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18・クラウス皇子は本命相手に浮足立つ。

 コリンナがドロテアの夫フランクにハイポーションを与えてから一カ月が過ぎた。

 今日は、いや今夜は、アンスル公爵家で夜会がおこなわれる。

 急なことだったし、令嬢コリンナが三年前に当時皇太子だったクラウスに婚約を破棄された傷も癒えたとは言えないため、身内だけのささやかな集まりだ。まあ、現アンスル公爵が皇族の末席なので、公爵家一同のほかは皇帝一家が招かれていたりするのだが。


「おう、おーお」

「あらまあ。我が家のゲオルグ皇太子殿下はコリンナちゃんのことが気に入ったみたいよ。いつもは私と陛下以外が抱っこしようとすると怒るのに、コリンナちゃんには自分から抱かれようとしているわ」

「気に入っていただけたのなら光栄です」

「ゲオルグ殿下は『アンスルの呪い』に罹ってしまったのでしょうか」

「こらディルク。そういうことは言うものじゃありませんよ?」

「は! 失礼いたしました」

「ふはは、ラルフよ。歳の差による悲劇が起こらぬよう、お前のところにもうひとり、ゲオルグと年の釣り合うご令嬢が欲しいところだな」

「なあユリア、レオナルト皇帝陛下がこう言ってるけど、どうするよ?」

「嫌ですわ、ラルフ。私はカタリーナ妃殿下ほどお若くないですわ」

「そんなことありませんわ。ユリアはいくつになっても可愛らしいですもの」

「孫は何人おっても可愛いのう」


 ヴィンター帝国がアンスル家の資産を奪って貶めていたのは昔の話、何度も婚姻が結ばれた末に、両家は家族ぐるみの付き合いをするようになっている。

 皇族女子に『アンスルの呪い』はないはずだが、クラウスそっくりの母カタリーナはコリンナの母ユリアを気に入っていたし、コリンナ自身のことも可愛がっていた。


(……なんだこれは。とてつもなく混沌としているではないか)


 クラウスは和気あいあいとした家族団らんの場に混じれない。

 入ろうとすると一歳児の弟ゲオルグに睨まれるのだ。

 自業自得ではあるが、アンスル公爵はもちろん、両親である皇帝夫妻も冷たい。というより、クラウスの存在自体がなかったことにされている気がした。


 クラウスは孤独だ。

 久しぶりに酒杯を傾けながら光り輝く空間を見つめていると、コリンナがそっと近づいてきた。

 彼女は微笑みながら言う。


「ゲオルグ殿下は、とてもがっしりしていらっしゃいますね。抱っこしたら重くて驚きました」

「弟は父上に似たからな。母上も私のときより愛情を注いでいるような気がする」

「ふふふ。わたしもディルクが産まれたときはそう思いましたわ」


 室内楽団がゆるやかな音楽を奏で始める。

 そろそろラストダンスだ。

 今夜はコリンナと踊る約束をしている。たとえ約束をしていなかったとしても、コリンナ以外と踊る気はなかった。初めて見るドレスを纏ったコリンナは美しく、襟や袖から覗く瑞々しい肌はクラウスの視線を奪って離さない。


「……クラウス殿下」

「なんだい?」

「ラストダンスの……」

「君と踊る。約束しただろう?」

「ありがとうございます。あの……ラストダンスの後もお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「父上達の酒宴に混じるのかい?」

「いいえ。あの……メイドや使用人は下がらせておきますので、わたしの部屋に来ていただけませんか? あ、わたしの部屋は「わかる!」」


 クラウスは食い気味に答えてしまった。

 呆気に取られた顔をするコリンナを抱き寄せて、そのままダンスへ移行する。

 彼女の父であるアンスル公爵がそれだけで魔獣を殺せそうな視線を送って来るが、クラウスには刺さらない。ファーストダンスのときと同じように、コリンナの柔らかい体を抱き締めていると温かい愛の力に包まれるからだろう。


「……君が望むなら、君の部屋へ行こう」


 ダンスをしながら抱き締めて耳元で囁くと、


「ありがとうございます」


 コリンナは窓の外に輝く月よりも眩しい笑顔を見せた。


 ──近寄るな。俺の彼女に近寄るな。近寄ればお前も彼女も殺してやる。


 頭の中に聞こえてきたいつもの声も今夜への期待で溶けていく。

 一時はクラウス自身と一体化していたその声は、黒い雄犬に吠えられコリンナと過ごすうちに剥離して、今のクラウスには幻聴としか思えないものになっていたのだ。


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