない。
「仕事以外では虫も殺さない大人しい子だったのだが、ここまで怒っているのは初めて見た。本当にまずいかもしれない。ギラン、手紙はどう返せばいい? 俺にはわからない」
「お、俺も手紙なんぞ、まともに送ったことはねぇぞ。俺でよければ手伝うが、ルルリアに相談した方がいいんじゃねぇか? こういうのは、女共の方が得意だろ」
「そういうものなのか? わかった、ルルリアとヘレーナにも相談してみよう」
「ヘレーナは止めておけ。絶対に話が拗れる」
俺は手紙の続きへと目を向けた。
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私もどうにか兄様の後を追って王立レーダンテ学院へ入学させていただけないか、ネティア枢機卿に掛け合ってみました。
ただ、まるでお話を聞いてくださりません。
私がどれだけ兄様をお慕いしているのか、ネティア枢機卿はよくご存知のはずですが、兄様と揃ってこんな残酷な仕打ちをなさるものだとは存じておりませんでした。
結局のところ、ネティア枢機卿の頭には、政務のことしかないのです。
最近は王国内に潜んでいた悪党の数も大きく減りました。
私が兄様に続いて一時的に〈幻龍騎士〉を離れても問題はないはずです。
ネティア枢機卿に、私がどれだけ本気なのか、近々思い知らせてやろうと考えております。
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俺はそこまで読んで、額に手を当て、深く息を吐き出した。
身体の奥から汗が滲み出でくるのを感じる。
「おい、どうした、アイン?」
「この学院が消し飛ばされるかもしれない」
「じょ、冗談は笑って言えよ、なァ、アイン」
ルルリアの手腕に、ネティア枢機卿の身と歴史ある王立レーダンテ学院、そして俺の命が懸かっている。
【お願い】
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