第二十三話 迷宮演習⑦
カンデラの指示に従い、〈Dクラス〉の四人の生徒達が先行して斬り掛かってくる。
「ハハハハハ! 散々疲弊したところに、四対八だ! 倍の戦力差だぞ、勝てるわけがないだろうが! 劣等クラスが余計な希望なんて持てないように、ここで徹底的に潰してやるよ! 三年間、地の底のクラス点を彷徨っているといい。それが君達には相応しい!」
俺の左右を取った生徒が、同時に斬り掛かってくる。
俺は屈んで片方を転ばせ、もう片方を剣の柄でぶん殴った。
大きく振りかぶってきた三人目の胸元を手刀で突いた。
四人目は、茫然と剣を構えたまま、俺へと近づけなくなっていた。
「ききっ、君達! 何をしてる! 相手は、手負いの劣等クラスだぞ!」
カンデラが倒れた学生達へと声を荒げる。
学生の一人が剣を拾おうとしたため、剣を蹴飛ばした。
壁に飛んでいった剣は、綺麗に刃を壁に突き立てる。
「どうした? 一対八でやるか? カンデラ、お前が恨みがあるのは俺だろう?」
カンデラは壁に突き刺さった剣を振り返り、顔を青くしていた。
「カ、カンデラさん、おかしいんです……」
床を這う学生の一人が、カンデラへとそう訴える。
「何……?」
「だって、かなり強力な呪印文字を仕掛けたはずですよね……? なのにこいつら、一人だってまともに負傷してません……」
迷宮内は瘴気の魔力で多少灯りがあるとはいえ薄暗い。
近づくまで、俺達の学生服がまともに汚れてさえいないことに気づけなかったのだろう。
「は、はぁ!? そんなわけがないだろ! 闇属性の魔石は、闇属性の魔力を持つ、奇襲性に優れた魔物を寄せるんだ! 逃げ切れたはずがない!」
カンデラが必死にそう叫ぶ。
まるで仲間を説得しようとしているようだった。
いや、カンデラが一番安心させたいのは、仲間ではなく自分だろう。
「簡単なことだ。その魔物なら、既に全て討伐済みだ。時間が掛かるので、魔石の回収はしていないがな」
「はぁあああっ!?」
カンデラが表情を引き攣らせ、大きく後退った。
「で、できるわけがない! そんなこと……!」
「この状況でも、まだそんなことが言えるのか?」
俺は剣を握ったまま、カンデラへとゆっくり近づく。
「う、うぐ……つ、強がったって無駄だ! ここまでで相当疲弊してるはずだ! やってやる……やってやるぞ、なぁ、君達!」
カンデラが残る三人の仲間を振り返る。
丁度そのとき、内の一人をギランが剣で叩きのめしたところだった。
カンデラが目を見開く。
「こんな奴でも〈Dクラス〉か。〈Eクラス〉の方でよかったぜ、生徒も教師も含めて、こっちの方がずっとマシだからなァ。〈Dクラス〉は、実力のない口煩い貴族を閉じ込めておくための檻か? なぁ、猿山の大将よ」
「下級魔術〈ファイアスフィア〉!」
ギランに注目が集まった瞬間に、ルルリアがカンデラへと魔法を放った。
「チッ! 不意打ちとは、平民は小賢しい……!」
カンデラは横へ跳んでそれを回避する。
だが、カンデラの奥にいた学生へと、炎の魔弾が直撃した。
ギランに気を取られていたこともあるが、カンデラで隠れて魔法の軌道が見えていなかったのだ。
「うぶぅっ!」
衝撃に飛ばされ、床に引っ繰り返る。
「あ、当たってよかったです……」
ルルリアがほっと息を吐く。
続けて、ヘレーナがデップへと斬り掛かった。
「一気に畳み掛けてさしあげますのよ!」
デップは一瞬反応が遅れたものの、素早く刃を頭上に回してガードした。
「よく間に合いましたわね……! 見かけに寄らず、俊敏ですこと!」
「強い、この女……! 恐らく、この中で一番……! カンデラさん、残りの三人は任せました!」
カンデラは、この世の終わりのような表情で周囲へと目を走らせる。
ルルリアはカンデラへと剣の先を向けた。
ギランは剣を持つのとは逆の手の指を曲げ、関節を鳴らす。
「まっ、待て、待て待て待て! 卑怯だぞ! 一対三で襲い掛かるなんて! 騎士を志す者なら、一対一で決着を付けようじゃないか!」
ギランとルルリアが、ジリジリとカンデラへと迫る。
「ハ、ハハッ! それとも、下級貴族と平民のごった煮の君達に、そんな矜持は持ち合わせていないかな?」
カンデラはせいいっぱい口端を吊り上げて笑みを作り、俺達を小馬鹿にしたようにそう言った。
挑発して活路を見い出そうとしたのだろう。
だが、笑顔は強張っており、顔は脂汗に塗れていた。
「お前がそれを言うのか……」
俺は溜め息を吐きながら、カンデラへと剣を構えた。
「決闘が好きなら、一対一でやってやろう。来い、カンデラ、お前との因縁に決着をつけてやる。それでお前が納得するのならな」
「い、いいさ、やってやる、やってやるぞ……! ぼ、僕は、カマーセン侯爵家の人間だ! 君みたいな平民に負けるものか!」
カンデラの気が変わった。
恐らく、前回同様に〈軽魔〉で飛び込んでくるつもりだ。
カンデラが地面を蹴り、一直線で駆けてくる。
前回よりも速い。
ただ、型が崩れている。
恐らく、技量が全く追い付いていないのだ。
斬り込んでみるまでどうなるかわからない。
格上相手に一矢報いるための、神頼みの技だった。
頭を垂れ、両手で剣を突き出すその構えは、祈りにも似ていた。
「悪くない選択だ」
俺はカンデラの刺突を、半歩引いて躱した。
前に垂れた髪に、僅かに剣先が掠める。
俺はカンデラ本人でさえ制御できていない動きを、完全に捉えていた。
「だが、小細工で埋まる差じゃない」
俺は刃を刃で絡め、カンデラの剣を絡め捕り、上方へと飛ばした。
カンデラは盛大にその場で倒れ、床を転がっていった。
彼の剣は、天井に当たって床へと落ちた。
カンデラは全身を打ち付けて呻き声を上げていたが、よろめきながら立ち上がった。
手に剣がないことに気が付くと、慌てて周囲へ目を走らせる。
「捜し物はこれか?」
カンデラは俺の言葉に、ようやく自身の剣が俺の許にあることに気が付く。
助けを求めるように周囲へと目を向け、ヘレーナと打ち合っているデップ以外にまともに戦える仲間がいないことに気が付くと、力なく壁に凭れ掛かった。
「ここまでだな、カンデラ」
「ここまで……? ふ、ふふふ、僕はね、〈軽魔〉には自信があるんだよ」
「ふむ?」
俺が言葉の真意を測りかねていると、カンデラは俺達とは逆側の通路へと跳んだ。
このまま〈軽魔〉の全力で逃げるつもりらしい。
「これで勝ったと思うなよ! アイン……この屈辱は、必ず百倍にして返してやる! カマーセン侯爵家の名に懸けてだ!」
俺は〈軽魔〉で追い掛け、一瞬でカンデラの背後へと回った。
「自分にしかできないと思ったのか? 〈軽魔〉は騎士の基礎歩術だ」
「ご、五メートル以上あったのに、い、一瞬で……? な、何の魔法だこれは!」
喚くカンデラの顎を、刃の腹で軽く弾いた。
カンデラの身体が壁へと叩き付けられ、へなへなと床へと倒れた。
「よく考えたら、別に追い掛けなくても逃がせばよかったな」
別に俺達は自衛できればそれでよかったのだ。
だが、逃げられたから咄嗟に追い掛けてしまった。




